六十三話 家路
「やっとついた……」
私の眼前には、前田の城下町があった。
それを目にすると、思わずそんな声が出た。
「これで、私もお役御免だな」
椿が言う。
「あ、そうだね……」
椿の役目は私を案内する事だ。
その前田は旅の終着点。
なら、その役目はここに着いた時点で終わりとなる。
彼女とはお別れだ。
それは少し寂しい。
「じゃあ、もうお別れ?」
「……いや、お前を見送るまで居させてもらおう」
「本当? ありがとう」
彼女がそう言ってくれるのは素直に嬉しかった。
私はすずめちゃんを見る。
帰ってきた事に何かしらの感慨を懐いているか、とも思ったが……。
特にそんな事はなかった。
両親が死んだあの時から、すずめちゃんは無口な子になってしまった。
表情も固くて、笑う事も滅多にない。
これでもあの時に比べればよく喋るようになった方だが。
あの日の明るさや笑顔はまだ戻ってきていない。
「行こうか」
「うん」
すずめちゃんと手を繋ぐ。
「わんわん」
雪風が一吠えして、すずめちゃんと並んで歩く。
雪風も、この旅で少しだけ大きくなった。
犬の成長は早いもんだ。
出会って、一ヶ月も経っていないのに少しだけ大きくなってる。
とはいえ、まだ毛玉感はなくなっていない。
足がちょっと伸びて、転がりながら歩くような感じがなくなっただけだ。
未だに、ふわふわわふわふしている。
数ヶ月したら、すぐにこの愛嬌も消えるんだろうなぁ……。
そう思うと、ちょっと残念だ。
親犬と同じくらいになれば「もどして……」と思う事受け合いである。
私達はまず、お城へ向かう事にした。
門番に話を通すと、お殿様が会ってくれるとの事だった。
そんなにすぐ返事が来るとは思っていなかったので、少し驚いた。
ただ、私だけという話だった。
椿とすずめちゃんと雪風は控室でお留守番である。
例の畳部屋で護衛の武士に囲まれつつ、角樫のお殿様に会う。
「久しいのう」
「はい。一ヶ月ぶりぐらいになりますね」
「うむ。して、そなたはこれからすぐに帰るのか?」
「城下町で一泊してから、帰る予定です」
「そうか。なら、少し頼みがある」
お殿様はそう申し出る。
「何でしょう?」
「わしは娘をあるねすへ留学させたいと思っておる」
ああ、やっぱりそうなるんだ。
私は、未来から来た千鶴ちゃんと会った事がある。
その時の彼女はアールネスに留学生として滞在していた。
「娘の千鶴は、そちらで言う所の魔力を持っておる。
あるねすの使節と交流する事で、この国が如何に魔力を使った技術に乏しいかという事に気付いた。
その乏しさを補うため、そちらの国で魔法の技術を学ばせたいと思っておるのじゃが。
それで、帰った時にあるねすの王へ話を通してもらいたい。
頼めんだろうか?」
すぐに会おうという話になったのは、この話をするつもりだったからだろう。
断る理由はない。
私は千鶴ちゃんの事が嫌いじゃない。
数少ない、同じ知識を持つ仲間でもあるわけだし。
何より、ヤタの親友になってくれる子だ。
留学してくるのなら、それが叶うように私も尽力したい所だ。
「わかりました。話は通しておきます。私もそれはとてもよい事だと思いますので、尽力させていただきます」
「うむ。よろしく頼むぞ」
お城から出ると、椿達が待たされていた部屋に案内される。
すると、そこには斉藤さんがいた。
「斉藤さん」
「お久し振りです。びてんふえると殿」
斉藤さんは丁寧に頭を下げてくれた。
「戻られたと聞き、国へ帰られる前に一目会っておこうかと思いまして」
「そうでしたか」
「最初、すずめがいる事に驚きましたがね」
そもそも私が山内へ向かったのは、すずめちゃんを送り届けるためだ。
一緒に帰って来てたら驚くだろうね。
「事情を聞いて得心いたしました。引き取る事にしたのですね」
「はい。彼女が帰りたいと言うまでは、私も一緒にいたいと思っています」
斉藤さんは瞑目して頷いた。
「しかし、彼女が帰ってきた事は丁度よかったかもしれませんな」
「どういう事でしょう?」
「夏木殿の家を当家で買い取る事に致しまして」
「そうなんですか?」
「なかなか、造りのしっかりした家でありましたからな。壊すのは勿体無いと思い、残す事にしました。時折、役目などで利用させていただいております」
どんな使い方してるんだろう?
密談とか?
「手入れもさせておりますので、今宵はそちらに泊まっては如何でありましょうか?」
私はすずめちゃんを見る。
「すずめちゃんはどうしたい?」
「一度、帰りたい」
そうだね。
今行けないと、もうおいそれとは帰って来れないだろうから。
想い出に浸っておくのもいいかもしれない。
私達は、旧夏木家で泊まる事にした。
「して、気になっておりましたがその方は? どこかで見た覚えがあるのですが?」
斉藤さんは、さっきから黙っていた椿を見て言った。
「旅の途中で出会った連れです」
椿は軽く会釈した。
そういえば斉藤さん。
椿と戦った事があったんだよね。
その後、私達は夏木夫婦が眠る墓地へ向かった。
「すずめちゃんをしばらく預からせていただきます」
墓前で手を合わせて報告する。
「あなた達の息子、秋太郎くんは立派な武士になっていました。与力だそうです。綺麗なお嫁さんを貰っていました。もうすぐ、お二人にとってのお孫さんが生まれるそうですよ。
私が報告を終えると、すずめちゃんも墓前で手を合わせた。
「お父、お母……。行ってくる。またいつか、帰ってくるからな」
短くそう伝えると、すずめちゃんは立ち上がった。
「もういいの?」
「うん」
そうして墓参りを済ませて、私達は旧夏木家へ向かった。
夏木さんの家は、あの時のままあの場所に建っていた。
ただ、畳は張り替えられたらしく、青々と真新しい色をしている。
血の跡があったのだから、当然だろう。
畳の部屋に布団を敷いて、私達は眠った。
ただ、すずめちゃんはなかなか眠れないようだった。
時折、身じろぎする。
あの時の事を思い出して恐ろしいからなのか……。
それとも、家族の想い出が去来するからなのか……。
わからないけれど、いろいろと考えてしまっているのだろう。
雪風はさっさと夢の世界だ。
すずめちゃんの隣ですやすやと眠っている。
椿は、どうだろう?
眠っているのだろうか?
わからないな。
私は、すずめちゃんを柔らかく抱き締めた。
身を寄せる。
「姉ちゃん……」
声が聞こえる。
「私がそばにいる限りは、安心だ。何も不安に思う事はないよ」
答える。
しばらくそうしていると、寝息が聞こえ始めた。
翌日、私達は港町へと旅立った。
来た時の道を逆に辿っていく。
角樫家で手配は済ませてくれていて、港町へ辿り着くとすぐに船へ乗る事になった。
「お別れだな」
椿が言う。
「そうだね。寂しいよ」
「そうか……」
「椿は、寂しいと言ってくれないの?」
「ふっ」
何故笑う?
「わんわん」
雪風が椿の足元で吠える。
前足を椿の足にかけて、べたりとお腹を引っ付ける。
お別れだと、わかっているんだろう。
そんな雪風を椿は抱き上げた。
撫で撫でする。
雪風は椿の頬っぺたをぺろぺろと舐めた。
「これから、椿はどうするの?」
「一度、里に戻る。頭領の命を蔑ろにした事は、抜け忍を討った手柄で許された。だが、一度頭領と話をしておきたい」
「そう」
「それからは、いつも通りの任務へ戻るだろう」
「……また、里に遊びに行くよ」
「一応隠れ里だ。おいそれと来られては困るんだがな……。しかし、お前なら頭領も許してくださるだろう。その日が来るのを楽しみにしている」
椿は雪風を地面に下した。
下された雪風はお座りした。
名残惜しそうに椿の顔を見上げる。
「わふわふ」
椿に小さく吠えると、私の足元に来た。
いってきます、の挨拶かな?
「じゃあ、またね」
「またな」
そう言葉を交わし合い。
私は背中を向けた。
すずめちゃんと雪風を伴って、乗船する。
船が出る。
その間、椿は港で私達を見送ってくれた。
その姿が見えなくなるまで。
「すずめちゃん、不安だよね?」
すずめちゃんは頷いた。
人の見た目も言葉も違う場所へ行くのだ。
それは当たり前だ。
「わんわんわん!」
雪風が元気一杯に答える。
言葉の意味はわからんが、とにかくすごい自信だ。
そりゃ、元々言葉なんて通じないもんね。
どこ行っても一緒だよね。
「でも、くろえお姉ちゃんがいるから……」
「うん。任せてよ」
君が一人で強く生きていけるまで、私はずっと一緒にいるからね。




