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赤い悪魔と白い悪魔  作者: ぺんぎん


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7/7

帰り

朝、パーヴェルはいつもより遅く起きた。

前日の発砲で肩が痛むらしく、寝台から起き上がる時に顔をしかめた。それを見たステパンは何も言わず、納屋から麦袋を一つ持ってきて弟の前へ置いた。

「今日はこれだけ運べ」

「命令か?」

「肩を壊したら、明日は一つも運べん」

パーヴェルは袋を見下ろした。

「兄貴が優しいと気持ち悪いな」

「二つにするぞ」

「一つでいい」

ダーリヤが竈の前で鼻を鳴らした。

「二人とも朝からうるさい」

コーリャが笑い、アンナも意味は分からないまま一緒に笑った。

その声を聞きながら、ステパンは麦袋の口を結び直した。

こういう朝が続けばいいと思った。

そう思ったことを、誰にも言わなかった。

昼前、赤い兵が二人来た。

一人は、最初にパーヴェルへ小銃を渡した男だった。村の東で昨日見た騎兵の跡を追うという。

「昨日の三人か?」

ステパンが聞いた。

「たぶんな。森の向こうに別の足跡もある」

パーヴェルはすぐ立ち上がった。

ステパンはその動きを見て、腹の中が重くなるのを感じた。

「今日は行くな」

弟が振り返る。

「何で」

「肩が痛いんだろ」

「銃は持てる」

「麦は一袋しか持てないのに?」

「麦袋と銃を一緒にするなよ」

「重い物は重い」

兵の一人が口を挟んだ。

「今日は道だけじゃない。村の東を見て、騎兵がどっちへ抜けたか確認する。危ないと思ったら戻る」

ステパンは男を見た。

「危なくないなら、銃はいらんだろ」

兵は答えなかった。

パーヴェルが笑った。

「兄貴、その理屈だと俺は一生家から出られないぞ」

「出るなとは言ってない」

「言ってるのと同じだ」

「今日は行くなって言ってる」

「昨日撃ったから?」

ステパンは黙った。

パーヴェルの顔から笑いが少し消えた。

「兄貴」

「何だ」

「昨日、俺たちが撃たなかったら、あいつらがそのまま帰ったと思うか?」

「分からん」

「俺も分からない。でも、分からないから何もしないってのは、もう嫌なんだ」

ステパンは弟を見た。

何度目かの同じ話だった。

ただ、最初のころと違うのは、自分の肩にも銃の反動が残っていることだった。

昨日までなら「麦を運べ」と言えば終わった。

今は、自分も引き金を引いている。

「夕方までに戻れ」

それだけ言った。

パーヴェルの眉が少し上がった。

「止めないのか」

「遅れたら明日は二袋だ」

「肩が壊れる」

「知るか」

パーヴェルは笑った。

「じゃあ、帰るよ」

ダーリヤが包んだ黒パンを受け取り、肩へ小銃を掛ける。

アンナが戸口までついてきた。

「パーヴェル、どこ行くの?」

「ちょっと向こう」

「馬いる?」

「いるかもしれないな」

「うちの馬?」

パーヴェルは一瞬だけ困った顔をした。

「いたら連れて帰る」

ステパンが言った。

「見つけてから言え」

「四歳相手に細かいな、兄貴は」

「四歳だからだ」

パーヴェルは笑った。

「じゃあ、馬はいなくても俺は帰る」

「当たり前だ」

弟は赤い兵たちと道へ出た。

角を曲がるところで一度振り返り、手を上げた。

ステパンは返さなかった。

代わりに、見えなくなるまで立っていた。

午後、畑で仕事をしていると、東の方で銃声がした。

一発。

少し間を置いて二発。

その後、続けて何発か鳴った。

ステパンの手から鎌が止まった。

畑にいた全員が同じ方向を見る。

ミハイルも顔を上げた。

「東だな」

「ああ」

銃声は止んだ。

ステパンは鎌を置いた。

「行くのか」

ミハイルが聞いた。

「見に行く」

「どこへ」

「音の方だ」

「場所も分からんだろ」

「分からんから見る」

ミハイルが腕をつかんだ。

「お前一人で行って、白に会ったらどうする」

ステパンは振りほどこうとした。

「離せ」

「俺だって気になる」

「なら――」

「あいつがそこにいるって、誰が言った。いなかったら、お前は一人で撃ってる方へ飛び込むだけだ」

「離せ」

「待て」

ステパンはミハイルを睨んだ。

そのまま数秒、二人とも動かなかった。

やがてステパンが腕の力を抜いた。

「いつまでだ」

「日が傾くまで。戻らなかったら一緒に行く」

「長い」

「死ぬより短い」

ステパンは何も言わなかった。

畑仕事へ戻った。

戻ったつもりだった。

鎌を振るたび、遠くの道を見る。

麦を束ねては道を見る。

水を飲んでは道を見る。

何度見ても、パーヴェルはいなかった。

日が傾き始めたころ、村の入口で犬が吠えた。

ステパンは鎌を投げるように置いた。

道に荷車が見えた。

馬ではなく、人が押している。

赤い布。

二人。

パーヴェルの姿を探した。

いない。

荷車の上に誰かが横になっていた。

ステパンは走った。

近づくにつれて、見えなくてよかったものが一つずつ見えてきた。

黒い髪。

泥のついた靴。

見覚えのある上着。

肩から外された小銃。

「パーヴェル!」

弟は目を開けた。

生きていた。

それだけでステパンは一度安心した。

次に、腹へ巻かれた布が真っ赤なのを見た。

安心は一瞬で消えた。

「何があった」

赤い兵が答えようとした。

ステパンは聞かなかった。

「家へ運べ」

荷車の横へ回り、弟の肩へ腕を入れる。

パーヴェルが顔をしかめた。

「痛いか」

「少し」

「嘘つけ」

「じゃあ、かなり」

その声がいつものパーヴェルに近くて、ステパンはさらに怖くなった。

ダーリヤが家から飛び出してきた。

一度、荷車の上を見ただけで顔が変わる。

「中へ。寝台を空ける」

コーリャも戸口に出てきた。

ダーリヤが振り向かずに言った。

「コーリャ、アンナを連れてミハイルの家へ行って」

「なんで?」

「今すぐ」

声の強さで、コーリャは聞き返さなかった。

アンナの手を引き、走っていく。

ステパンと兵たちでパーヴェルを運んだ。

寝台へ横たえる。

ダーリヤは巻かれた布を切った。

傷は腹の右側にあった。

血は止まっていなかった。

「医者は?」

ステパンが聞いた。

兵の一人が首を振る。

「いない」

「町へ運べ」

「この状態で?」

「じゃあどうする」

誰も答えなかった。

ステパンは兵の胸ぐらをつかんだ。

「どうするって聞いてる」

「兄貴」

寝台から声がした。

ステパンは振り返った。

パーヴェルがこちらを見ている。

「離せよ」

ステパンは兵から手を放さなかった。

「こいつらが連れていった」

パーヴェルが息を吸った。

少し苦しそうだった。

「俺が行ったんだよ」

その一言で、ステパンの手から力が抜けた。

あの時と同じだった。

連れていかれたのではない。

パーヴェルが行った。

だから怒る相手が、急に一人減った。

兵が襟を直した。

「森の手前で白の騎兵とぶつかった。五、六騎だ。向こうが撃って、こっちも撃った」

「誰が撃った」

「分からない」

「見てなかったのか」

「撃ち合いだったんだ」

「誰の弾だ」

「分からないって言ってる」

ステパンは男を殴りそうになった。

ダーリヤが言った。

「外へ出て」

兵たちへ向けた言葉だった。

「でも」

「今ここにいて何ができるの」

二人は黙って外へ出た。

小銃だけが壁際に残った。

パーヴェルが持っていたものだった。

ダーリヤは傷へ新しい布を押し当てた。

「ステパン、ここ押さえて」

言われた場所へ両手を置く。

温かい血が布を通して掌へ染みてくる。

もっと強く押せば止まる気がした。

「これでいいか」

「そのまま」

「強すぎないか」

「そのまま」

ステパンは押した。

直せる物なら、力加減を変えればいい。

縄なら結び直せる。

柵なら板を替えられる。

鎌なら研げる。

馬の蹄なら見れば悪いところが分かる。

だが、手の下から出てくる血には、どこを直せばいいのか分からなかった。

「水」

パーヴェルが言った。

ダーリヤが布を濡らし、唇へ当てる。

少しだけ飲ませた。

パーヴェルが目を閉じた。

「寝るな」

ステパンが言った。

弟がうっすら目を開ける。

「寝てない」

「なら目を開けろ」

「兄貴、うるさいな」

「開けろ」

パーヴェルは言われた通りにした。

しばらく三人とも話さなかった。

外には村人が集まっているらしく、低い声が聞こえていた。

やがてパーヴェルが言った。

「兄貴」

「しゃべるな」

「帰ったぞ」

ステパンの手が止まりそうになった。

「遅い」

パーヴェルの口元が少し動いた。

笑ったのかもしれない。

「夕方だろ」

「もう日が落ちる」

「まだ落ちてない」

「屁理屈言うな」

「兄貴が言ったんだろ。夕方までに戻れって」

ステパンは返事ができなかった。

布の下から、また温かいものが滲んできた。

押さえる。

もっと強く。

これ以上力を入れたら弟を壊すのではないかと思うほど押した。

「パーヴェル」

返事がない。

「おい」

目は開いている。

だが、こちらを見ていなかった。

「パーヴェル」

ダーリヤがステパンの腕へ触れた。

「まだだ」

ステパンが言った。

何に対して言ったのか、自分でも分からなかった。

「布を替えろ」

ダーリヤは動かなかった。

「早く」

「ステパン」

「血が出てるだろ」

「ステパン」

「押さえれば止まる」

ダーリヤが夫の両手をつかんだ。

血で滑った。

「もういい」

「何がいいんだ」

「もういいの」

ステパンは弟の顔を見た。

さっきまで苦しそうだった眉間が、平らになっていた。

息をしているように見えた。

胸を見た。

動かない。

もう一度見る。

やはり動かない。

ステパンは手を離さなかった。

夜になってから、ミハイルが家へ入ってきた。

誰も呼んでいなかったが、来た。

パーヴェルの顔には白い布が掛けられていた。

ミハイルは戸口で止まり、長いこと何も言わなかった。

やがて壁際の小銃を見る。

「これ、あいつの?」

ステパンが答えた。

「借り物だ」

「そうか」

ミハイルは寝台の横へ座った。

いつものような余計なことを言わなかった。

その方がステパンにはつらかった。

「お前、屋根直す人間が減るって言ってたな」

ミハイルの顔が歪んだ。

「ああ」

「本当に減ったぞ」

「やめろ」

「お前が言ったんだろ」

「やめろって」

ミハイルが立ち上がった。

怒ったのかと思った。

違った。

泣いていた。

ステパンは初めて見た。

だから、もう何も言わなかった。

翌朝、赤い兵が一人戻ってきた。

昨日の若い男だった。

帽子を手に持っている。

「銃は、評議会へ返してくれ」

ステパンは壁際を見た。

「いつ」

「今日でいい」

「分かった」

兵は少し迷ってから言った。

「パーヴェルは、逃げなかった」

ステパンは男を見る。

「何から」

「撃たれた時も、仲間を置いていかなかった」

「それで?」

男が黙る。

「それで死んだのか」

「……そうだ」

「なら何の役に立つ」

兵は答えられなかった。

ステパンも答えを求めてはいなかった。

男が帰ったあと、ダーリヤが言った。

「銃、返すの」

「ああ」

ステパンは小銃を手に取った。

革の負い紐に黒く乾いた血がついていた。

誰の血かは分からない。

パーヴェルのものかもしれない。

別の誰かのものかもしれない。

ステパンは指で触れなかった。

弾薬袋も持ち上げた。

中身を机の上へ出す。

一発ずつ並べて数えた。

ダーリヤは何も言わず、それを見ていた。

返すだけなら、弾の数を確かめる必要はなかった。

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