71.月姫 大江山ワンダーランド⑦
朝食を終えると多少身ぎれいな服を着た。新品の服だ。ワンピースとカーディガン。
「刑事さんそろそろ来るかな?」
「午後には来るって言ってたからもう少し掛かると思うよ」
泉さんから入ったLINEには「13時前後に着きます」と書いてあった。多少は準備する時間を用意してくれたらしい。
「そっか……。出来れば早めに済ませたかったんだけどしゃーないね」
姉はやれやれといった感じで首を横に振る。彼女は多忙なのだ。本心言えば、さっさと東京に戻りたいのだろう。
「ごめんね。お姉忙しいのに……」
「いやいや、構わないよ。ま、せっかくだし少し散歩してくるわ。あんたも来る?」
私は時計に目をやる。時刻はまだ10時前。
「そうだね……。じゃあ行こうか」
姉と一緒に散歩なんて何年ぶりだろう? もしかしたら高校以来していないかもしれない。
それから私たちは近所の高台に出かけた。田舎なので特に行く場所もないけれど、姉はあの場所が好きなのだ。
「小さい頃はあそこでよく遊んだよね」
「そうだったね。茉奈美たちと一緒によく鬼ごっこしたよね」
「そうそう! 毎回麗奈に追い回されてさー。あいつ昔っからバカだったよね」
バカ呼ばわり。でもこれは姉の愛情表現なのだと思う。
高台へ向かう道には紫陽花がたくさん咲いていた。6月の季節を象徴する花だ。
「あ、カタツムリ」
「ほんとだ」
紫陽花にカタツムリ。まさに6月といった感じがする。姉はそのカタツムリを懐かしそうな顔で眺めていた。思い返せば姉は虫取りが好きだった気がする。まぁ、私は苦手だったけれど。
「ルナさぁ。例の弟? もしアレだったら私が引き取るよ?」
高台に着くと姉は神妙な顔でそう言った。
「うーん。でもお姉忙しいんでしょ?」
「そりゃそうだけどさ……。でもそれはあんたも変わらないじゃん?」
「それは……。そうだけど、でも都内でバンドしながら子育てって……」
「そうね……。でも何かは選ばなきゃいけないじゃん? あんたか私が引き取るか、どっかの施設に引き取ってもらう意外に手なんてないんだよ?」
姉の言うとおり、どこかで手を打たなければいけないだろう。正直、どうするのが正解なのかは分からないけれど。
「じゃあさ! 恨みっこなしの方法で決めようよ!」
姉はそう言うとポケットから100円玉を取り出した。
「まさか……」
「そう! そのまさかだよ」
姉はニッと笑う。
「はぁ……。こんな大事なことを運任せで決めるとか……」
「大事なことだからだよ。運に任せればそれがその子の運命だってはっきりするしさ」
運か……。口には出さなかったけれどそう呟く。
「じゃあ掛けようか。お姉はどっちに掛けるの?」
私が姉に聞くと姉は「当然ウラだよね」と返した……。
高台の草は完全に伸びきっていた。来月にはここに入れないくらいに背が高くなるかもしれない。遠くにショウリョウバッタが飛ぶ姿が見える。
「じゃあ恨みっこなしね!」
姉はそう言うとコインを天高くトスした――。




