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15.一矢報いる

注:読者からのご意見の多かった回です



 俺の目の前に座る若者は間違いなく竹中半兵衛様。


 このお方の為人(ひととなり)は…軍略系ヲタクと見た。最初は俺に興味を示さず、今川治部の首を取った新助様に興味を示し、俺が新加納の戦を「あまりにも鮮やかな差配」と表現すると、興味を示してきた。つまり自身の差配に対する評価に興味を示したのだろう。

 だとすれば、ここから信長様への興味に繋げて行けば上手くいくかも知れない。



(なにがし)様、恐れ入りますが、あの戦に勝ったことで、稲葉山のご当主からはどの様な称賛を受けられたのですか?」


 半兵衛様の表情が曇る。


「そんなことが聞きたいのか?」


「いえ、以前より稲葉山のご当主は、直臣以外の方には褒美を渋るという噂を聞きましたので…。」



「私は他人がどう考えているのかなど興味はない。これ以上の話が無いのであれば、帰られよ。」


「そのようですね。これは確認の意味で念のためにお聞きしました。本題はここからです。」


 俺は懐から扇子を取り出し、床に置いた。


「新加納の戦には、兵を動かす将の心情が全くと言っていいほど見えませぬ。…全てが戦の常道に従って進み全てにおいて敵方に破られました。恐らくあの戦、敵方の誰が大将であったとしても、手筈通りに差配を進めれば、撤退に追い込めたでしょう。…故に「あまりにも鮮やかな差配」と申し上げました。」


 半兵衛様は俺の話を聞きながらも、俺が置いた扇子が気になったようで、手を伸ばして拾い上げ拡げた。そして目を細める。

 扇子に描かれているのは無吉の“無”の文字。興味が失せたようで半兵衛様は扇子を閉じて俺の下に置いた。


 この扇子は奇妙丸様に頂いた扇子で二本ある。1つは“無”の文字。もう一つは“吉”の字が書かれている。


「…戦は感情に乗せて兵を動かすものではない。私は大陸の古き書物を読み漁り、用兵とは何かを学んだ。感情は判断を迷わす。感情は兵を惑わす。そして感情は己の目的をも失わす。」


「戦とは感情に任せて行うべからず…我らにとっては耳の痛い言葉です。」


 2年前、我が師、岩室様を失った戦の事を思い出す。半兵衛様もご存じの様で、大きく肯かれた。


「だからこそ、私は戦術について書物を読んで理解し、更には戦術の組み合わせ方を研究し、その中で己を律することを学び、そして実践することで…私が考えていることは正しいと理解した。…他人が私をどう思っているかなど、どうでもよい。どの様にして戦に勝ち目的を達するか、其の一点にのみ集中することが将の責務と考えるが…いかがか?」


 このお方は若くして戦術に精通されているのだろうと思う。新加納の戦いは、幾つもの戦術を見事なまでに美しく組み上げ、一分の隙も無く敵を追い返した。…だが、我らが違う作戦で進軍した場合はどうだったのであろうか。


「実は、あの戦…二種類の作戦がありました。」


 俺の言葉に半兵衛様は一瞬目を輝かせた。


「敵方の兵力が多く、急ごしらえの砦で守るには難しいと判断した場合の作戦です。これは常道の作戦に対する作戦と言うことで…。」


「奇道…」


「はい、ですが運頼みな部分も御座いまして用いても必ず勝てるかと問われると…微妙ではございますが。」


「次は奇道を用いるから、もう一度勝負しろと?」


「はい」


 俺は前のめりになって返事をした。…さて食いつくか?



 半兵衛様は、俺の話について反応を確認するため、後に控える新助様に視線を移した。そしてニヤリと笑う。


「…嘘だな。」


 やっぱりばれた。


「興味はそそられたが、そもそもその戦に意義はない。」


 そりゃそうだ。ゲームじゃないんだし。


「戦には目的があり、目的が達せられなければ勝ったとしても意味がない。…それに、“奇道”とは即ち“邪道”であり、目的を達する手段ではない。更には感情に任せて行った戦など、全く以て目的は達せられない!」


 半兵衛様の言葉が熱を帯びてくる。


「此度の戦、織田軍を無傷で撃退することに意義があり、東美濃に斎藤家が頼りになることを証明することで、結束を強めようとしたにも関わらず、直臣ではない私には褒美どころか「でしゃばるな」とまで言う始末。戦をする意味すら理解されておらぬ!」


 こりゃ完全に愚痴だな。…何が「己を律することを学び…」だ。全然我慢できてねーじゃん。


「ならば、織田家に降られませ。織田家ならば貴方の様な軍才を持つ者を蔑ろには致しませぬ。」

「織田家に興味は無い。」


 即答?


「織田家が我が領地に足を踏み入れるのならば、全力でもってこれにあたる。」


「斎藤家では美濃は治まりませぬ!」


「織田が治める必要もあるまい。西美濃には、古きより結束の固い一族がおる。我らが合議で治めても問題なかろう。」


「それではこの乱れた世は治まりませぬ!」


「…物事には分相応というものがある。私の手はそれほど大きくはない。ましてや、名のある大名から見れば私は若輩者。私一人の力では何も変わらぬし、興味もない。」


 だめだ。このお方は戦には興味がおありだが、政には食いついて来ない。戦をする目的をわかっているくせに、自ら変えようとまでの気概をお持ちでない。…竹中半兵衛という男は現世を憂えて若くして隠居したと思っていたが、違うのか?


「…話は終わったようだな。戦について語り合えたのは面白きこと。餓鬼と思うていたが、中々のものであった。だが、私は今の暮らしで満足している。お前の主のように、敢えて火の中に飛び込んでまで力を得ようとも思わぬ。帰られよ。」


 …ここまでか。これ以上はしつこいと嫌われそうだな。


「…残念ではありますが、これにて失礼いたします。」


 俺は新助様と動きを合わせて平伏し、ご住職に会釈をして部屋の出口へ向かった。


 出る瞬間に振り向く。半兵衛様は笑顔だ。


「…奇道も、やってみると面白いですよ。」


 それだけ言うともう一度礼をして部屋を出た。寺を出てから少し早歩きして村を通り過ぎ、追手が来ていないことを確認してから一旦休息した。


「無吉…どうするのじゃ?まさか、竹中某ご本人にいきなりお会いすることとなって、説得に失敗してしまうとは…。」


 そうですね、2~3日逗留して為人とか調べて周辺の領主との関係とか、色々調べてからお会いしたかったのに、いきなりご対面だったもんな。…だが収穫はあったし、一矢報いて(・・・・・)やった(・・・)し。



 俺達は行きとは異なる道程で津島に帰還した。予定よりも早過ぎる帰還に信長様はお怒りになり、奇妙丸様はお喜びになり、吉乃様には抱きしめられて無事を労って頂いた。


 こうして俺の初めての旅は説得失敗という結果で終わった。




 ~~~~~~~~~~~~~~


 禅幢寺で対峙してのち、半兵衛様は紆余曲折を経て織田家に臣従した。

 岐阜城でお会いした半兵衛様は若者特有の忙しなさがなくなり、今孔明と呼ばれるに相応しい落ち着きを伴っていた。


 半兵衛様は、あの時私が置き忘れた扇子を持っていたようで、私に返しに来られた。渡された扇子を開き、“()”の字を見て私は笑みを浮かべる。


「扇子を開いてびっくりしましたよ。一体いつ差し替えられたのか今でもわかりません。」


 半兵衛様の言葉に私は心の中で大喜びした。あの竹中半兵衛を出し抜いてやったと。


「半兵衛様は、あの時、後に控える新助様のお顔ばかりに気を取られておりました。ですが、余計な仕草をしては半兵衛様に気付かれてしまうと苦労致しましたよ。」


「なるほど。私は貴方にではなく毛利殿に目を奪われておりましたか。…私は貴方と一対一の戦を行っていると勘違いしていたようですね。」



 ここまで戦に例えて話をされると、もう何も言えないなという思いは口にせず、無言の会釈で返しただけですが。


 ~~~~~~~~~~~~~~




補筆:

本話では、竹中半兵衛と主人公の会話で進みます。主人公は途中で半兵衛様は自分を打ち負かすために会話を楽しんでいると気が付きます。十にも満たない餓鬼が大人に太刀打ちなどできません。ましてや相手は希代の軍師、半兵衛様。そこで少しだけでも半兵衛様を驚かせ、今日の出来事を忘れられないものにしたいと考えて、主人公は扇子を使いました。


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