39.聖子 背に腹は代えられる
それから私たちはその墓地で密会するようになった。
示し合わせた訳では無いが、私と伊瀬君は同じ時間に彼女の墓で毎日顔を合わせるようになったのだ。
ある意味その行為はあまりにも非道的な気がした。
死者が眠るその墓標の前で私たちは蓮子について飽きる事なく話し続けた。
「ぜってー犯人とっ捕まえてやる!」
「……。無理じゃね? てか犯人がいっかもわかんないのに」
「いや、絶対居るって! だからこの前も言ったけど……」
気が付くと伊瀬君は私にため口を利くようになっていた。
最初はその事にツッコもうかと思ったけれど、結局何も言わなかった。
不思議と彼が年下だという感覚が無かったのかもしれない。
「わかったわかった……。でもさ、仮に犯人居たとしてどうやって捕まえるのさ?」
「それは……。やっぱ地道に足で稼ぐしか無いと思う! 設楽先輩に付きまとってたストーカーとかその線で当たれば結構情報集まると思う!」
「あーね……」
蓮子の死が仮に殺人だとしたら動機は何だろうか?
幼馴染みの私から見ても彼女が恨みから殺される可能性はゼロに近いと思う。
だとすれば、伊瀬君の言うとおりストーカー絡みの可能性は高い気がする。
「でもさ? 通り魔とか無差別犯の可能性も否定出来なくね? 犯人が無差別に人間襲ってそれで犬吠に死体を捨てたのかもしんないしさ」
私の意見に伊瀬君は頭をボリボリ掻きながら何やら考え始めた。
「可能性はあっけど、違うと思う……。設楽さんの死体見たか?」
私は首を横に振った。
実は彼女の死体の状態はあまりに酷く、私も彼女の死に顔を見ることはなかった。
「実は絞殺されたっぽいんだ。具体的には説明出来ないけれど、通り魔に殺されたような締め方じゃなかったらしいぞ?」
絞殺……?
その響きを聞いたとき私は胸に冷たい何かがこみ上げてきた。
同時に顔を持たない男が蓮子の首を絞めているイメージが脳裏に浮かんだ。
「は? だって事件性ないって蓮子の親から聞いたけど?」
「公ではそうだろうけど本当は首に絞殺跡があったらしいぞ? 写真見た訳じゃ無いけれど、親父が言ってたから間違いないと思う」
伊瀬君の話は私の脳天をぶち抜いた。
彼の話が本当だとすると蓮子は首を絞められた後、海に捨てられた事になる。
「あのさ……。じゃあなんで警察はちゃんと調べなかったの? 殺人事件ならちゃんと調べんのが普通じゃん?」
「詳しくは俺にもわかんねーけど、親父の口ぶりだと上から圧力が掛かったらしい」
「圧力?」
伊瀬君は首を振って私の質問には答えなかった。
正確には答えられなかったのだろうと思う。
「とにかく俺は設楽さんを殺した奴を捕まえるつもりだよ。で、警察に突き出してやる!」
伊瀬君は私怨とはいえ正義感が強かった。
彼は蓮子といったいどんな関係だったのだろうか?
そんな疑問を思いながらも私は必要以上に彼に質問はしなかった。
しつこく聞けば教えてくれるかもしれないけれど、そこまでして聞きたくはなかった。
もし、話したくなれば勝手に話すだろう……。
最初の頃は墓場で世間話をする程度だった私たちだったけれど、気が付くと一緒に蓮子の事を調べるようになっていた。
蓮子の通っていた予備校やアルバイト先にも顔を出したし、彼女の身辺を改めて調べた。
意外な事に蓮子の評価は人によって違っていた。
ある人は思いやりがあって優しい子と答え、またある人は口数が少なく何を考えているのかわからない子と答えた。
捜査をしていると蓮子の人物像が歪むような気がした。
幼馴染みで何もかも知っていると思っていたのに、彼女には私の知らない顔が沢山あるようだ。
「しっかし、設楽さんけっこう交友関係広いのな? ま、恨みを買う要素は無いみたいだけど……」
「伊瀬君さぁ、なんか蓮子って不思議だね……。私あの子の事、昔っから知ってたけど、色んな人の話聞いてるとみんなあの子に対する印象がバラバラなんだよね……」
「そりょそうだろ? 人間なんてみんな多かれ少なかれ人に寄って態度変えるもんだよ。大まかな印象は一緒だろうけど、好きな相手と嫌いな相手じゃ態度違うのは当然じゃねーか?」
伊瀬君は何かしら達観したような口ぶりでそう言った。
「なんかさ……。変なこと言うんだけど、私が付き合ってきた蓮子が偽物のような気がしちゃうんだよね……」
「いや、違うと思う。つーか、逆に全部本物だ」
「うん……」
彼の言いたい事は何となく分かった。
蓮子は別に私に対しても、それ以外の人間に対しても仮面を付けていた訳では無い。
もし人によって態度を変えることを否定してしまったら、世の中の大多数の人間の性格はみんな偽物になってしまう……。
「んな事よりだ! ちょっと行きたいところがあるんだけど?」
「どこ?」
伊瀬君は私の質問に答えずに着いてくるようにだけ言った。
一体どこへ行こうというのだろうか?




