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お世話係の憂鬱  作者: バネ屋
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閑話 娘の初めての言葉





 婚約者が逃げた。

 自宅アパートはもぬけの殻だった。

 ケータイは解約されている。

 職場に問い合わせたが、既に退職していて連絡先も判らないと言われた。



 どうするのよ、お腹の子。


 どうすればいいのよ、私。













 親に正直に話した。

 出産の援助をする代わりに、ドコぞのおっさんとの縁談を強要されそうになった。

 そんな話あってたまるか、と実家を飛び出した。


 もう八方塞がりだ。


 結婚のことはもういい。

 逃げたアイツのことなんてどうでもいい。


 でもお腹の子のこと。

 仕事のこと。

 出産後のこと。

 そしてお金のこと。


 考えなくてはいけないことが沢山あるのに、何も考えられない。


 どうしたらいいのか、もう判らない。











 そんな時にケータイ電話が鳴った。

 表示された名前は

 ”奥田 美雪”



 中高時代にお世話になった美雪先輩からだった。


 最後に会ったのは、2年前の先輩の結婚式だったか。



 頭の中はぐちゃぐちゃで余裕が無かったが、尊敬する先輩からの電話に出なければ、と思い通話ボタンを押した。




「花、聞いたよ。今どこにいるの?すぐ迎えに行くから場所教えて」


 美雪先輩は相変わらずだった。

 私の窮地に、なんの躊躇いもなく手を差し伸べてくれる。

 昔からこうだった。


 先輩は車で2時間もの距離を迎えに来てくれた。

 その日から先輩のお家で保護してもらった。


 先輩も妊娠中だった。

 自分だって身重で大変なのに、私みたいないい加減でバカ女のことなんてほっておけばいいのに。


 お人好しで、頼もしくて、格好いい。

 それが美雪先輩だ。





















 美雪先輩が、無事出産した。

 自分のことよりも嬉しかった。

 私が迷惑かけているせいで、もしものことが有ったら、なんて考えると正気でいられなかった。


 先輩の子は男の子で「仁」と先輩が名付けた。



 2か月後、私も無事出産出来た。

 女の子だった。

「玲」と名付けた。



 未婚の母としてこの子を育てていく覚悟はもう出来ている。

 引き続き先輩も協力してくれると言ってくれている。


 いい加減でダメな女だったけど、男なんてもう要らない。コリゴリだ。

 私には玲と先輩が居てくれる。






















 出産後、奥田家の協力もあり、なんとかやっている。

 あれ以来、実家とは一切連絡をとっていない。

 先輩からも「今は玲ちゃんのことだけ考えて」と言われ、甘えさせてもらっている。


 仕事復帰に向けて、住むところも決まった。

 といっても、引っ越し先は先輩のご自宅の道を挟んだ向かい。

 以前空き家なのを奥田家が購入しておいたらしい。

 そこを私に貸してくれることになった。


 美雪先輩から

「これからも、いつでも会えるわよ。なんでも相談するのよ」と言ってくれた時はただただ感謝した。























 最近の玲の様子に、不安を感じずにいられない。


 先輩の息子さんである仁くんに比べ、玲の成長が遅れているのでは無いかと不安でしょうがない。


 ハキハキと喋り意思表示がキチンと出来る仁くんに比べ、玲はいまだに言葉を喋らない。


 一人で食事もトイレも出来る仁くんに比べ、私が傍に居ないだけで直ぐに泣き出してしまう玲。


 4月に幼稚園の入園と私の仕事復帰がもう決まっているのに、不安で何度も先輩に相談し、その度に泣いてしまう。


 でもそんな私に先輩は「玲ちゃんのことは私と仁に任せなさい。今のアナタがやるべきことは仕事よ。本気出してみなさいよ」と背中を叩いて励ましてくれる。



























 仕事に復帰してから4年が過ぎていた。

 仕事は順調だった。

 収入も安定し、出産以降の育児期間に先輩からお借りしたお金も返済が済んでいる。



 でも

 玲は相変わらず、家でも大人しく、言葉を発せず私とも会話が出来ない。

 何かの病気か、精神的なものか、色々調べてみたし病院に相談したりもした。

 でも原因は判らずよくなることは無かった。


 だから私は仕事に逃げた。

 何を考えているのか分からない我が子への不安、焦り、恐怖がそうさせた。

 これでは母親失格と言われても仕方が無い。


 どうせ玲には仁くんが居る。

 私よりも彼を慕い、休みの日でもウチに居るより仁くんに会いに行ってしまう。


 情けなくて仕方が無い。




 そんな日々に慣れてしまったある日、仁くんが報告してくれた。


「今日、玲が初めて喋ったよ。僕に「ありがと」って言ってくれたよ」


 嬉しくて思わず二人を抱きしめた。


 涙が止まらず夢中で抱きしめていたからか、加減が出来ていなかったのか


「ママ、痛い」と玲に言われた。


 それが、娘からの()()()()()()()()()()になってしまった。








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