第一章 八つの戦火
大陸バハムートは、静寂を知らない土地へと変わり果てていた。
かつて魔王クリムトが支配した時代があった。その終焉を告げたのは、フォーリア王家の誇り高き騎士たち——レイモンド卿とバルマー卿である。
二千年前。
世界はその戦いを「英雄譚」と呼び、未来永劫の平和が訪れると信じて疑わなかった。
しかし、それは幻想だった。
王都フォーリアは、一夜で滅びた。
崩れ落ちた城壁の上に立っていたのは、かつて英雄と呼ばれた男の亡骸であり、そして今はそれを超えた“存在”のアンデッド。
バルマー卿——妖刀「喰魂」に魂を吸われたまま、死を拒絶された騎士。
いや、もはや騎士ではない。
その身に纏う黒い鎧は、血と呪いで鍛え直されたもの。
兜の隙間から覗く眼光には、理性の光は一切なかった。
「……王都は、静かだ」
声は低く、湿った洞窟のように響いた。
崩れ落ちたフォーリアの旗が、その背後で風に揺れている。
「これでよい。世界は、再び沈黙する」
アンデッドの王、バルマーが最初の戦火を放った瞬間だった。
同時刻。
大陸北方の氷壁が、内側から砕け散った。
そこから現れたのは、山を歩く巨影。
巨人族——ガイラム。
かつてフォーリア王家と太古の戦争を繰り広げた存在。
巨人族は、ガイラムの指揮のもとドワーフどもを葬り去り、その地下王国を蹂躙した。
地面に足が触れるたび、大地が軋む。
「人間の城があると聞いた」
巨人はただそれだけを言った。
侵略でもなく、宣戦布告でもない。
そこにあるのは、ただ“存在する意思”。
その一歩が、都市を押し潰す。
さらに南の空では、翼が世界を裂いていた。
大龍ベルフレイム。
かつてクリムトと互いに焼き尽くし合った災厄の象徴。
空を赤く染めながら、龍は再び目を覚ました。
「……まだ燃えるか、この世界は」
炎が雲を蒸発させる。
その咆哮は、空そのものを引き裂いた。
そして、地下深く。
封印されていた魔導回廊が、静かに崩れた。
黒い魔力の渦の中から、男が立ち上がる。
魔王クリムト。
二千年の時を経てなお、世界を焼く存在。
「……また、始めるか」
それは復活ではない。
まるで最初からそこにいたかのような自然さだった。
混沌は止まらなかった。
砂漠の城塞都市では、各種の魔法陣を操る女魔法使いシェルファが、古代の魔法陣に契約を刻んでいた。
「この世界は均衡を知らない。ならば私が支配構造そのものを作る」
狂気にも似た理知が、その地に混沌を広げていく。
一方、深きエルフの森では、森を守るエルフたちを率いるエル=モア、エル=ウィンの兄弟たちが、静かに弓を手にしていた。
「この森は誰にも渡さない。たとえ世界すべてが敵になろうとも」
森の精霊たちはその呼びかけに応え、古き力を目覚めさせる。
その頃、戦場を求めて北へ駆ける影があった。
狂戦士バストラル。
斧を肩に担ぎ、笑いながら大地を裂く男。
「全部壊せば、平等だろうがよ!」
八つの勢力。
・アンデッド王バルマー
・巨人族ガイラム
・大龍ベルフレイム
・魔王クリムト
・魔女シェルファ
・狂戦士バストラル
・フォーリア王国(若き王ジーク)
・森の民エル=モア、エル=ウィン
そして、フォーリア王城の残骸。
若き王ジークは、瓦礫の玉座に剣を立てていた。
「……これが、平和の終わりか」
血に濡れた地図の上に、災厄の印が浮かぶ。
その背後で、森の使者エル=モアが静かに言った。
「終わりではありません。これは“選別”です」
「選別?」
「この大陸に残る価値のある未来を決める戦争です」
その瞬間、遠くで大地が裂けた。
最初の衝突。
アンデッド王バルマーと巨人ガイラムが、国境の平原でぶつかり合う。
光でも炎でもない。
ただ“存在の衝突”が、世界そのものを揺らした。
そして空では、ベルフレイムが笑った。
地下では、クリムトが目を細めた。
森では、シェルファが術式を完成させた。
戦場では、バストラルが吠えた。
八つの戦火が同時に燃え上がる。
誰も止めない。
誰も止められない。
そして誰もが思っていた。
——この戦争の終わりに、世界はまだ残っているのか、と。




