エピローグ 家族との再会
船に乗った私達は来た時と同じように十日ほど海の上で揺られ、サハスラータへ辿り着いた。
すずめちゃんと雪風は、初めてくる異国の光景に何を思ったのだろうか。
物珍しさに対する好奇心と、未知の世界への戸惑い。
私には、それらを内包した感情を懐いているように思えた。
数時間観光して、それからアールネスへ帰る事になった。
馬車の手配などしていないから、来た時と違って歩きだ。
思えば、自分の足でサハスラータからアールネスまで帰るのは初めてかもしれない。
昔、さらわれていった時だって、途中から馬車だった。
少しだけ時間はかかったけれど、そうして私はアールネスへと到着した。
王都の門を潜り抜けると、私は気持ちを抑えられなくなる。
すずめちゃんと雪風を抱きかかえて、走り出す。
帰ってきたのだと思うと。
家族に会えるのだと思うと。
居ても立ってもいられなくなった。
石畳の道を走り、まっすぐに家へ向かう。
そしてついに、私は家族の待つ家へ帰って来た。
「ただいま!」
玄関を開けて、私は叫んだ。
「奥様!?」
玄関にいた数名のメイドが私を見て驚きの声を上げる。
「奥様と旦那様に知らせて!」
メイドの一人が他のメイドに言う。
旦那様というのはアルディリア。
奥様、というのはアードラーの事だな。
アルディリアがいるという事は、休みの日なのかな。
「クロエ!」
しばらくすると、アードラーが慌てて玄関まで走って来た。
「アードラー!」
走り寄ってくるアードラーを抱き上げ、ぐるりと回る。
「私の嫁!」
「ちょ、いきなり何!」
ぐるぐると回されながら、戸惑うアードラー。
「クロエ!」
アルディリアも玄関に走って来た。
「お前もだ!」
アードラーを下して、私はアルディリアへ迫った。
抱き上げてやる!
「私の夫!」
と思ったら、逆に抱き上げられた。
「おかえり!」
嬉しそうに言うと、アルディリアは私を抱き上げてグルグルと回す。
くっ、悔しい。
体格と身長差のせいでこうなってしまう。
やられるとちょっと恥ずかしいな。
でも、それだけ嬉しいって事だからね。
そう思ってくれるのは素直に嬉しい。
「ただいま」
答えると、アルディリアが私を床へ下してくれる。
「それにしてもクロエ」
アードラーが声をかけてくる。
「あの子達は?」
アードラーはすずめちゃんと彼女に抱きかかえられた雪風を見て訊ねる。
「ちょっと事情があって、しばらくうちで面倒見る事にした子達だよ」
「そう」
「事後承諾になるのは申し訳ないんだけど、いいよね?」
二人に確認する。
「それはもちろん」
「クロエがそうしたいんならいいよ」
よかった。
ダメって言われたらどうしようかと思った。
アードラーとアルディリアが、すずめちゃん達に近付く。
アルディリアが私以上にでかいためか、ちょっとビビっているように見える。
「こんにちは」
「こんにちは」
二人が挨拶する。
「コ、コンニチハ」
すずめちゃんはぎこちないアールネスの言葉で挨拶を返した。
船の上で、軽く言葉を教えておいたのだ。
「僕はアルディリア。よろしくね」
「私はアードラーよ。よろしく」
「スズメ……。ヨロシク」
「わんわん」
いろいろとぎこちない所はあるけれど、何とか馴染めそうだな……。
「ヤタは?」
「お昼寝してるよ」
私は訊ねると、アルディリアが答えてくれる。
「自分の部屋?」
「うん」
「ちょっと会ってくるね」
「私も行くわ」
アードラーが言う。
「僕も」
アルディリアもそう言って、結局すずめちゃん達を含めてみんなで行く事になった。
「そういえばクロエ」
「何?」
アードラーに声をかけられ、答える。
「ちょっと、かっこよくなったわね」
照れたように、顔を赤くしてアードラーは言った。
どういう意味?
「何か、出会った頃みたいになってるわよ」
「あ、それ僕も思った」
アルディリアが同意する。
そうなの?
私は廊下にあった姿身で確認する。
……うわ、誰このイケメン?
鏡には、色々な部分が鋭いイケメンがいた。
骨格の関係で完全に一緒とは言えないが……。
アードラーと出会った頃。
学生時代の自分と確かに近いかもしれない。
多分、倭の国で動き回っていたために余分な脂肪がなくなったからだろう。
ふくよかさが消えて、筋肉の方が脂肪よりも主張している感じだ。
あの鋭いナイフのようなギラギラした私へと戻ってしまっている。
なんだろうこれ?
長年かけて培った女子力を根こそぎ奪われた気分だ。
「これじゃあ、アルディリアとデートしたらアブノーマルなカップルだと誤解されちゃう」
「私とすればノーマルなカップルだと思われるわよ」
アードラーの一言で私の懸念は解決した。
女子力(脂肪)を取り戻すまでは、アードラーと一緒にいよう。
「クロエ。よく考えて? 男の子におっぱいはないよ」
アルディリアが言う。
それもそうだ。
じゃあ、誤解とかはされないか。
「余計な事を……」
「デートは三人で行こうよ」
などという会話をしていると、ヤタの部屋に着いた。
ベッドの上では、ヤタが眠っていた。
その寝顔は天使のように可愛い。
私の天使ちゃんやでぇ。
だって枕元には、神様もいるし。
「シュエット様」
「久し振りじゃの」
手の平サイズのシュエット様は当然のように、ヤタのそばで仁王立ちしていた。
アルディリアとアードラーはその様子に何も言わない。
「今、寝た所じゃよ。起こすでないぞ」
「シュエット様、いつもありがとうございます」
アルディリアがシュエットに礼を言う。
何か馴染んでる?
「よいよい……。可愛い子じゃ。いくら泣こうが、わがままを言われようが、苦にならんよ」
私のシュエット様がこんなに慈愛に満ちているわけがない。
「シュエット様は、いつもヤタの面倒を見てくれているんだよ。君がいなくなって、毎日泣いていたヤタを慰めてくれていたんだ」
「そうなんだ」
意外だ。
「しかし、お主がおるならもうワシの出番も終わりかのう」
寂しそうに呟く。
そういえば、シュエットは人を贔屓しているって白鳥女神は言っていたっけ。
きっと元々は人が好きで、でも人の運命を読める彼女は人間の辿る運命を見て絶望したんだ。
きっと、裏切られた気分になったんだろう。
それで、人に仇成す邪神となった。
本来は、この子供を可愛がる彼女の方が本当の姿なのかもしれない。
「そう言わないで。クロエがいても、あなたがいなくなればヤタは泣くと思うわよ。私なんかより、よっぽどあなたに懐いているんだから。悔しいけれどね」
アードラーが答えた。
「そうかのう? なら、そばに居てやりたいものじゃな。して、クロエ。その子は何じゃ?」
シュエットはすずめちゃんを見ながら言う。
「うちで預かる事になった子です」
「ほう。名前は?」
すずめちゃんに問う。
「スズメ、デス」
「よろしくの、スズメ」
すずめちゃんは、少し戸惑いながらも挨拶を返した。
こんなに、ちっちゃい人間なんて初めてだろからね。
しかもちょっと偉そうだ。
こんなの見たら驚くよね。
そんな時、部屋に控えめなノックの音が響く。
ドアを開けるとメイドが立っていた。
「旦那様。来客です」
「僕に?」
「はい」
アルディリアはドアの方へ向かった。
「一人だけ出て行くのはさびしいけれど、行ってくるよ」
「うん」
去り際に言い残し、アルディリアが出て行く。
「いってらっしゃい」
言葉を返す。
そして私はベッドの横で膝立ちになった。
眠るヤタと目線を合わせる。
「少しだけ、大きくなったかな。子供からは目を離しちゃいけないね……。すぐに大きくなっちゃうんだから」
自分の子供の成長を見逃した事が少しだけ惜しい気分だ。
これからは、余すところなく見守っていきたい。
「すずめちゃん。この子が私の娘だよ。すずめちゃんと同じ歳だ。仲良く、してあげてね」
「うん」
「わふ」
雪風も控えめに鳴く。
「うん。雪風もお願いね」
言って、私はヤタの頬っぺたを優しくつついた。
ヤタの小さな手が、私の人差し指を掴む。
すると、ヤタの寝顔が笑みに歪んだ。
いい夢でも見ているのかな?
「ママ……」
私の夢か……。
大丈夫だよ。
目が覚めて、夢の私がいなくなっても……。
本物の私はいなくならないからね。
「ふふ、早く目を覚まさないかなぁ……」
私はヤタが目覚めるのを楽しみに思いながら、彼女の笑顔を眺め続けた。
とりあえず、これで一旦終わりです。
短編から始まり、少し間を置いて始まったSE。
それからこのクロエ武芸帖。
SEからほぼ毎日の更新を続けてきましたが、それもこれでストップになるかと思うと少し寂しいですね。
半年くらいの連載ですが、自分的には長かったです。
いろいろな経験をさせていただきました。
「三ヶ月ぐらいで本編は書き終わるだろう、ははは」とか、甘い見通しをしていた時期が懐かしいです。
これからも話は続きますけれど、一応の区切りとして感謝の言葉を贈らせていただきます。
皆様、いつも話を読んでいただき、ありがとうございます。




