↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/142

3.裏切りの疑い



 真冬の早朝は寒い。…凍結しそうである。


 俺は日の出前に起きて大太刀を手にしてまだ薄暗い外にでる。凍える様な空気が全身を覆うが喝!と念じて鞘から大太刀を抜く。何度か両手で握りなおして大太刀を構えた。じっと前を見つめ仮想の敵が現れるのを待つ。精神を集中させると相手が見えてくる…剣の師匠でもある毛利新左衛門の言葉だ。

 やがて刀を構えた甲冑武者がふらっと現れ、俺は相手が刀を振るうよりも早く大太刀を上段から振り下ろした。相手が真っ二つに割れ霧散する。


「…中々の太刀筋で御座るな。」


 声を掛けられ顔を向けると、蜂須賀様が立っておられた。俺は剣先を下におろして頭を下げる。


「戦場に向かう前は落ち着かないもので。ご無礼致した。」


 俺は鞘を拾い大太刀をしまった。もう少し素振りをしておきたかったが人に見られていると気が散ってしまう。


「貴殿ほどの猛者でも心を落ち着かせるのは素振りで御座るか。いや失礼…権兵衛がしきりに貴殿を褒め称えておった故興味本位で伺っただけで御座る。他意は御座らぬ、ご容赦を。」


 そう言って頭を下げた。…別に何も考えてなかったのだが、確かにこんな時間に訪ねてくるのはおかしいな。


「いやこちらも早朝より音をたててしまって申し訳ござらぬ。」


 蜂須賀様が深々と頭を下げる。…意外と腰が低いと感じてふと気づく。相手が丁寧な対応をとる理由は二種類。“心服”しているか“警戒”しているか。俺に心服するのはおかしいから、警戒していることが伺える。

 自分で言うのも恥ずかしいが、若くして信長様の信を得て、諸国にその武勇の広まる“鬼面”だ。此度は信長様の勅命で来てるとなれば警戒するだろう。

 羽柴様は鬼面九郎の正体を知っておられるから問題ない。だが、蜂須賀様は知らないご様子。かといってそう易々と正体を明かすのもおかしいし…しばらく様子見か。



 姫路城を出立した兵は五千。久保田隊三千と浅野長政隊二千。これに案内役の蜂須賀様が加わった混成部隊で三木城に向かった。昼過ぎに陣に到着すると、美嚢川(みのうがわ)の南の高台に構えた本陣に案内された。

 三木城は美嚢川の水を利用した水堀に囲まれた要害であったが、羽柴様は美嚢川の下流側を大軍で占拠して毛利からの補給路を断ち、川の南北に陣を敷いて敵の侵入を阻み、別所長治を孤立させた。だが全ての補給を断つことはできず、包囲が長引いたため、周辺の城を攻めて距離的にも孤立させ、後は別所長治からの降伏を待つのみであった。


 つまり、俺たちの援軍は不要。では何故官兵衛殿が播磨平定が難航していると信長様に報告したのか。それは宇喜多家、更にはその背後にる毛利家の存在である。播磨の国人は一度織田家に臣従したのち、別所長治の檄に応じて反旗を翻した。それを羽柴様が河内、淡路の兵を借りて一つ一つ鎮圧し、妻子を質に取って再平定して回った。だが播磨国人は心服したわけではないため、密かに毛利家と通じている者もいたようで、全軍で三木城を包囲することができず。やむを得ず御着の小寺家を見せしめに処刑して周囲をひれ伏させて姫路まで拠点を伸ばすことに成功した。

 姫路城は官兵衛殿の居城であったが、織田家のためと羽柴様に城を明け渡し、羽柴様家臣になることで播磨国人衆のまとめ役としてこれ以上織田家に反抗しないよう手を回した。だが官兵衛殿の努力むなしく、毛利家の誘いに乗る者が後を絶たず、三木城への中途半端な兵糧攻めになっていたのである。


 官兵衛殿が信長様に報告する直前までは包囲は中途半端であったそうだ。だが、報告を上げた後播磨衆が急に大人しくなり、三木城への包囲が完成して後は待つのみの状態であった。


 陣幕で官兵衛殿の話を聞いて俺は得心する。蜂須賀様も頷いている。羽柴様としては、信長様ご自身か勘九郎様が援軍として来て頂ければ箔がついて大喜びだったそうだが、池田家と久保田家だったことでがっかりしていると告げられた。…謁見した時にはそんな風には見えなかったのだがな。


 本陣で状況の確認と引継ぎを済ませて、当てがわれた場所に三千の兵を進めた。担当は南東の丘に設営された砦でそこに十二日間布陣する。そして次の部隊に引き継いで姫路に戻る。これを繰り返して士気の維持と病気の蔓延を防止しているのだ。大兵力ならではである。

 今回俺たちの代わりに姫路に帰陣するのは筒井様で姫路で二日休憩の後に今度は宇喜多と対峙すべく西へ兵を進めるのだ。こちらも十日後にまた姫路に戻ってくる。要は全部隊がローテーションで三木、姫路、宇喜多と回しているのだ。


「中々面白い作戦だな、吉十郎。」


 当てがわれた陣から崖下の三木城を見つめながら庄九郎がつぶやいた。俺は頷いた。


「…だが、常に兵が動いているのだ。兵糧の消費も普通より多かろう。人質も必要以上に増えており、堺からの支援がなければ、腹を空かせているいるのは羽柴様であったかも知れぬ」


「うむ。しかしこれこそが我が殿の求めておられる戦いではないのか?」


 庄九郎はよく勘九郎様を理解している。そうなんだ。これがご主君が理想としている戦の原型だ。

 圧倒的な力でもって、抵抗の意思をなくさせる。無駄な戦いは発生せず、命の奪い合いもない。武士としては物足りぬかもしれないが、この先求められる力とはこれなのだ。やはり羽柴様は戦に必要なものを理解されている。


 戦況が急に動くわけでもなく、三木城をぼうっと眺めていると、吉兵衛がやってきて来客を告げた。官兵衛殿である。俺は軽く会釈して三木城に視線を戻した。官兵衛殿が俺たちに近寄り俺と庄九郎の間にたった。


「…大殿にご報告申し上げてから、三木城に近づく者が減りました。上から見ている限り、三木城内の動きもないように思えます。」


 官兵衛殿の話を聞いた庄九郎が眉を吊り上げた。


「…黒田殿、何が言いたい?」


「……私には考え難き事に御座います。」


 官兵衛殿が信長様に現状を報告したことで、三木城周辺の状況が変わった。大人しくなったとみて良い。更には三木城内も静か…羽柴様の行動が敵方に漏れていると考えるのが妥当だ。

 とすると、官兵衛殿がここにやって来たということも敵方にばれている可能性もある。俺は庄九郎に目で合図を送った。


「官兵衛殿、だからと言って気を抜いてはならぬぞ。我らは一刻も早く播磨を再平定し毛利と対峙せねばならぬ。弱気な発言など喉の奥に押し込めて、次の戦…宇喜多を攻略する術をお考えなされよ。」


「左様。羽柴様にはまだ内密にしておるが、志摩の水軍衆が来る予定だ。貴殿は次の戦について献策することを考えてもよかろう。」


 ナイス庄九郎。俺の意図を読んでくれたか。官兵衛殿が自分の知らない情報に驚いている。水軍衆のことは嘘であるが、この情報をつかんで羽柴様と官兵衛殿以外の者が妙な動きをすればそいつが怪しいってなる。官兵衛殿は慌てて自陣に戻っていった。


「吉十郎、なんとなく意図が分かったからあのようなことを言ったが、身内の動きをどう観るつもりだ?」


「俺たちは羽柴様の指示通り三木城の包囲をのんびりとやるさ。まずは誰が動くのか…ではなく、敵方がどう動くかで、内通相手を特定する。」


 俺と庄九郎は小声で話をする。




 俺たちの意見は一致していた。


 羽柴様の配下に内通者がいる。


 問題は誰と内通しているかだ。それを調べて対処方法を検討せねばならない。






 1580年2月 播磨国三木城-


 原田様が一万の兵を率いて出陣した。大小八百の船で木津を出発し、淡路に向かった。


 淡路の南北の海峡は難所として知られている。海が急激に狭められており潮流激しく特に南側の鳴門海峡は渦巻いており船での航行も難しい。周辺領土は既に織田家支配下にあるため、航行中に襲われる心配は少ないが、大船団で渡るには非常に厳しい場所だ。このため一旦淡路島の東岸に船団を集めそこから数十艘単位で海峡を抜ける算段らしい。目的地は伊予であり、村上水軍けん制のために瀬戸内への水軍展開だ。

 この軍事行動に毛利がいち早く対応した。能島村上家が五百艘の船で明石海峡に集結し、原田様率いる志摩水軍の行く手を阻んだ。羽柴様も明石まで出張り陸上に兵を展開するがなすすべも無く眺めているだけであった。


 報告を聞いた俺は庄九郎と目配せした。小便と偽って陣から離れる。三木城を一望できる丘の上に二人で立ち小声で会話した。


「敵の動きが速いな。やはり事前にわかっていたと思われるが。」

「ああ。能島村上の素早い行動は、毛利がこちらの動きを察知していたからだと考えるべきだ。」

「…やはり、内通者が?」

「おそらく…。だが目的が不明だ。内通し織田家の情報を流したとしても、侵攻を停滞させるのがいいところ…兵力と財力の勝る織田家の攻撃に耐えきれず瓦解するであろう。」


 そう、本願寺のように。前例がある故に内通者の目的が分からん。今は様子見だ。俺たちは会話を終えて陣幕に戻った。陣幕には蜂須賀様と前野長康様が来られていた。俺たちは慌てて会釈し着座する。


「そう急ぎの話では御座らぬ。実は密かに三木城とやり取りをしておりまして…城主の首一つで降伏を受け入れる方向で話を進めておるのだ。鬼面殿にも暫くは緩やかな包囲で相手を刺激せぬようお伝えに参った次第じゃ。」


 ほう、ようやく降伏か。長かったが三木城が落ちればいよいよ有岡城も孤立し、播磨も再統一されるであろう。


「わかり申した。三木城が落ちれば我らも役目を終え摂津に帰ることになるが問題ないで御座ろうか?」


「後は羽柴家にお任せ下され。」


 これでいいか。不必要に播磨に滞在しては内通者に疑われる。誰が内通しているが気になるが、三木城が落ちるのであれば荒木村重に注力すべきであろう。


 俺は蜂須賀様の要請を受け入れ、陣形を変更した。その夜、三木城から脱走する人影があったが大ごとにするのを避けるため、これを見逃した。余計な殺生は不要である。念の為どこに逃亡したのかを確認するために追跡はさせておいた。



 1580年2月 近江国安土城-


 織田信長の呼び出しを受け、丹羽長秀と蒲生賢秀が安土城に登城した。直ぐに麓の御殿で一番奥の謁見の間に通され、下座する。既に細川藤孝と蒲生忠三郎が座って待っており、その表情から重い案件だと察し、二人は顔を見合わせた。

 藤孝は明智軍に従軍していたはず。それがここにいるということは明智あるいは荒木関連のことだろうと推測する。

 奥から廊下をドカドカと歩く音が聞こえ、皆が一斉に平伏した。襖が開けられ見たこともない毛皮に身を包んだ織田信長が入ってくる。信長は全員を一瞥して無言で上座に着座した。すぐ後ろには蘭丸が太刀を持って控えた。


「この文を見よ!」


 信長は懐から折りたたまれた紙を取り出し、賢秀に投げつけた。いつもの事なのでそれほど動じずに賢秀が文を拾い上げ中身に目を通す。そして途中で表情を変えた。


「な!?」


 慌てて文末の署名を確認する。そこには「惟任」と「惟住」の名が書かれていることを確認し、見上げて細川藤孝の顔を見た。藤孝は無言で頷いた。


「ば、馬鹿な!」


 あまりの変化に驚いた長秀も受け取った文を読んで同じしぐさをした。藤孝が再び頷き、横にいた賦秀が真っ青な表情で震えていた。二人の驚きの表情を見て信長が低い声で話しかけた。


「二人はこの文の内容…どう思う?」


「に、にわかには信じられませぬ!」

「同じく!」


「だが、捕らえた輩が持っていた書状には“無吉”の名があった。」


「こ、小折生駒の時と同じに御座います!誰かが吉十郎の仕業に仕立てようと…!」


 長秀が慌てて付け加える。その言葉に信長も頷いた。懐からもう一枚紙を取り出し、長秀に投げつける。長秀はその中身を見て唇を噛み締めた。


「某には…吉十郎の字には…見えませぬ!」


「…正直に申せ。」


 長秀は黙り込んだ。


「光秀も兵部大輔も無吉の字によう似ていると思うておる。…だが俺も兵部大輔も無吉がそんなことをするとは考えておらん。」


 信長は上座に座りなおし、肘をついた。


「だがな…光秀は無吉を怪しんでおる。…相当な。」

 信長の声が更に低くなった。


「今、無吉が光秀に預けている家臣の処遇について儂のところに判断を仰いできた。…何もしなければ独断で処分するやも知れぬ。」


 嘗て旧主六角家から一目置かれていた賢秀も信長の表情に恐れ慄き手が震えていた。長秀も唇を噛み締めたまま微動だにせず。


 久保田吉十郎は嘗て小折生駒衆に陥れられたように…再び何者かによって陥れられようとしていた。嘗ての出来事を知る藤孝、賢秀、長秀は激しい憤りを感じながらもどう主に進言すべきか迷うことになった。




姫路城:小寺家の城で、後に黒田職隆の居城となり、職隆隠居後は官兵衛が城主でした。史実では、1579年の三木城落城後に秀吉に提供されていますが、本物語では先に秀吉に提供されています。


能島村上家:村上家は瀬戸内海を中心に活躍した海賊衆であり、海賊独自のルールに基づき海上の秩序を守って来たそうです。戦国時代には能島(のしま)因島(いんのしま)来島(くるしま)と拠点のある島の名を冠したグループに分かれています。しかし戦国の流れの中いつまでも独立した組織を維持することはできず、来島村上家は伊予の豪族、河野家の家臣として取り込まれ、能島、因島は小早川家の属将となりつつありました。


小折生駒の時:浅井家が反旗を翻したときに小折生駒の当主、生駒家長が討たれ次の当主を誰にするかとなった時に、生駒家を牛耳ろうと主人公に濡れ衣を着せて追放させた人物。無吉が追放された直後に生駒衆が保身のために浅井家と接触していたことが発覚し、小折生駒家は取り潰しとなっています。この中で偽造された書状に信長は騙されて(?)います。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 中国大返しのように、走らせるならともかく、普通に行軍して姫路城から三木城へは1日では無理じゃないですか? [一言] 話は大変面白い。誤字がなければもっといい。伏線の回収を楽しみにしてま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。