16.稲葉山城乗っ取り(前編)
2019/08/28 誤字修正
※竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りについて、筆者なりの解釈です。前後編合わせてかなり細かく書き直しました。
「無吉、奇妙もその半兵衛とやらに会うてみたい。」
俺の半兵衛様との会話を奇妙丸様にお話しすると、興味を持たれてしまった。
「…いずれお会いできます。その時に直接お話しされて下さい。」
「いつ会える?」
子供の純粋な質問に俺はどう答えようか思案する。俺は純粋な子供ではないから、素直な答えを奇妙丸様といえど言うことはできない。
「殿様が美濃を平定されれば、きっとお会いできます。」
と無難な答えを言い、ふくれっ面をされた。
1564年元日、年賀の儀では大したイベントも発生せず、恒例の二次会が女房衆の館で始まる。
今年はお市様も同じ部屋で信長様と過ごされた。当然、俺のいる位置から最も遠い場所で徳姫様と座られたが、もうそれはしょうがない。
帯刀様は11歳になられ、身体も大きくなり、顔つきも男らしくなられた。茶筅丸様は悪餓鬼度がグレードアップしており、奇妙丸様からは見えない位置からの嫌がらせをしていた。勘八様は随分と喋れるようになり、「ムキチ!札取り(かるたのようなもの)やろ!」と繰り返す。
そして奇妙丸様は吉乃様のお腹をさすっていた。
吉乃様は妊娠されていたのだ。
俺は言葉では「おめでとうござりまする」と言いながらも、吉乃様の子について頭をフル回転させた。
が、生まれてくる子の名前が思い浮かばない。俺の知ってる史実では、吉乃様のお子は、奇妙丸様、茶筅丸様、徳姫様の3人だったはず。既にその3人はここに居る。…ではあのお腹の中の子は誰だろう?とずっと考え込んでいた。
やがて信長様が御台様と古渡様を伴って来られ、二次会スタートとなった。いつもの通り、子供たちと二~三言会話すると、御台様のお部屋に向かわれる。が、途中で立ち止まり、くるりと振り返られた。
「類、今年は大事な年だ。身体を大事にせえよ。」
何気ない労わりの言葉だが、吉乃様は嬉しそうにお辞儀をした。
「ありがとうございます、殿様。」
勘八様と遊んでいた俺は、御台様に後で来るように言われ、奇妙丸様と奥の部屋へと向かう。茶筅丸様が俺も行くと駄々をこねて奇妙丸様の足にしがみ付き、吉乃様に宥められて何とか引き剥がしてやっと御台様の間に到着した。
今年の方針を話する前に、信長様から半兵衛様の事に触れられ、奇妙丸様がどんなやり取りをされたのか聞いて来たので、掻い摘まんで説明すると「会いたい」などと言われたのだ。だが奇妙丸様のご要望はこの場では無視され、本題に進む。
「小牧山のお蔭で、随分と犬山周辺が三郎の支配下に入った。そろそろ兵を差し向けてもいいのではないか?」
古渡様はまず犬山の件について言い始めた。これに信長様は大きく肯いた。
「5月だ。田植えが始まれば、城内の兵が一気に減る。これに合わせて攻めるぞ。」
新加納の敗北は、その後の龍興の行動によってそれほど東美濃に影響を与えなかったようで、小牧山に本拠を置いた信長様を恐れ、周辺の城主が織田方に帰順し、東美濃と犬山の連携はガタガタになっていた。
「稲葉山、もしくは東美濃衆からの救援はありませぬか?」
御台様の懸念はもっともで、攻城中に背後から襲われてはたまらない。
「こういう時にこそ、松平勢を使うのだ。盟約に従い出陣してもらう。水野に書状を書かせて、兵を出させろ。」
信長様は気味の悪い笑みを浮かべた。盟約に従いってどういう意味だ?……まてよ、松平様と同盟を組んだことは聞いているが、その内容ってば知らない。もしかして物凄い従属的な同盟?
「来月に酒井殿が清州に来る。その時に申し伝えておく。」
「ん?ああそうか。…しかし、あ奴ら恥も外聞もなく銭の無心に来るよな?それ程までに三河は荒れておるのか?」
「三河は岡崎松平家が今川からの影響を排除する為、相当無理をして各地で戦を行っておるそうです。食う物に困り食糧の略奪も起こっているそうです。寺社勢がかなり反発しておるそうですよ。」
「そんな状態で兵を出せるのか?」
「出せるか出せないかではない。出さざるを得ないのだ。」
信長様の言葉は重い。俺の中では織田と徳川との同盟は対等と思っていたのだが、どうも違うようだ。しかもかなりあこぎな内容のように思われる。たしかこの時期三河一向一揆に翻弄されるんじゃなかったっけ?
話は伊勢に移る。実はこちらは少々問題が起きていた。志摩の海賊九鬼家が内部分裂していたのだ。今滝川一益様が調査を行っているそうだが、国自体が閉鎖的になっているため、中々情報が収集できないらしい。信長様は「夏までに報告しろ」と無茶振りな指示を出し、古渡様は渋々了承されていた。…かわいそう。
で、西美濃の話になった。
「そろそろ西美濃の連中にも態度をはっきりさせて貰おうか。」
信長様は御台様に言うと酒を煽り、かーっと息を吐いた。御台様は「畏まりました」と答えながら酒を注ぐ。西美濃については、堀田道空を介して御台様が何かしらを進めている。
「1つお願いが。」
酒を注ぎながらチラリとだけ御台様は信長様を見た。妖艶な笑みに信長様は少し身じろいだ気がする。
「洲股の柴田殿を小牧山に移し、小牧山の丹羽殿を洲股に移して頂きたいのです。」
「…何故だ?」
「そろそろ、道空だけでは押しが弱くなってきました。丹羽殿にもお願いしたいと思います。」
御台様のお願いに信長様は考え込まれた。
「五郎左に手柄が集まり過ぎると思うのだが。」
「柴田殿には、兵力を増強させ犬山討伐の功をたてさせればよいかと。」
「…異議なし。」
古渡様が御台様に同調した。俺はよーわからんから黙っておいた。
年賀の儀を終え、織田軍主力は大きな配置換えが行われた。
柴田様が、小牧山の城将となり、前田、佐々、平手、塙、信長直下の小姓衆が配下となった。もちろん対犬山に向けた軍令として信長様より命が下されている。森、池田は松倉城に配置され、丹羽、蜂須賀、金森が洲股に移動となった。その他は予備兵力として自領に帰ることが許された。
…俺以外。
俺は引き続き洲股の陣屋で飯炊き係兼雑用兼生駒家との取り次ぎ役として働かされることになった。まあ、丹羽様も蜂須賀様も俺のことを可愛がってくれるので特に問題はない。気になるのは…木下藤吉郎様が丹羽様配下で組頭に出世し、俺と一緒に洲股にいることくらいだ。
このお方は、はっきり言って図々しい。おしゃべり。大げさ。デリカシーがない。ブサイク。
良いとこが無さ過ぎなんだが、丹羽様も仰る通り憎めない。
「人たらし」と言われた豊臣秀吉は既にこの頃から形成されていたと考えると納得はいくのだが…毎日この方と顔を会わせながら仕事をすると考えると
うざい
と俺は思う。悪い人ではないのだが。
1564年2月
尾張中に激震の走る報告がもたらされた。
稲葉山の城が、僅かの手勢で襲撃され、斎藤家側近が数名斬り殺された。当主の斎藤龍興と重臣は何とか襲撃を逃れて城を脱出したが、襲撃者は城門を閉め城を占拠した。
首謀者は、竹中半兵衛重治。
僅か16名の手勢で城を占拠したそうだ。
その後、娘婿の説得と称して、安藤伊賀守が一千騎を率いて城下を制圧。前代未聞の家臣が当主の居城を奪うという事件となった。
事件について、洲股周辺を物見している者から丹羽様に報告され、俺の耳にも届いた。俺は作業を止め丹羽様の下へと向かう。途中で木下様に出会うが、俺のただならぬ雰囲気を感じ、俺の後を追いかけられた。
「丹羽様!」
陣屋に取り付けられた櫓から遠くを眺めていた丹羽様を見つけ、大声を出す。丹羽様が俺を見つけ、櫓から降りてきた。
「その様子だと、聞いたか?」
「はい!」
「お主は竹中という者に会うておるな。…かような事をする人物か?」
俺は正直に答えた。
「このようなことをする御仁には見えませんでした。…故に信じられませぬ。」
俺の表情を見た丹羽様は頭をひねった。
「では、何故?…一体何が起こった?」
丹羽様は冷静に思案されていた。だけど俺は気が気でならない。竹中様は一体どうされたのか。
「丹羽様!私を稲葉山に行かせてください!」
俺の言葉に丹羽様は驚かれた。だがそんなことはどうでもいい。俺は半兵衛様にお会いしたい!
「お願いします!丹羽様!どうか!」
長い事考え込まれていたが、諦めたようにため息を吐き、後で様子を覗いていた木下様に話しかけた。
「藤吉郎、お前、無吉を稲葉山まで連れて行け。」
「はい!?」
「できぬか?」
「いえ!できまする!」
丹羽様の問いに木下様は大袈裟な身振りで返事した。
「木下様!行きましょう!」
「へ、今?」
俺は木下様の手を引っ張った。唐突な俺に木下様は戸惑っている。
「藤吉郎…行ってやれ。」
丹羽様のダメ押しに木下様はうな垂れながらも俺と陣屋を出た。
洲股を出て俺と木下様は長良川沿いに稲葉山へと向かう。
「無吉…。その、竹中っちゅう男はどんな男で?」
河沿いを走りながら木下様が俺に話しかけるが俺は無視した。それどころではないのだ。
「無吉ぃ!」
情けない声に俺は振り返り、先に頭を下げた。
「今は何も聞かないでください。それと、私はあの城に忍び込みます。木下様は、城の様子、街の様子をつぶさに確認し、丹羽様にご報告してください。」
「し、しかし!」
「私は大丈夫です!必ず戻って参ります!」
俺の必死な頼みに木下様も折れてくれた。そうと決まれば急ぐべし!と走る速度も上げてくれた。
俺は感謝する。丹羽様も木下様も俺のことを認めてくれていたから突然の我が儘も許してくれたのだと思う。ならば、必ずや竹中様にお会いし、事の詳細をお聞きせねばならん!場合によっては、城から連れ出すことも考えねばならん!
俺は史実の「稲葉山城乗っ取り」がどのようにして行われどのように決着したかなんて知らん。だけど普通に考えて、主君の居城を奪う暴挙をやって、唯ですむはずがない!
急がねば!
俺と木下様は走りに走り、半日後には、井口の街に到着した。
井口は街と外を繋ぐ橋が全て断ち切られ、半ば要塞と化している様相であった。
松平勢:松平元康率いる岡崎松平のことです。三河統一のために、かなり無茶な戦を続けたそうで周辺国人や吉良家などからかなり反発を受け、これに寺社勢が加わって三河一向一揆に発展したと言われています。
安藤守就:西美濃三人衆の1人。西美濃の有力国人で娘が竹中半兵衛の室に入っており竹中家ととは縁戚の間柄。史実では1580年に織田家を追放され、本能寺の変に乗じて領地を手に入れようと試みたが、同じ西美濃三人衆の1人である稲葉一徹によって打ち取られたとされています。本物語のキーワードである「本能寺の変」少なからず絡んだ人物ではあります。
・・・モブですが。
九鬼氏:九鬼VSその他大勢の対決で負け、当主浄隆が討死し、嘉隆は潜伏中です。




