神話になれ
母は、ゴッホのような人だった。
生きている間は理解されず、
死んでから神話になる。
母の死後、エネルギーチップを軍事転用した国は、国際社会から厳しい制裁を受けた。
その技術がどれほど危険なものかを、世界は身をもって知ったのだ。
列強諸国は互いの軍事力を背景に牽制し合い、エネルギーチップの運用は厳格な管理の下に置かれることになった。
やがてその技術は、再び本来の目的のために使われ始める。
ニュースは言った。
科学は正しさを取り戻した、と。
エネルギーは循環し、人類は資源戦争のない時代へ歩き始めたのだ、と。
それを境に、人々の態度は変わった。
かつて母を追い詰めた世論は、
今では彼女の名前を神話のように語る。
――真理。
エネルギーチップの生みの親。
教科書には彼女の研究が載り、
研究施設には胸像が建てられ、
その言葉は未来への希望として引用されるようになった。
今、最も熱を帯びている研究分野は、そのエネルギーチップの性能向上だ。
そして俺は、今、その研究をしている。
結局サークルには入らなかった。
上京しても、学部生の頃と生活は大きく変わらない。
論文を読み、実験をし、また論文を読む。
外部から入ってきた俺だったが、研究室にはすぐに馴染んだ。
努力は少しずつ認められ、最近では研究にある程度の裁量も与えられるようになった。
ある日、俺は教授室の前に立っていた。
軽く息を整え、ドアをノックする。
「失礼します」
椅子に座る教授に向かって、俺は言った。
「一つ、構想があります」




