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15.聖子 三つ子の魂、地獄まで

 被害者の遺体は救急車で搬送されていった。葛原みのりの魂はすでにこの世には居ないはずだけれど、それでも乗る車は救急車だ。

 現場に伊瀬さんが着くと私は発見当時の状況を簡単に説明した。

「……。死後5日は経過してるな……。ったく、この前来たときには既に死んでたってことか……」

「みたいです……。まだはっきりとは言い切れませんけど、おそらく自殺で間違いないでしょう。私が見つけたときも外傷あるようには見えませんでしたから……」

 伊瀬さんは「クソッ!」と言いながら被害者のアパートの外へと出た。

「あと……。被害者の子供と思われる男の子が1人衰弱状態で見つかりました。今、市内の病院で見て貰っているところです」

「そうか……。了解。鑑識終わるまで泉さんはここで待機しててくれ! 俺は一旦、署に戻るから!」

 伊瀬さんは機嫌が悪かった。

 現場まで来ていた勇作さんも気を使っている。

「了解しました! ではお気を付けて!」

「ああ、泉さんも気をつけてやれよ!」

 まるで伊瀬さんは殿様のようだ。

 彼が現場から署に戻ろうとすると他の刑事と鑑識がきちんとお見送りをする。

 いくら出世コースから外れたとしても彼はキャリアなのだ。

 腐っても鯛。不倫してもキャリア。

「聖子たんさー。ここは俺らに任せて見つかったガキんとこ行ってこーよ!」

 勇作さんは現場を調べながら私に話しかけてきた。

「えー! でも伊瀬さんには現場に居ろって言われてるんすけど?」

「いいから! アイツは現場のこと理解してるようであんまり分ってねーんだよ! 泉ちゃんが居たって今は何の役にも立たねーから」

 酷い言われようだ。でも勇作さんの言うことは間違いなく事実だ。

 鑑識が作業している時は刑事はその現場に立ち入ってはいけない。

 現場保持の観点から、現場に立ち入ると逆に怒られるくらいだ。

「そっすね……。したら病院行ってきます!」

「おう! もし伊瀬君から連絡来たら適当に誤魔化しといてやるから!」

 私は勇作さんにお礼を言うとそのまま被害者の子供(仮)の居る病院へと向かった……。


 搬送先は旭市内にある総合病院だ。最新式の設備があるような綺麗な病院ではなく、どちらかというと昔からある古くさい病院だった。

 私が病院の中に入ると、消毒液の匂いが鼻をついた。

「あのー、すいません……。銚子署の泉と申しますが……」

 私は窓口まで行って警察手帳を見せた。

 窓口に居た20代前半くらいの女性事務員は私の手帳を見ると中途半端に口を開いて数秒間黙る。

「あ、はい。お世話になっております。どういったご用件でしょうか?」

「えーと……。こちらに先ほど搬送された男の子がいたと思うのですが……」

「……。少々お待ちください……」

 事務員の何処かに電話を掛けると「はい……。銚子署の方です。そうですね……。ええ……」と何やら話し込んでいた。

 察するに彼女はどこかの短大か専門学校を卒業してまだそこまで時間が経っていないようだ。事務的にもなりきれず、かといって親身という訳でもない。あくまでお給料を貰うためだけにここで働いているという印象を受けた。

「泉様、お待たせいたしました……。今係の者が来ますのでお掛けになってお待ちください」

 私は彼女の礼を言うと、老人だらけの待合室で担当医が来るのを待った。

 待合では、どこが悪いのか分らないくらい元気な老人たちが楽しそうに世間話をしている。聞くとはなく聞いていると、ご近所の悪口に花が咲いているようだ。

 一昔前なら井戸端会議とう言葉で表現されたと思うけれど、今は待合室会議という言葉の方が合っている気がする。高齢者にとって病院は丁度良い社交場なのだろう。

「お待たせいたしました。内科の小室です」

 待合室でボーッとしていると担当医が私の所にやってきた。私と同世代くらいの男性医師で白衣ではなく、薄緑色のスクラブを着ている。

「どうも……。お忙しいところすいません。銚子署の泉と申します……」

「どうもどうも、先ほど搬送された男の子の件ですね?」

「そうです! 実は……」

 私は葛原みのりの件も含めて簡単に小室医師に説明した。

 さっきの事務員と違ってこの医師は若いけれど聡明なようだ。黙って私の話を聞いていたけれど、私が何を知りたいかをすぐに察してくれた。

「……という訳です……。その男の子はいまどんな感じですかね?」

「状況はよく分りました……。結論から申し上げますと命に別状はありません。栄養状況が悪かったので衰弱しておりますが、早ければ2、3日で元気になるでしょう」

「それを聞いて安心しました……」

「ええ、ただ……。もし彼から話を聞きたいなら難しいかもしれませんよ? ずっと譫言のように『ママ、ママ』と言うだけでそれ以外には何も言わない。こちらとしても彼のご家族が来てくれれば助かるのですが……」

 私の見た感じだとその男の子は3歳くらいだと思う。

 事情聴取するにはあまりにも幼すぎる。

 断片的に状況整理だけでもと思ったけれどそれは難しいと思う。

「ありがとうございます! では何かありましたら署までご連絡ください」

 私は小室医師に名刺を渡すと病院を後にした……。


 2日後、葛原みのりが間違えなく自殺であると断定された。外傷もなく、彼女自身の筆跡の短い遺書が見つかったのだ。

「あーあ、結局これで終わりみてーだなー」

「そうですね……。残念です」

 私と伊瀬さんは銚子署の喫煙所でタバコを吹かしながらそんな会話をしていた。

 彼女の遺書はあっさりとしていたけれど、そこには生活苦のこと、世間への恨み、息子への謝罪が文脈を無視したように書き殴られていた。

 あまり文系でない私でさえ酷いと思う内容の遺書で、彼女がどれだけ追い詰められていたのかを伺うことが出来た。

「あとよー。遺書とは別に京極大輔の手紙が見つかったんだ」

「へ? それは知りませんでした……」

「ああ、今初めて話したからな……。どうやら同棲していたのは確実なようだ。おそらく発見された男の子も被害者2人の子供だろうよ」

 京極大輔。ルナちゃんの父親……。

 詰まるところ、あの男の子はルナちゃんの腹違いの弟ということになるだろう。

「あの伊瀬さん……。被害者の息子はこれからどうなるんでしょうか……」

「んー……。微妙なところだなー。もし、遠縁でも親戚が居ればそこに預かって貰う形だとは思う……。でもお前も知っての通り被害者には身寄りが無いんだよなー」

 伊瀬さんは胸くそ悪そうだ。

「あの……。もし可能ならしばらくウチの実家でその子預かってもいいですか?」

「はぁ!? なんで泉さんが?」

「いえ……。だって仮にもルナちゃんの弟みたいだし……。施設送りじゃかわいそうな気がするんですよ……」

 伊瀬さんはそれを聞くと考え込むように黙り込んだ。

「ちゃんと面倒見ますから! 幸いなことにウチの実家なら面倒見れますし!」

「ちゃんと面倒見るって……。お前子供は犬猫じゃねーんだぞ?」

 伊瀬さんは呆れたようにそう言って、私に預かるのを思いとどまらせようとした。

「わかってます……。でもこのまま放ってはおけないんですよ!」

 私がそう言うと伊瀬さんは深いため息を吐いた。

「別に構わねーけど……。あんまり深入りすんのは止めといた方が良いと思うぞ?」

 伊瀬さんとしては私を心配してくれているようだった。

 それでも私は彼の言葉を今回を無視しようと思う。

 小室医師から連絡が来たのはそんな話をした翌日のことだった――。

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