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赤い悪魔と白い悪魔  作者: ぺんぎん


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1/7

麦


一九一九年八月中旬。

ロシア、タンボフ県。

モスクワからずっと南東へ下った、黒い土と麦畑ばかりの土地だった。

タンボフの町から遠くない農村地帯。

地図にもほとんど名前の出ないオルロフカ村に、ステパン・ルキンは住んでいた。

家は三十軒ほど。

教会が一つ。

共同井戸が二つ。

春になれば泥だらけになり、夏になれば道が埃で白くなる。

革命が起きたと言われても、ステパンにはよく分からなかった。

春になれば畑を起こす。

種を蒔く。

雨が降らなければ空を見る。

馬が病めば、自分で腹を撫でる。

秋になれば麦を刈る。

冬になれば、納屋の穀物があと何日もつか数える。

皇帝がいたころもそうだった。

皇帝がいなくなっても、そうだった。

だから革命というものは、モスクワやペトログラードに住んでいる人間がするものなのだと、ステパンは思っていた。

少なくとも、自分の畑に兵隊が来るまでは。

昼すぎだった。

畑の向こうから馬車が三台やってきた。

先頭の馬車には、赤い布が結びつけてある。

ステパンは鎌を止めた。

隣で麦を刈っていた弟のパーヴェルも顔を上げた。

「赤だ」

「見れば分かる」

「村の評議会に行くんじゃないか」

革命のあと、村にできた新しい評議会だった。

誰が土地を使うか。

誰が兵隊に行くか。

誰がどれだけ麦を国に渡すか。

最近は何でも、そこで決める。

ステパンはまた麦を刈り始めた。

「兄貴、見に行かないのか」

「行かん」

「国が変わってるんだぞ」

「俺が見に行ったら麦が増えるのか」

パーヴェルは笑った。

「地主の畑だって俺たちのものになった」

それを言われると、ステパンは黙った。

革命のおかげで、去年まで地主が持っていた土地の一部を村で分けた。

ステパンの畑も、以前より四ヘクタールほど広くなった。

それだけはありがたかった。

だが畑は畑だった。

誰の旗が立とうが、雨が降らなければ麦は枯れる。

ステパンにとって、それが世界で一番確かな法則だった。

夕方。

家に帰ると、庭に知らない男が二人いた。

一人は小銃を持っていた。

もう一人は帳面を持っていた。

妻のダーリヤが戸口に立っている。

八歳の息子コーリャがその後ろからこちらを見ていた。

四歳のアンナは母親のスカートを握っている。

ステパンは鎌を納屋の壁に立てかけた。

「何だ」

帳面の男が答えた。

「麦だ」

「麦がどうした」

「軍と町に送る」

「うちも食う」

「必要な分は残す」

「誰が必要な分を決める」

男は帳面を開いた。

「ルキン家。大人三人、子供二人。馬一頭。牛一頭」

ステパンの顔から表情が消えた。

「誰が教えた」

「村の評議会だ」

家の中からパーヴェルが出てきた。

「兄貴」

「お前か」

「違う」

「じゃあ誰だ」

「村中、調べてるんだよ」

帳面の男が納屋を指した。

「余っている麦は国に出してもらう」

ステパンは男を見た。

「余ってる?」

男は答えなかった。

二人は納屋へ入った。

麦袋を数えた。

種にする麦も数えた。

冬に食べる分も数えた。

牛に食わせる分まで見た。

最後に帳面の男が言った。

「十二プード(約二百キロ)だ」

「駄目だ」

「決まりだ」

「十二プード持っていかれたら、春に蒔く麦がなくなる」

「軍が食えなければ白軍に負ける」

「俺の子供が食えなければ?」

男は黙った。

ステパンは一歩近づいた。

「俺の子供が食えなければ、誰に勝ったことになる」

小銃を持った男が銃床を握り直した。

パーヴェルが小さく言った。

「兄貴」

ダーリヤも言った。

「ステパン」

彼は黙った。

十二プード。

冬を越す分、春に蒔く種、子供たちの食べる分、牛の餌。

頭の中で何度計算しても足りなかった。

「半分にしろ」

「駄目だ」

「百五十」

「二百だ」

「春になったらどうする」

帳面の男は答えた。

「そのころには戦争も終わっている」

ステパンは初めて笑った。

「誰がそう言った」

男は答えなかった。

その夜、麦が荷車に積まれた。

アンナが袋を一つずつ指さした。

「ひとつ」

「ふたつ」

「みっつ」

途中で分からなくなり、また最初から数えた。

荷車が出ていったあと、ダーリヤが言った。

「冬、どうするの」

ステパンは空になった納屋を見た。

「分からん」

結婚して九年。

ダーリヤが夫からその言葉を聞いたのは、初めてだった。

屋根が漏れれば直せた。

馬が病めば休ませた。

畑が乾けば雨を待った。

食料が減れば食事を減らした。

今度は違う。

相手は天気ではなかった。

人間だった。

そして数日後。

南の街道から、今度は騎兵がやってきた。

赤い布はなかった。

馬上の男たちは、白軍側のドン・コサック騎兵だった。

南ロシアのドン地方から来た騎馬兵たちだった。

一人が村へ入るなり言った。

「馬を出せ」

ステパンは黙って、自分の馬を見た。

麦の次は、馬だった。

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