四十三話 近づく別れ
波間に揺られる船の上。
私は甲板で潮風を受けながら、船の上から見える景色を見ていた。
すずめちゃんも雪風も船旅は初めてだろう。
海の景色も船の上にあるものも、何もかもに興味津々だ。
雪風など興味津々過ぎて、はしゃいで落ちてしまいそうだったのですずめちゃんには船にいる間絶対に雪風を放さないよう言い含めた。
ただでさえ、歩いているのか転がっているのかよくわからない動き方をするのだ。
甲板に立ったが最後、コロコロとそのまま海へ落ちてしまう気がしてならなかった。
「椿って、山内に行った事あるの?」
「あるぞ。でなければ、案内などできん」
それもそうだ。
「服部の忍は、金払いさえよければどこの仕事であろうと請けるからな」
「ふぅん。山内ってどんな所?」
「徳川と比べなければ、他とたいして変わらんがな」
徳川。
前世で言う所の江戸である。
「魚と酒が美味いぐらいか」
お酒は飲めないから、楽しみは魚だね。
私は海から視線を外し、甲板の中央にいるすずめちゃんを見る。
雪風を抱き上げて辺りを見ている。
山内に着けば、彼女は兄と暮らす事になる。
彼女とも、別れが近いんだな。
彼女はどう思っているんだろう?
あれから何日も経ち、少しは心に残る恐怖もやわらいだかと思うけれど……。
まだ少し、残していく事には不安がある。
でも、血の繋がった家族の所にいれば、彼女も安心だろう。
雪風だっている。
大丈夫、大丈夫だよ。
きっと、すずめちゃんはそこで立ち直れるから。
と、そんな時だ。
すずめちゃんの腕から雪風が逃れた。
甲板をコロコロと走り回る雪風を追いかける。
逃しちゃったか……。
大方、雪風が興奮して暴れちゃったんだろうな。
雪風は走り回り、コロンと転がり、船外へ投げ出された。
ほら、言わんこっちゃない。
私は魔力縄を使って、雪風が海へ落ちる前にキャッチする。
そして、釣り上げた。
フィィィッシュ!
いや、ちがうな。
ドォォォッグ!
船に揺られて数時間後。
私達は山内の端にある港町へ下り立った。
日は下り始めているが、空が赤らむにはまだ時がある。
椿の話によれば、ここから少し行った場所には宿場町があるという。
すぐに港町を発てば日の沈むまでの間に、辿り着けるという事だった。
私達はすぐに港町を出て、宿場町へ向かった。
椿の話通り、私達は日が沈む前に宿場町へ辿り着く事ができた。
「すぐに戻るが、少し別行動させてもらうぞ」
「どこ行くの?」
「ここには、仲間が潜伏しているんだ。そいつに会ってくる」
草という奴だろうか?
「ついでに、宿の手配もしてくる。この辺りで待っていろ」
「わかった」
答えると、椿は何処かへ去って行った。
なら、この辺りの店で時間を潰すとしよう。
幸い、甘味処も雑貨屋も見られる。
すずめちゃんと一緒に色々と見て回ろう。
手近な雑貨屋へ入る。
「いらっしゃいま……っ!」
店主らしき男の人が私を見て顔を引き攣らせた。
「ズドラーストヴィチェ」
例によって店内が混乱に陥った。
何とか倭国語で話して誤解を解いた。
それでも少し私を警戒している様子はあったが、私はすずめちゃんと店内を見て回る事にした。
思い思いに品を見る。
ふと目に留まる物があった。
小さな赤い鈴が二つ付いた根付だった。
紐の部分も色合いが鮮やかで、可愛らしい一品だ。
すずめちゃんに似合うかもしれない。
山内までの旅費として渡された路銀。
山内へ到った今でも、結局大半が残ってしまった。
節約のために山中や川の物を獲って食べていた事もある。
どうやら、その節約が過ぎたようだ。
お妙さんに奢ってもらっていた事も理由の一つだろう。
残った分は角樫家に返そうと思っていたけれど、少しだけ私用に使わせてもらおう。
「これ、おいくらですか?」
店主に訊ねる。
聞く限り、それ程高価な物でもない。
うん。
買おう。
買ってすずめちゃんにプレゼントしよう。
もうすぐ、離れてしまうからね。
一つくらい、私と彼女を繋ぐ何かを残しておきたいと思った。
根付を購入する。
そして、すずめちゃんを探した。
しかし……。
姿が見えない。
「あの、連れの子供がどこにいるか知りませんか?」
「あの子でしたら、抱いていた子犬が逃げたらしく、それを追いかけて外へ行きましたよ」
もう、あのお犬様め。
可愛いからって傍若無人は許されないぞ!
私はすずめちゃんを探すために外へ出た。
が、一見して辺りにその姿は見られない。
どこへ行ったんだろう。
本当に、私から離れても平気になったんだな。
ある意味、これは良い事なのかな?
そんな事を思いながら、辺りを探し回る。
すると……。
「キャンッ!」
犬の鳴き声が聞こえた。
まさか。
私は鳴き声の聞こえた方へ向かう。
大通りから外れ、路地の中へ。
そして、向かった先にはぐったりと倒れる雪風がいた。
すずめちゃんの姿は、そこになかった。




