魔法の鍵‐ここのつめ
アスカが目覚めた世界は、光りに満ちた世界であった。
白光であふれるシャーデの世界は、まるで日中の月を見ているようで、静かに凍りついていた。
「こんにちはっ。」
サンゴの面影が一つとしてないシャーデがアスカの目の前にいた。
よほど母親に似たのだろう。サンゴには見られない特徴ばかりだ。サンゴにはない綺麗な黒髪にぷくりとした涙袋。そして子供らしい体型に小綺麗な病衣のその姿は、この世界でしっかりと立っている。
「・・・・こんにちは。」
シャーデに会えるとも、そもそもこの世界に入れるとも思え切れていなかったアスカはすこしばかり驚いてしまう。そして不安に思う、病室でヌーアインシャテンかと。
「お兄さん。心配ないよ。私にはもう影はないもの。私の影ね、もう天使さんが持ってちゃった。」
「えっ」
心を読んできたシャーデの表情には、悲しみの感情はなかった。無邪気ではあるが笑ってはいない。アスカにとって、彼女はこの世の者であるとは思えなかった。
「シャーデ・・・君・・・もう・・・・・。」
「んー死んでるのかって。私も分かんない。ただね、もう戻ることはないんだって。この前ね、聞いたの。シャーデはね、いろいろ重なりすぎたんだって。プーなんちゃらと、あとハン・・・・忘れちゃった。」
「そうか。・・・・・ねえ覚えてる限りでいいんだけどさ、お母さんとかにさ、シャーデはなになにだよねとか言われたことない?」
黙ったまま首をひねり、目をぎゅっと瞑り、シャーデは考え始める。
「わかんない。ママってどんな顔だったっけ。・・・・ママ?・・・あれパパ、どうして私の傍にはパパがいないの?」
不思議そうに尋ねてくるシャーデ。これもまた無垢でしかなかった。
「シャーデちゃん。目を覚ますことできるかな。今ならさパパに会えるよ。いま君のパパは・・・サンゴのおっさんは・・・・君の笑顔を待ってるよ。」
なんの意識か、思うように丁寧な言葉を吐けないアスカ。若干語彙が崩れる。
「・・・・もう勘弁して。シャーデ・・・せめて君の表情を見せてよ。これじゃなんてサンゴに言えばいいのかも分かんないよ。」
アスカは崩れる。両手をだらりと垂れ下げ、膝をつく。
「だいじょーぶ?お兄さん。アスカお兄ちゃん。」
「やめてくれ。その呼び方は。・・・・シャーデ。どうにかおっさんを励ましてはくれないか。俺はだめなんだ、もう。言っちゃったんだなんとかするってさ。なんでもいいから成果が欲しいんだ。・・・・それにあの人は俺よりも大人で、よくできた人なんだ…。力になりたいんだ。」
シャーデは答えなかった。背中から見知らぬ翼を羽ばたかせ、ただ一つ”残念”そう言い残し、白光の世界に消えていった。
アスカは眠りたがりな瞼に抗えず、意識を失う。
それでもこの世界の光は、アスカを晒し続けた。
三日後、アスカはいまだこの街にいた。喪服で身を包み、手に持った眼鏡のレンズが静かに零れる涙の受け皿になる。この涙は青く冷たく、溜まり続けていった。
火葬場。
サンゴがぼんやりと燃える炎を心のどこかに収める。
アスカだけが参列し、イエレナとアキナの二人は家に置いてきていた。
「なぁアスカ。悪かったな変に病む立場にしちまって。俺はどうにかしちまってのかもしれなかったらしい。いっちょまえに喋るお前が大人に見えていたんだ。だからツラいのは俺だけなんじゃねぇかって。ああ、お前だって人間なこと忘れちまったんだ。」
炎を見れないアスカはサンゴと背中で面しあう場所にいる。
「俺はうれしかったぞ。お前がどうにもなんねえことに向かい合ったこと、魔法を使ってくれたこと、うれしかったぞ。これはもう俺次第、いややってみなきゃわかんねぇことだけどよ、お前に祈る時間は、俺にとって救いだったよ。ありがとな。」
サンゴはいまだあるはずのシャーデを見つめているが、その大きな手をアスカの頭に置き、くしゃくしゃに撫でる。
アスカの体が揺れる。その拍子にか眼鏡に溜まる涙は、一気に地へと落ちていった。
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