鍋は2度刺す 後編
言いたいことを言って、
はしゃいで、騒いで、怒られて。
笑っていた時間も、気がつけば日付を跨ごうとしていた。
鍋の中身はすっかり減り、
白く濁った個体が、鍋底に静かに残っている。
湯気はもう立たない。
代わりに、少し名残惜しい空気だけが漂っていた。
「お~い……」
シンが壁の時計を見て、ぽつりと言う。
「お前ら、明日大神楽なんだろ? そろそろお開きにしないか?」
名残を断ち切るような言葉だった。
ようやく和らいだ闇鍋パーティも、ここまで。
――誰もが、そう思った。
――その時だった。
天草が、珍しく背筋を伸ばす。
いつもの軽い笑顔はない。
少しだけ、言葉を探すような間。
「あのさぁ……」
視線を泳がせながら、ゆっくりと口を開く。
「聞いてほしいことっていうか…… ちょっとしたワガママっていうかさぁ……言ってもいい?」
流水寺は、即座に柔らかく応じた。
「どうしたでござるか? 大方のワガママは受け入れるでござるよ」
「お、おう……そんな重い前振りされると、逆に怖いんだけど!!」
冗談めかして言うが、
天草から伝わる緊張は、隠しきれていなかった。
「直感なんだけどさ~」
いつもの言い出し。
けれど、その声色はどこか慎重だ。
「最初はバラバラでさ、 全然噛み合わない個性でも……」
少し考えてから、言葉を続ける。
「“なんだかんだで、ちゃんと馴染む”ことって、 結構あるじゃん」
「……?」
シンは首を傾げた。
だが、流水寺はもう察している。
「言葉が渋滞してるでござるが…… 言いたいことは、分かるでござるよ!」
流水寺は、鍋に残った白いスープをすくい、 ゆっくりと口に運んだ。
一拍。
「……確かに。不思議でござるな」
「え? 何が?」
「この鍋は“鍋”としては、完全に失敗でござるが……」
言葉を切ってから、静かに続ける。
「……だが、凄く美味しかったでござるよ」
その一言に、天草がほっとしたように笑った。
「でしょ~?」
少しだけ、肩の力が抜けた声。
「だからさ……そのさぁ……
三人で出たいんだ~。大神楽に~」
シンは、反射的に声を上げる。
「いやいや!?待て待てッ!!俺、出場権持ってないし!!」
「うん。知ってる」
天草は、頷いた。
「だから、来年……三人で出ようよ。いや____」
天草は、指を三本立てて言った。
「三人“だけ”の大神楽にしちゃおうよ~」
流水寺が、楽しそうに笑う。
「ハッハッハ!!それはそれは!!随分と無茶な提案でござるなぁ!!」
「僕と流水寺くんでさ」
天草は、少しだけ調子を戻しながら続ける。
「1月から11月まで、 『月の英冠』を全部取るからさ~」
「……全部?」
「うん。全部!!」
さらっと言ってのける。
「だからシン君は、12月を取って欲しいんだ~」
少し間を置いて。
「もちろん、僕たちも出るけどね~」
「ならば――」
流水寺が腕を組む。
「では、拙者が1月の大和殿を抑えるでござるよ。 二方には、少々荷が重かろう」
「よろしく~」
完全に話が進んでいく。
シンはついていけず、
冗談だと思って慌てて現実に引き戻そうとする。
「……いやいや、ちょっと待て。 冗談はいいから、明日の準備しろって」
天草が、にこっと笑った。
「うん。明日は出ない~」
「このまま、三人で飲もうよ」
シンは、箸を置いた。
「え、え、え……?ちょっと待てッ?! 今年の大神楽……出ないの?」
空気が、止まる。
流水寺が、静かに答えた。
「ふむ。拙者も同じ考えである」
天草も肩をすくめる。
「久しぶりに……、楽しかったよ~
今は、この時間を大事にしたいんだ」
小さく笑って、続ける。
「………ほんとに、楽しいなぁ~」
冗談ではない。
二人とも、本気だった。
この前の天草の言葉を思い出す
『今の神楽が“退屈”』
もしかすると、天草なりの小さな反抗に感じた。
だから三人で今の“神楽を壊す”。
――そんな宣言に、シンには聞こえた。
天草が、いつもの軽い声で締める。
「じゃあさ~、追加で何か作ろうか~
あ、皆で店の方行かない?飲もうよ~」
鍋の火は、もう消えている。
それでも――
同じ釜を囲んだ夜の熱だけは、
まだ、三人の中に残っていた。
――翌日。
正午を少し回った頃。
客室には、人の気配もなく、
テレビの音だけがやけに大きく響いていた。
画面の下に、赤い帯が走る。
《速報》
本日開催予定の公式大会『大神楽』において、
有力選手二名の出場辞退が発表されました。
ワイドショーの司会者は、一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、続ける。
「速報です。
本日開催予定の大神楽について、
運営より二名の辞退の発表がありました。
出場を辞退したのは――」
画面横に、名前と写真が並ぶ。
「【月影の魔女】アリス・ゲートのマスター、流水寺選手。
そして、“直感主義者”として知られる、雷選手と天草選手です」
スタジオが、ざわつく。画面が切り替わり、
公式アリーナ前の中継映像が映し出された。
報道陣の群れ。
足を止めてスマホを確認する観客。
掲げられていた応援幕が、
行き場を失ったまま風に揺れている。
「運営からの発表によりますと、
両選手とも体調不良や規約違反ではないとのことですが――」
「現在、詳しい理由は明かされておらず、
本人とも連絡が取れていない、ということです」
コメンテーターの一人が、眉をひそめた。
「いや……これは異例ですよ。
大神楽“当日”に2名が辞退なんて前例がありません」
別のコメンテーターも頷く。
「そうですね。この二人、現在のランキングでもトップクラス。
私の“本命中の本命”でしたから」
さらに別の声が重なる。
「何かトラブルがあった可能性は?」
「内部対立?それとも、運営との意見の食い違い?」
司会者は、首を傾げながらまとめに入る。
「まぁ特に天草君は、
“遅刻は多い選手”として有名でしたが流水寺君までとはねぇ〜」
」
画面の端には、
SNSの反応が絶え間なく流れていく。
・【え???天草様出ないってマジ??】
・【流水寺も?今日の大神楽どうなってんの】
・【何かあったとしか思えない】
・【推しが来ない大神楽とか聞いてない】
・【運営トラブル説ある?】
・【事故?トラブル?情報くれ】
アナウンサーが、静かに締める。
「なお、両選手とも
今後の活動については“未定”としています」
「大神楽は、
予定通り本日開催されますが――」
テレビは、騒がしいままだった。
その音を背に――客室の隅で、
男達が、いびきをかいて眠っている。
何も知らず。
何も告げられぬまま。
世界がざわめいていることさえ――
まだ、知らない。




