45.聖子 鬼に金属バッド
「俺んち来いよ」
「へ? なんで?」
「いやいや、このDVD見っから!」
伊瀬君は私を手招きするとそのままスタスタと歩き始めた。
身長差のせいで私は小走りになる。
道端には蝉の死骸が転がっていた。
いや、死骸ではない。ほんの少しだけ足が動いている。
ただその姿はこれから迎える死をゆっくりと待っているだけにも見えた。
八日目の蝉には未来はない。
「それで? そのDVD何なの?」
私は語尾を強めて彼に尋ねた。
「ああ、設楽さんの映ってる最後の映像だよ。あの学習塾は防犯のために映像残してんだ」
「ふーん……。でもそれって警察も調べたんじゃないの?」
私は思った疑問を素直に出した。
「いや……。親父の話だと学習塾の映像は証拠として上がんなかったらしい……」
いったいどういうことだろう?
被害者の最期を映した映像を完全スルーするなんてことがあるだろうか?
私が考えていると伊瀬君は話を続けた。
「おそらく、警察にとって都合の悪いものが映ってんだと思う。それが何なのかは分かんねーけどな。だから今からそれを確認すんだよ!」
無計画な男だと思っていたけれど、どうやらやることはやるらしい。
「へー、すごいじゃん! 捜査とかいって適当かと思ったけど以外とちゃんとしてたんだね」
「もしかして馬鹿にしてんのか?」
彼は少しムッとした顔になった。
「いやいや……。どっちかっていうと褒めたんだよ」
「腑に落ちねーなー。まぁいいよ。とにかく俺んちでDVD見るぞ」
自尊心が高いのか彼は私の口調が気に入らないらしい。
実に面倒くさい男だ――。
伊瀬君の家はごく普通な文化住宅だった。
ドラえもんに出てくるのび太君の家を彷彿とさせる外観だ。
「上がれよ」
「お邪魔しまーす」
玄関には苔の生えた水草に金魚が泳いでいる。
おまけに木彫りの熊の置物や大きな将棋の駒の置物まで置いてあった。
お世辞にもセンスの良い玄関ではない。
「おかえりなさい。あら? お友達?」
奥から30代後半ぐらいの女性が顔を覗かせる。
「ああ、今から一緒に勉強すっからさ」
「あっそ」
彼女は素っ気ない口ぶりで伊瀬君に返した。
「お邪魔します」
「はーい! 不束な甥だけど仲良くしてあげてね!」
甥? どうやら母親ではないらしい。
「行くぞ」
伊瀬君は彼女から逃げるように二階に駆け上がった。
彼の部屋は二階の突き当たりにあった。
「まぁ入れよ」
私は恐る恐る彼の部屋に入る。彼の部屋はいかにも男子高校生らしい内装をしていた。
壁にはサッカーチームのポスターが貼られ、正面にあるブラウン管テレビにプレイステーション2が無造作に繋がれている。
「ゲームとかやるんだ」
「ん? ああ、ウイイレとかな。それよかDVD見るぞ!」
彼はプレイステーション2の電源を入れると、学習塾で貰ってきたDVDを挿入した。
「そういえば、さっきの女の人だけど……」
私が言いよどむと彼は「あの人は親父の妹だよ!」と喰い気味に言った。
「そ……。そうなんだ」
「ああ、あの人は俺の実質的な育ての親なんだよ。母親が忙しくてな」
何やら家庭の事情があるらしい。
でも私はそれ以上その件にツッコまなかった。おそらく彼もツッコまれたくはないだろう……。
DVDの読み込みが終わったのか、ブラウン管に映像が映し出された。
画素が荒く、あくまで連続的に録画することだけを想定したような映像だ。
私たちは食い入るように画面を見る。
教室内で授業を受ける生徒たちの映像が延々と映されている。
画面の中の蓮子は制服姿で、黙々とホワイトボードの内容をノートに書いている。
「普通だね」
「ああ、普通だな」
その映像は本当にごく一般的な学習塾の授業風景だった。
生徒たちは真剣に講義を聴いて、問題を解いている。
そんなありふれた授業風景が延々と流れていた。正直、退屈だ。
「特に変わったところはないね……」
私はそう口にしたが、彼は黙ってその映像を観察していた。
もしかしたら私の声も届いていないのかもしれない。
30分ほどすると授業は終わった。生徒たちはバッグにテキストをしまい始める。
蓮子は……。同じように帰り支度を始めていた。
「あーあ、やっぱり何もなしか……。ねぇ? 何もなかったから警察も調べなかったんじゃないの?」
「ちょっと黙ってろ! まだ終わってねーから」
どうやら癇にさわったらしい。
「お?」
伊瀬君は声を上げると再生をストップした。
画面には蓮子と親しげに話す男子高校生が映っている。
「泉さんさー。この人知ってる?」
「いんや。知んないね。蓮子の彼氏……。ではないと思うよ」
その男は荒い画面越しに見ても長身で綺麗な顔立ちをしていた。
伊瀬君とは対照的な風貌で、爽やか系なイケメンのようだ。
伊瀬君は少し巻き戻すと再生ボタンを押した。
授業が終わるとすぐにその男は蓮子に歩み寄っていた。蓮子の表情もどことなく嬉しそうだ。
それから彼らは一緒に塾から出て行く。
「こいつ誰だろうな……」
「さぁ……。私も知んないよ! つーか蓮子彼氏とか居なかったしさー」
「ちょっと素性調べてみるか?」
そう話す彼の顔は笑っていた。
その笑顔はとても魅力的に見えた。
結局私は、伊瀬君に流されるようにその男子の素性を調べることになった。
そしてこれが……。蓮子の死の真相の入り口だったのだ。




