四十四話 早く開けに来てくれんかな
方言を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
暗い場所だった。
何でおれはこんな所にいるんだろう?
そう思っていると、だんだん思い出していく。
お母を驚かそうとして、押入れに隠れたんだ。
飯食って、くろえ姉ちゃん達も帰って。
あとは寝るだけだから、多分布団出しに押入れ開けるだろうから……。
だからおれは隠れて……。
今か今かと、お母を待った。
早く開けに来てくれんかな?
お母が開けて、おれに驚いて。
お母はちょっと怒るけどそれでも、「しょうのない子だ」と笑って許してくれるんだ。
お父が騒ぎを聞きつけて、その話を聞いて一緒に笑ってくれるんだ。
それから、一緒の布団に入って、親子三人で眠るんだ。
いつもそうだ。
だから、今日もそうなる。
そう思ってた。
けれど、そうはならなかった。
知らないお侍がどこからか入り込んで、お母に刀を突きつけた。
見送りに行っていたお父が帰ってきて、お侍達はお母を人質にとってお父に何か言っていた。
おれはその様子を押入れの襖の隙間から見ていた。
「これは、身の程を弁えぬ者が受ける当然の帰結だ。自刃致せ」
お父が座り、腹を出した。
短い刀を抜いて、腹に当てる。
「待て。お前には、割腹などという死に様は上等すぎる。それは武士の死に方だからな。……そうだな、喉だ。喉を突いて死ね。そんな死に様がお前にはお似合いだ」
お父は侍の言う通り、喉を突いた。
「あんた!」
お母が叫ぶ。
倒れるお父の首から、血が流れ出ていく。
畳が赤く染まっていく。
お父が顔をあげて、こっちを見た。
覗き見るおれと目が合った。
血の気の失せたお父の顔。
その顔が俯き、お父は動かなくなる。
「死んだか」
そう言った侍が、お母のいる方へ向かった。
おれには、そっちの方が見えなかった。
ただ、悲鳴が聞こえた。
それからばたばたと何か動く音がして、何かが倒れる音がして……。
「無理心中だ」
そんな声を最後に、お侍達の足音は遠ざかっていった。
足音が消えると、ずりずりと何かの這う音がする。
「……すずめ」
お母のおれを呼ぶ声がする。
良かった。
お母は生きてた。
今から、襖を開けておれを見つけてくれる。
いつもみたいに、おれを見つけてくれるんだ。
今見た事なんて嘘だ。
お父もお母も死ぬわけねぇ。
あんなのは、夢に決まってる。
だって、お母は今からおれを見つけてくれるんだから。
だからそれまで、おれは待つんだ。
襖が開いて、お母がおれを見つけてくれるまで……。
この暗い中、一人でじっと待つんだ。
早く開けに来てくれんかな……。
ゆっくりと、目を開く。
目元を拭うと、手が濡れた。
また夢を見た。
あの時の夢だ。
暗い中、一人で待っていた時の夢だ。
あれからくろえ姉ちゃんが来てくれるまで、ずっと一人でいた時の夢だ。
この夢を見た時は、不安でならねぇ。
だから、すぐにくろえ姉ちゃんのそばに行きたくなる。
けれど、そばにくろえおねえちゃんはいない。
雪風も、そばにいなかった。
不安でたまらなくなる。
でも、近くには知らない子供が何人か蹲っていたり、寝転んだりしていた。
なんだか、ぼんやりする。
かび臭い。
それに薄暗い。
ここはどこだ?
なんで、おれはこんな所にいるんだ?
「起きたがか?」
近くにいた男の子が声をかけてくる。
おれは起き上がった。
「ここ、どこだ?」
「わからんが。多分、蔵かなんかや思うきに。子供ばっかりが閉じ込められちゅう」
「何で、閉じ込める?」
「売るためとちゃうか。俺らぁ、子盗りにおうたがよ」
人さらい?
……思い出した。
そういやおれ、雪風を追って店から出た時に、後ろから口元に布当てられたんだ。
そしたら途端にぼんやりして……。
そのまま誰かに肩へ担がれたんだ。
くろえ姉ちゃんに習った事、これっぽっちも出せなかった。
そんな暇もない程に、一瞬の事だった。
雪風が助けてくれようとして、蹴飛ばされた。
雪風、大丈夫だろうか……。
「他の奴も、捕まってここに連れられてきたらしいき」
どうしよう。
このまま、おれも売られちまうんだろうか……。
怖い。
でも、もしかしたら、くろえ姉ちゃんが助けに来てくれるかもしれない。
だって、姉ちゃんはいつもおれを助けてくれるから。
だからおれは、姉ちゃんが居てくれれば安心だ。
おれは待っていれば……。
また、待つだけ?
おら、わかっただよ。
どうして人に頼っちゃならねぇか。
頼ったら、頼った相手が酷い目に合うかもしれねぇだ。
すての言葉を思い出した。
それと、お父が死んだ時の事を……。
お父は強かった。
けれど、死んでしまった。
それは、お母を人質にとられたからだ。
どんな強い人間でも、人質を取られればあっさりと命を奪われちまうかもしれねぇ。
姉ちゃんは、きっとおれを助けに来てくれる。
その時におれが人質に取られたら、いくら姉ちゃんが強くても簡単に殺されっちまうかもしれねぇ。
それは、嫌だ。
おれが、戦い方教わったのは一人で誰にも頼らずに生きられるようになりたかったから。
それは、すてみたいに相手が傷つかないようにしたかったから。
おれは、姉ちゃんの足手まといになりたくなかった。
姉ちゃんのそばは安心だけど、それじゃあ姉ちゃんを傷付けてしまうかもしれないからだ。
そんな事を考えている時。
入り口の頑丈そうな扉が開いた。
男が三人ほど、中に入ってくる。
「おい、おまんら! 大人しゅう俺について来いや! 騒いだら、すぐにぶっ殺しちゃるきに!」
男は怒鳴る。
その腰帯には、小刀が挟んであった。
おれは男目掛けて走る。
男にぶつかり、小刀を手に取った。
「なんぞ!舐めた事すんなや!」
男がおれの頬を殴りつける。
後ろに殴り飛ばされ、同時に小刀が抜ける。
おれの手に、小刀が握られていた。
「ガキィ……」
男がこちらに近付いてくる。
怖い。
でも、おれは自力でこれを何とかしなくちゃなんねぇ。
自分一人でここから出られないと、姉ちゃんが傷つくかもしれねぇ。
だから……。
そうして意気込んでみても、足は知らず知らずの内に後ろへ進む。
近付いてくる男から逃げるように、後ろへ後ろへ……。
そして、背中に何か当たる。
壁だった。
俺は壁に追い詰められていた。
男が俺を睨みつけながら、手を伸ばしてくる。
咄嗟に小刀を振る。
男の手を切りつけた。
「このっ……」
男がおれを蹴りつけようとする。
おれは目を瞑った。
やっぱり俺なんかには、無理なんか?
何かの壊れる音がした。
蹴られて、体のどこか壊れたのかと思った。
けれど、痛みはなかった。
目を開ける。
すると、男が目の前で吊られていた。
頭を手に掴まれ、体を宙に吊られていた。
「あががががぁっ!」
手は、自分の後ろから伸びていた。
でも、後ろは壁のはずだ。
腕の伸びる先を追って視線を動かす。
すると、手は壁を突き破って外から伸びていた。
「何じゃありゃ!」
他の男が驚いて叫ぶ。
腕は、男の頭を掴んだまま、壁の穴を壊し、横に広げながら移動していく。
私の横の壁が弾け飛んだ。
そして姿を現したのは、くろえ姉ちゃんだった。
姉ちゃんの顔は、別人のように険しかった。
初めて姉ちゃんを見た人が言うように、本当の鬼のようだ。
けれど、俺にとってそんな姉ちゃんの姿は、とても頼もしかった。
その姿を見た時、涙が溢れ出そうになった。
嬉しくて、けれど自分が情けなくて……。
俺はまだ、姉ちゃんの足手まといなんだな……。
くろえねえちゃんは、掴んでいた男を投げる。
男が反対側の壁まで飛び、壁に全身を打ち付けてその場で落ちた。
動かなくなる。
「何じゃ、おまん!?」
残った二人の男。
その一人が叫ぶ。
二人は手近な子供を掴んで、小刀を首に突きつけた。
「寄んな! 殺すぞ!」
くろえ姉ちゃんは目を細めると、左手の親指を弾いた。
「ぐああっ!」
左側にいた男が叫びを上げて、小刀を取り落とした。
男の手には、鋭く尖った氷が深く突き刺さっていた。
男の叫びにもう一人の男が驚いた。
その隙を衝いて、くろえ姉ちゃんは右手から黒い縄を伸ばした。
男の小刀を持った手に絡め、思い切り引く。
男が引き寄せられ、宙を舞う。
同じように跳びあがった姉ちゃんは空中で男を殴り、叩き落す。
次いで、すぐさま腕に氷を突き刺さされた男の方へ跳ぶ。
一足飛びで男に迫った姉ちゃんは、裏拳で残った男を殴り飛ばした。
本当に一瞬の出来事だった。
あっと言う間に、くろえ姉ちゃんは男達を叩きのめした。
そして振り返る。
俺を見ると、ホッと息を吐いて表情を緩めた。
「良かった……」
くろえ姉ちゃんは、心底安心したように呟いた。




