第1話 無理だ
SCOやMLOの助力もあり、BKOとTHOの侵攻を退けたCBOは生き残った。
しかし、喜びを噛み締める暇もないほど唐突に、状況は激変した。
同盟関係や敵対関係、最後まで残ったタイトルをGENESISが援助すると言う取り決めなど、あらゆるものが引っ繰り返された。
あまりの事態に収拾が付かず、各々が気持ちや頭の整理をする為に、その場は解散となった。
これを提案したのは白太で、誰も反論はなかった。
それどころか、声を発することも出来ずにログアウトする者が、ほとんどだった。
ケーキを奪われたことと、ゼロの裏切りによって多大な衝撃を受けた雪夜も、例外ではない。
Aliceと言葉を交わすことすらなく現実に戻り、真っ暗な部屋でベッドに腰を掛け、項垂れている。
ようやく恋心を自覚した途端の別れ。
過去のトラウマを抉るような裏切り。
雪夜の心を折るには、充分過ぎるほどだった。
何もかもが嫌になった雪夜は、CBOをアンインストールして、全てを忘れようとすら考え始めている。
だが、そのとき、スマートフォンから通知音が聞こえた。
億劫そうに手に取った彼が画面を確認すると、貴音からのメッセージが届いていた。
無視しようかとも思った雪夜だが、指が勝手に画面をタップする。
そうして、表示されたメッセージは――
『ケーキちゃんを助けてあげて』
極めて短く、これ以上ないほど純粋な願い。
思わず目を見張った雪夜はフリーズしたが、すぐに返事をチャット欄に打ち込んだ。
『助けてどうする? 今度はCBOがケーキを利用するのか?』
『違うわ。 あの子は、わたしが作った……ううん、生んだ子なの。 だから、どうしても救いたいのよ』
『仮にそれが本当だとしても、手遅れじゃないのか? GENESISの手に渡った以上、取り返す手段があるとは思えない』
文言だけ見れば淡々としているが、このとき雪夜の指は震えていた。
客観的な意見を述べたとは言え、彼自身が受け入れ難い現実である。
自然とスマートフォンを握る力が、強くなっていた。
すると、暫く時間を置いてから貴音の返信があったが、雪夜はまたしても驚くことになる。
『諦められるの?』
シンプルな問い掛け。
だが、それゆえに雪夜の心を揺さぶった。
勿論、本音を言えば諦めたくはない。
それでも彼の冷静な思考は、諦めざるを得ないと訴え掛けている。
だからこそ雪夜は、諦める旨を伝えようとして――
『無理だ』
気付けば、その3文字を送っていた。
我ながら馬鹿なことをと思いつつ、本心を語ることが出来たからか、気持ちは少し楽になっている。
そんな自分に雪夜が苦笑していると、今度はすぐに貴音からメッセージが返って来た。
『そうこなくちゃね。 確かに難しいけど、わたしは可能性があると思ってるわ』
『俺には思い付かないが……根拠はあるのか?』
『根拠ってほどじゃないけど、少し気になることがあるのよ』
『気になること?』
『えぇ。 確信が持てないからはっきりとは言えないけど……わたしの考えが合っていれば、ケーキちゃんはまだ無事よ』
『希望的観測にしか聞こえないが……。 だが、貴音ちゃんが言うのなら、本当に何かあるんだろう』
『有難う、信じてくれて。 ただ、どっちにしろ期間は1週間しかないわ。 アップデートを急ぐから、少しでも強くなって。 雪夜くんが望むなら、攻略法を教えても良いんだけど……』
『すまない。 こんな状況で何をと言われるかもしれないが、俺だけ特別扱いされる訳には行かない。 他のCBOプレイヤーと同じ条件で、挑ませてもらう』
『はぁ……。 やっぱり、そう言うと思ったわ。 仕方ないわね。 その代わり、覚悟はしておきなさい』
『言われるまでもない。 それより、頼みがある』
『何? 出来ることなら何でもするわよ』
『俺たちのアップデート権は、もう1つ残っていたな? それを使って、やってもらいたいことがある。 具体的には――』
雪夜からアップデート内容を聞いた貴音は、しばし考え込んだ。
可能か不可能かで言えば、可能。
ただし、この短期間で実施出来るかと言えば、微妙なところだ。
しかし彼女は、覚悟を込めて告げる。
『わかった、やってみせるわ』
『有難う』
『お礼なんて必要ないわよ。 でも、間に合ったとしても、役に立つのかしら? もっと、実施と同時に強くなれる方が良くない?』
『確かにそうだが、今のままだと最悪詰むかもしれない。 その予防策だ』
『……良いわ。 どの道、短時間じゃ大規模なアップデートは出来ないしね。 雪夜くんの案に乗るわ』
『では、今日は失礼する。 今後のことについて、考えたいからな』
『うん、了解よ。 わたしも早速、作業に取り組むから』
『今からか? 頼んでおいて何だが、無理はしないで欲しい』
『それはお互い様よ。 それに、今頑張らないで、いつ頑張るのって感じだし』
『それもそうか……。 俺も、自分の限界を見誤らないようにする』
『そうして頂戴。 じゃあ、取り敢えずお休み』
『あぁ、取り敢えずな』
それっきりチャットが止まり、雪夜は大きく息を吐き出した。
まだ何も解決していない。
それでも、足を踏み出す心積もりは出来た。
数秒だけ目を閉じた彼は、スマートフォンを取り出して手早く文章を作成し始める。
NGOがどれだけの戦力を有しているのか知らないが、少なくともCBOだけで対抗出来るとは思えない。
そうなると、取れる選択肢は限られていた。
SCOのフレン、MLOのネーヴェ、BKOの白太、THOのEden。
4大タイトルの代表格に、話し合う必要があると伝える。
フレンとネーヴェとは以前から繋がりがあったが、白太とEdenはSNSのアカウントを探すことでなんとかした。
その際、SNSがNGOの出現に関する話題で持ち切りだと知ったものの、雪夜が気にすることはない。
もしかしたら、返事がないかもしれないと思っていた雪夜だが、すぐに反応があり、4人全員から同意を得られた。
どうやら、考えることは同じらしい。
第1段階をクリア出来たと判断した雪夜は、詳しい場所と日時を調整して、この件については見切りを付ける。
どれほど絶望的な状況だとしても、やれることをやるしかないのだ。
自分に言い聞かせた雪夜は、続いての事柄に向き合う。
そしてそれは、ある意味で最も難しい問題だった。
緊張した表情でチャットアプリを開いた雪夜は、目当ての人物を表示させる。
相手は、Alice。
どのような結末を迎えるとしても、彼女にはきちんと返事をしなければならない。
決意を新たにした雪夜は、若干躊躇いながら文字を打ち込んだ。
『今、話せるか?』
たったこれだけを打っただけで、雪夜は酷く消耗するのを感じている。
それから間もなくして既読が付いたが、返事が中々来ない。
段々不安になって来た雪夜が、画面を凝視していると――
『外で会いたい』
この返事を見た雪夜は、ドキリとした。
だが逃げることはなく、深呼吸してから了承の意を返す。
『わかった』
『有難う。 場所なんだけど、位置情報を送るから来てくれるかな? そんなに遠くじゃないから』
『あぁ。 じゃあ、またあとでな』
『うん、あとでね』
チャットを区切った直後、Alice――アリスから位置情報が届いた。
それを確認した雪夜は、出掛ける準備をして玄関に向かう。
本心を言えば、アリスを泣かせるかもしれないことが怖い。
だとしても、行くしかなかった。
夜空の下、目的地への道を1歩1歩踏み締めて、雪夜は前へ進んだ。




