ツケ完済 ①
居酒屋『深夜の世界』の暖簾をくぐったのは、この店に似合わない、見知らぬ客だった。
黒いスーツ。
背筋は真っ直ぐ。
どこか福ちゃんによく似た顔立ち。だが、その身なりも所作も、父とは正反対だった。
「……失礼します。」
シンは顔を上げる。
「えっと……?」
青年は深く頭を下げた。
「父が、生前お世話になりました。」
「父の遺品を整理していたところ、このお店宛てのメモが見つかりましたので、お届けに参りました。」
差し出されたのは、一枚の紙と古びた鍵。
シンは静かに受け取る。
紙には、見慣れた丸っこい字が並んでいた。
『シンさんへ。
ツケは返せそうにないけん、 店ん中から好きモン1つ持っていきんしゃい。 息子には話しとる。
……あまり高いの選ぶなよ(笑)
まぁ、大したモンないがな!』
シンは思わず吹き出した。
「短ッ?!……最後まで福ちゃんだな。」
青年は表情を変えない。
「店の鍵です。後日、回収に伺います。それまでに、ご自由にお持ちください。」
それだけ言うと、再び一礼した。
「では、失礼します。」
息子が踵を返した、その時。
「……あのさ。」
シンが呼び止める。
息子は足を止めた。
振り返らない。
「君の親父……福ちゃんさ。」
「毎日ここ来てたんだ。」
沈黙。
息子はわずかに視線を落とす。
「……そうですか。」
それだけ答え、再び歩き出す。
扉が静かに閉まる。
カラン――。
店内に、音だけが残った。
シンは手の中の古びた鍵を見つめる。
「……明日……行くか。」
ーーーーーーー
俺たちは、福ちゃんが経営していたリサイクルセンター『福来たる』へと足を運んだ。
店内は、相変わらず足の踏み場もない。
どこから仕入れてきたのか分からない壺が通路を塞ぎ、同じ柄の皿が何枚も積まれている。
山積みのプラモデルに骨董品。 なぜか片方だけの長靴。
「これ、誰が買うんだよ……」
シンは苦笑しながら店内を見回した。
「……でもさ。」
「昔っから、ここに来るだけで楽しかったんだよな。」
何が見つかるか分からない、宝探しみたいな店。
興味もないのに、つい眺めてしまう盆栽。
レジでは、いつも福ちゃんが舟をこぎながら店番をしていた。
……だけど、もういない。
店内のどこかで、誰かが小さくすすり泣く。
こみ上げてくる感情を押し殺しながら、俺たちは店内を見て回った。
「おい、シン。ちょっと来てみろよ。」
仁さんに呼ばれ、向かうと、おもちゃコーナーらしき棚を指差していた。
「これ、御子の装備じゃないか?」
仁さんは山積みの箱をどかし、棚の奥から小さな箱を取り出す。
それを見た資さんが噴き出した。
「あーっ! やるやる! ガキの頃さ、金がねぇから欲しいやつを棚の奥に隠してたわ!」
「うわぁ~!まだやる奴いたんか?!」
シンは白く黄ばんだ箱を手に取る。
パッケージには【当選おめでとう】小さく【非売品】のみ書かれていた。
「どこで手に入れたんだよ……」
「『御子の武器なんかないのぅ』ッて……あるじゃねぇか、……ッたくボケ爺さんよ」




