閑話 白い猫の真実
『赤い魔女の帰還』あたりから『凛歌の帰還』までの、カッサンドラ視点です。
カッサンドラが何を考え、何をしたかったのか。凛歌が知り得なかった部分となります。
12/22 最後の部分を補足しました。
暗い博物館の廊下を、小さな影が走っていく。
暗闇にぼんやりと浮かび上がる白い猫。その首にかけた紐には五つの赤い石の指輪が光っている。
とうとう手に入れた。
カッサンドラは笑いが込み上げるのを止められない。
間抜けな警備員も、最高機関が放った追手も、カッサンドラが生み出した目眩ましの方に気をとられて見当違いの方へ行ってしまった。
この姿も便利なものだと猫は嗤う。大抵の保安用の結界は人間を想定して作られている。猫だというだけで、問題なく通り抜けられてしまうことも多い。
このまま猫の姿でこの博物館から出れば、念願が叶う。
猫がふと足を止めた。
そこに展示されていたのは、カッサンドラのかつて着ていた舞台衣装。
深紅の生地に金の刺繍。大きく肩を開き、腰から下の生地はたっぷりと、それでいてすっきりとしたラインを描くようにデザインされている。
マネキンにはもったいないわね。
猫は、その衣装もまた盗んだ。
いや、本人は勝手に使われた自分の服を、返してもらったくらいの意識しかない。
猫は再び廊下を走り、博物館とそこに張られた結界を出る。
ここまで来てしまえば、あとは簡単だった。予め逃走用に用意しておいた、転移の魔法陣を起動させる。遠くから聞こえる追っ手達の喧騒を、猫は一度だけ振り返った。
「ごきげんよう」
そうして博物館からカッサンドラの姿は消えた。
時刻は丁度、陽の昇る少し前の時間帯だった。
転移先に選んだ歌劇場の屋上で、カッサンドラは戦利品を下ろす。赤い石の指輪が五つ。紅いドレスが一揃い。
白み始めた群青色の空の下で、それらはかつてと同じ輝きを取り戻して見えた。
カッサンドラは満足のため息をこぼすと、兼ねてから考案していた魔法陣を描く。
その複雑な魔法陣は、今の最高機関の魔法使いですら解読には時間がかかるだろう。相応の魔力を有し、起動させられる魔法使いとなると、いるかどうか……。
カッサンドラは一つ舌なめずりをする。
五つの指輪が彼女の魔力に呼応して浮かび上がり、猫を中心に描かれた魔法陣の要所で紅い光を放つ。
魔法陣が一際強く光ると、そこには、かつて処刑されたときと同じ姿を取り戻した赤い魔女の姿があった。
魔女はその白い肌に紅いドレスを身につけ、魔法で髪を結い上げる。ドレスと揃いの靴を履くと、装飾過多な帽子は邪魔だとばかりに放り投げた。
そうして自分の姿を確認すると、満足そうに微笑む。
異世界で猫として生まれ変わったことを自覚したカッサンドラは、何とかして人の姿をとれないかと考えた。それこそ何年もかけて作り上げた魔法陣がこれだった。
五つの指輪が必要なほど、複雑怪奇な魔法陣と大量の魔力が必要だったが、そのかいはあったらしい。
とはいえ、喜んでばかりもいられない。
カッサンドラには、やらなければならないことがまだ色々とある。
だが、それよりも何よりもまず、カッサンドラにはやりたいことがあった。
カッサンドラは屋上の縁に立ち、朝日を眺める。
一度目を閉じると、澄んだ空気を身体中に満たして……息を止めた。
ピンと張られた耳が僅かに震える。そして何を思ったのか、そのまま息を吐き出した。先程までの機嫌の良さが嘘のようにイライラとつま先で地面を叩く。
何度か同じことを繰り返したが、諦めたようにため息をつくと、自らの眷属である凛歌を呼び出した。
カッサンドラには、凛歌が飛び起きたことも、慌てて身支度をしていることも伝わってきている。
凛歌を待つ間にも、カッサンドラは何度か大きく息を吸い、また吐いて。
思い通りにならない苛立ちに、カッサンドラは、八つ当たりのように凛歌を急がせる。
そうしているうちにも空は少しずつ明るくなっていく。太陽の光がカッサンドラの少し青白い頬を、薔薇色に照らした。
凛歌とシルヴィオがものすごい勢いでカッサンドラの後ろに墜落……もとい着陸した。
派手な音に、カッサンドラが少し顔をしかめて耳を背けた。もう少し優雅に振る舞えないのかしらと、自分が急かしたことは棚に上げて呟く。
カッサンドラはわざわざ振り向かずに待っていたというのに、呼ばれて振り向いた時、髪も服も乱れたままの凛歌に思わず小言を漏らす。
「あら、なあに?そんなにボロボロの格好で、はしたない」
凛歌はちょっと不満そうにしながらも、簡単に服やら髪やらを整えると、カッサンドラを睨んで言った。
「あなたこそ、その格好は何?」
「私が気に入ってた舞台衣裳よ。博物館のマネキンには勿体なかったから着てあげたの」
すると凛歌は少し言葉を選ぶように沈黙し、猫の姿はどうしたのかと訊いた。
「ああ、そんなこと。あの姿は私には相応しくなかったから、変えたのよ」
堂々と嘯くカッサンドラに、凛歌は何か納得していないような、残念そうな顔をする。
「……ヒトの姿になる為に、指輪を集めたの?」
「さあ?その為かもしれないし、何か他の目的があるのかもしれない。悩ましいわね?」
凛歌は意外に聡い。本当の理由など、知られたくないし、知らない方が良い。
そう思ったカッサンドラは、内心を見事に隠して煙に巻いた。
凛歌もまだ若いとはいえ、こういうことも覚えないと。これから先、悪い男に付けこまれるのではないかと、実はカッサンドラは本気で心配している。
少し険しい顔で黙ったまま二人を見守るシルヴィオに、カッサンドラはくっと耳を向けた。
彼もこの街の男だ。きちんとあしらい方というものを凛歌も覚えないといけない。そんなことをカッサンドラが考えていると、凛歌が鞄から指輪を取り出した。
「これが、サヴィーノの指輪よ」
カッサンドラは思わず息を飲む。彼女はその指輪から、確かに懐かしい魔力を感じとることができた。
間違いなく、サヴィーノの指輪だ。
本当は、カッサンドラもまさか手に入るとは思っていなかった。それでもそう命じたのは、サヴィーノの死の前後を知りたかったからだ。本当に病死なのか、それとも最高機関が魔法陣だけでは飽きたらず、彼にまで手を出したのか、きちんと事実を知りたかった。
まさか義妹の子が受け継いでいてくれているとは……彼女にとっては嬉しい誤算だった。
指輪を受け取ろうとカッサンドラが手を伸ばす。鼓動が早まっていることを、自覚していた。
カッサンドラの手が触れる直前、凛歌の手が指輪の入った箱を握り込む。
「お願い約束して。この指輪を受け継いできたヒトたちに会ってあげて」
そのあとに続いた凛歌の言葉は、カッサンドラにとってまさに寝耳に水だった。
「あなたとサヴィーノの子孫なのよ。三百年も、あなたを待っていたの」
声を上げなかったのは、偏にカッサンドラの高い高いプライドの成せる業だった。
ではあの娘は、最高機関にも見つからず無事に……?
カッサンドラは信じられない想いで凛歌を見詰めた。
実は、指輪があるとわかったあの時、カッサンドラは早々に凛歌と意識の接続を切っていたのだ。あの時は自分の指輪を探す最中、あまり長時間は強く接続を保っていられる状況ではなかった。
それでも……と今さら後悔しても遅過ぎる。人の話は最後まで聴くよう、サヴィーノに諌められたことを思い出して、カッサンドラは顔をしかめた。
それと同時にカッサンドラの胸に沸き上がったのは、震えるような喜びと、それよりも大きな惨めさだった。
必ず帰ると約束して、戻ってきてみれば三百年後。何もかもがあまりにも遅すぎる。
「もういいわ」
「っ、そんな!」
そんな、なんだというのだろうか。凛歌は時にカッサンドラを酷く苛立たせる。
本当に凛歌はカッサンドラの思い通りにならない。
思い返せば、下手な歌を自分の前で歌い、梃子でも眷属になろうとしない。自分よりも歌が上手くなって見せると言い。その挙げ句に、自分も思いもよらなかった真実を暴いてみせる。その全てが、カッサンドラにとって苛立たしかった。
「その子孫とやらに会って、私にどうしろと言うの?私が祖先よと手をとって、涙でも流せば満足かしら?とんだ茶番だわ!」
珍しく感情のままに指輪を叩き落とすと、その場から逃げるようにカッサンドラは背を向けた。
それを呼び止めたのは、シルヴィオだった。
「受け取ってください」
静かな怒りの滲む声。
カッサンドラは、この男が苦手だった。
言い様がどこかサヴィーノに似ている。
「あなたがリンカを眷属にしてまで、手にしたかった指輪でしょう。受け取るべきです」
カッサンドラがその手から指輪を乱暴にとる。
その時だった。頭の中に懐かしい声が響く。
『―――サンディ。』
懐かしい自分を呼ぶ声に、カッサンドラは動きを止めた。
カッサンドラにとって、ここに戻ればまた聞けるはずだった声。思い返しては、もう一度聞きたいと思っていた……。
―――サヴィーノの声。
『君は今きっと、怒ってるだろうね。何しろ最高機関のやつら、僕の命も君の魔法陣もとっていく気満々だから。でもこれで、まんまとあいつらは僕らに娘がいるだなんて気付かないまま……可笑しいだろ?』
サヴィーノは自分の命を隠れ蓑にして、最高機関まで騙しきった。この街に戻らなかったのも、全ては彼等を欺くため……。
そうしたサヴィーノの立ち回りの巧さには、カッサンドラさえ舌をまいていた。
『君を待つという約束は守れない代わりに、一番大切な約束は守るから、そんなに怒らないで、許してくれないかな。愛しているよサンディ。どうか幸せに』
相変わらず、自分勝手でひどい男。
カッサンドラは泣き叫びたかった。
許すだなんてとんでもない。許せるはずがなかった。勝手に自分の命をかけたサヴィーノも、サヴィーノを殺した最高機関も、すぐに帰るという約束を守れなかった自分すら。
懸命に涙が溢れそうになるのを堪えるカッサンドラの頭の中に、暢気なサヴィーノの声が響く。
『ああ……もう一度、君の歌が聴きたいなあ』
それきり、サヴィーノの声は途絶えた。
最低だわ。
サヴィーノの声を振り払うように、カッサンドラは大きく首を振った。涙が引っ込み、代わりにむくむくと言いようのない怒りがこみ上げてくる。
あの頃、お互いの魔力だけが再生可能な録音の魔法陣を考えたのは、カッサンドラだった。それをサヴィーノがこの指輪に仕込んでいたのだ。
そして、気付いた。自分の魔力を注いだ目の前の女の存在を。
今のをもし聞いていたとしたら……許せない。
一歩、カッサンドラが凛歌に近づく。
凛歌は自分がなぜ睨まれているのか、全くわかっていなかった。カッサンドラに何が起こったのかも理解していない。
カッサンドラは内心安堵して、同時に後悔する。
自分よりも歌が上手くなるまで帰らないなどとバカなことを言うこの子に、しばらくこの世界で暮らす選択肢をと思って多めに魔力を注いだけれど、浅はかだったかもしれない。
たった一日で凛歌は、カッサンドラの予想を大きく超えて知ってしまった。
「止まりなさい!」
威圧的な魔力がカッサンドラから溢れだし、凛歌とシルヴィオの足が止まる。
震えて立ち尽くす凛歌に、カッサンドラが五つの指輪を向ける。
「橋本凛歌。この程度の命令で手こずるような役立たず。こちらから契約を破棄してあげるわ」
そう冷たく言い放ち、カッサンドラは凛歌を眷属から解除する。
こうでも言わないと、この強情な子はこの世界のことを断ち切れない。そう考えての発言だった。
もう少しこっちで歌の勉強をさせれば、この子の歌もマシになっていただろうに。ついそれが惜しいと思ってしまった自分に、カッサンドラは首を振る。
もともと今日中に凛歌をあの世界に帰すつもりだった。これから起こすことに、巻き込むつもりは毛頭ない。
「待ってください、何を……!」
シルヴィオが叫ぶが、それで止まるカッサンドラではなかった。
「もうあなたは用済みよ」
そうカッサンドラが言うと、動けない凛歌の瞳から涙が溢れ落ちた。
何を泣くことがあるのだろう。
カッサンドラは、思いの外に動揺してしまった自分に戸惑う。
いいから帰って、あの世界で歌の勉強をしなさいよ。馬鹿ね。
言い訳のようにそう心の中で呟くと、最後の最後にそっと付け加えた。
「……帰りなさい」
凛歌が魔法陣に包まれて消える。同時に魔法陣も消えた。
「彼女をどこへやったんですか!?」
「元の世界に帰しただけよ」
怒りに震えるシルヴィオに、カッサンドラはそうとだけ返す。
指輪を使って簡易的に描いた魔法陣だ。使えるのは一度きり。シルヴィオの魔力で起動できる代物でもないが、万一にでも最高機関に追手をかけられないようにとの、カッサンドラの配慮だった。
「彼女は、まだ帰らないと言っていたはずです」
自分の無力と抑えきれない憤りに、シルヴィオは拳をきつく握りしめる。
「……彼女は、本気だったんです」
「知っているわ。だからといって魔力もない。聴力も低いあの子が、この世界でどれだけ苦労するかわからないのかしら?」
カッサンドラの言葉に、シルヴィオも黙るしかない。
悔しそうに唇を噛むシルヴィオの中に、凛歌への恋情も見え隠れしていることにカッサンドラは気付いていた。
「凛歌に手を出したりしていないでしょうね?」
「……出していません」
その答えに、一瞬の間。
危なかったわね。
早めに返して正解だったと、カッサンドラは内心ため息をつく。
これだからこの街の男は油断ならない。サヴィーノも……。
カッサンドラは目を閉じて自らの思考を断った。
既に陽は完全に昇っている。
これ以上ここにとどまれば、誰かに見つかる恐れがある。カッサンドラには、まだやることが残っていた。
サヴィーノの指輪を握りしめ、カッサンドラが踵を返す。
「待ってください!……これから、どうするつもりですか?」
さあ?と笑って答えない魔女に、シルヴィオが思い切って鎌をかける。
「三百年前を越える混乱……そう言っていましたね」
「それを訊いてどうするのかしら。坊やに何かできるとも思えないけれど」
そう、仕掛けはもうカッサンドラの手で各地に施してある。今さらシルヴィオが何をしたところで、阻止することなど不可能だ。
赤い魔女は、シルヴィオにいつも通り嗤って見せる。だが、背を向けたその顔は厳しい。
カッサンドラは人体転移の魔法陣を起動させ、首都へと向かった。
空の色が青から赤へと染まり始める時刻。
とある建物の屋上に、カッサンドラはひっそりと立っていた。
最高機関の魔法使いも、兵も、カッサンドラを血眼になって探しているだろう。
先程もカッサンドラのいる屋上のすぐ下の道を、兵士が走っていった。
とはいえ、視覚よりも聴覚を頼りにするこの世界では、あの轟音が邪魔をしてそうそう見つけることはできない。
カッサンドラは空を見上げた。
陽光を時折反射させて、きらりと光る白い大きな翼。
カッサンドラが猫としてあの世界に生まれ変わって数年。
あれが、飛行機と呼ばれるものだとカッサンドラは知っていた。
だが、数百もの人間がその中に乗っているとは知らなかった。
ましてや、その機体には大量の可燃性の液体が詰め込まれていることなど思いもよらなかった。
ただ、混乱を引き起こすのに丁度良いと思っただけ。
揃えた五つの指輪を存分に使わなければできない、大がかりな魔法だったが、効果は予想以上だった。
耳を塞ぎたくなるような轟音に、人々はパニックを起こして、右往左往している。
既にカッサンドラが指輪を盗み出したという噂は、首都を始めとした指輪を管理していた街に広がっている。国は隠そうとしているようだが、押さえきれるものではなく、中途半端な情報は却って噂に大層な尾ひれをつけていた。
さらに最高機関の魔法使いがいる五つの主要都市、全てで混乱を起こしている。カッサンドラの望み通り、最高機関の魔法使いたちの面目は丸潰れ。このままカッサンドラが捕まらないとなれば、信用は失墜するだろう。組織が一旦解体までいけば、いい気味だとカッサンドラは思っていた。
ここが五つ目、最後の主要都市だ。あとは自分が消えるだけ。欲をいえば、最高機関がどうなるか見届けたかったが……下手に残ってまた捕まり、もう一度処刑されてもつまらない。
カッサンドラは街に目を向ける。
縦横に自転車のレーンが走り、家々には屋根がなく、屋上にはテーブルや椅子、植物が置かれ、憩いの場が作られている。
ここはカッサンドラが生まれ育った故郷のはずだが、懐かしいとは程遠い。見知らぬ街になってしまっていた。
知り合いの一人もいない。思い出の場所も残っていない。
あの頃と変わらないのは、歌劇場と役所くらいのものか。どちらも、カッサンドラにはいっそ変わっていてほしかった場所だった。
カッサンドラの唇から、ため息が落ちる。
赤い陽に照らされていてもその顔色は青い。
当然だ。昨日から満足に食事も睡眠もとらずに立ち回っている。その上、大規模な魔法を五回も使えば、今立っている方が不思議なくらいだ。
昨日の凛歌やシルヴィオとのランチは、カッサンドラにとって久しぶりに、本当に久しぶりに穏やかな食事の時間だった。
その凛歌も無事にもとの世界に返した。シルヴィオには、この街から出るように忠告はした。子孫とやらには……今さら、会わない方がいいだろう。
カッサンドラは首にかけた紐に通した、サヴィーノの指輪をとりだす。
自分の手に残ったのは、これだけ。
『ああ、もう一度君の歌が聞きたいなあ』
お生憎様。あなたのために歌ってなんてあげないわ。
カッサンドラは心の中でごちる。そもそも歌など歌えば、ここはあっという間に囲まれて、捕まってしまうだろう。
陽が落ちた。
そろそろ頃合いか。
カッサンドラは飛行機の方へと手を伸ばす。あれを役所へと突っ込ませれば終わりだ。
その時だった。遠く、聞き覚えのある歌が聞こえたのは。
まさか、そんな馬鹿な。
生まれて初めて、カッサンドラは自分の耳を疑った。
けれど、この曲。この声。間違いない。
凛歌の歌だった。
なぜ戻ってきたの!?
どこまでも思い通りにならない子!
カッサンドラは心の中で盛大に毒づいた。
だがすぐに、焼け付くような苛立ちが沸き上がる。その歌に注文をつけたくなる。
夕焼けを歌った素朴な歌詞なのに、どうしてそんなに必死さが滲むような歌い方をするのか。前より下手になったんじゃないの。ああ、声も少し掠れてるし。そんなに何かを訴えかけるようなメッセージ性の強い曲じゃ……。
いくつもの指摘が浮かぶ中で、カッサンドラは、ふと気付いた。
まさか、自分を探している?
カッサンドラは急いで記憶を探った。
昨日は凛歌は役所にいっていたはずだ。その時、音声登録をしただろうか?
していたら、確実に目をつけられている。兵でも最高機関でも、捕まればサヴィーノの二の舞になりかねなかった。
すぐに止めなければと思っても、方向はわかるが居場所までは轟音が邪魔をして、カッサンドラにもつかめない。人体転移を行うには、正確な位置情報が必要だった。
自転車なら行けるのだろうが、あいにく必要ないと思って持っていない。
歌が終わる。
だが、行かなければまた歌いだすかもしれない。
カッサンドラは決心した。魔力を使えば見つかる可能性が高いが、やるしかない。
目のいいあの子なら気付くだろう。
カッサンドラは自らの指輪に僅かな魔力を込めて、宙に浮かべた。
本編も更新しました。




