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黒の矜持  作者: 川端マレ
第一部 始まり編
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第九話 選び選ばれ

 ジークフリートは、ハインリヒから引き継いだ仕事を早々に片づけた後、自身の仕事に追われていた。

 軍区画の将官用の執務室で、粛清された貴族が提出していた過去の報告書に目を通している。


 エルデンシュトラは山岳地帯のため、農産物の収穫はさほど見込みがない。だがその分鉱山資源は豊富だ。

 とりわけ火薬の原料になる硝石鉱山は貴重で、軍にとっても重要項目。その管理報告の不備がないかチェックをしているのだ。


(鉱山での産出量と、報告と供出量にも問題はなさそうだな……)


 淡々と今回必要になる情報を取り入れている最中、ドアをノックする音が聞こる。

 ジークフリートは「はぁい」と、なんとも軍人らしからぬ柔らかな返事をする。

 ドアが開き、ハインリヒが姿を現すと、右手を額へ添え敬礼をした後、報告をし始める。


「少佐、対象の通訳者が引き受けました」

「ああ、そう」


 実に淡白な返答だが、ジークフリートにとって、通訳者が決まればその話は終わりなのだ。

 先に確認しなければいけない事へ思考を移していく、常に進み続けなければ何も成せない。

 

「先発部隊は、現地にそろそろ到着したかな?」

 

 出兵許可をアウグスト元帥から得た後、すぐに先発部隊だけは出兵させている。

 

「はい、最新の報告によりますと、先発部隊は明日の午前中には現地エルデンシュトラに到着します」

「先日粛清された貴族の屋敷については、現地兵から引継ぎ調査を行います」

「また、現地の治安維持に入るよう指令は済んでいます」


 ハインリヒからの報告を一通り聞き終わると、顎に手を当て逡巡したのち言葉に出す。

 

「現地の駐屯所の状況はどうなっているかな?」

 

 その言葉にハインリヒは手元の資料のページをめくり、回答する。

 

「詳しい情報は入っておりませんが、現地はかなり混乱しているようです」

「現在はエルデンシュトラ地域を管轄しているブロイアー大佐が、臨時的に治安維持に動いているようです」

 

 ジークフリートは、記憶の断片を探すようにこめかみに親指を添える。

 

「ブロイアー大佐ねぇ……」


 ──ブロイアー大佐は現場たたき上げの軍人で、中央との接点は少ない。

 規律に厳しいが部下からの信頼は厚く、判断力にも定評がある。


(実際接触してみないと、分からないな)

 

「分かったよ。ありがとう」そう言うと、ジークフリートは腕組みをし、一瞬考えた後、指示を飛ばす。

 

「現地の駐屯所の施設では、こちらの隊の収容が不十分の可能性があるから、貴族の屋敷をそのまま転用するよう伝えておいて」

「それと、屋敷にある物はいかなる物でも、持ち運ぶ者は死罪だと通達しておくように」

「あと、検問所は一時的な封鎖をしておいてほしい」

 

 そこまで指示を飛ばすと、手元にあった書類をひとまとめにし、トントンと紙束を整える。

 必要なことは済んだのだろう。


 ジークフリートはおもむろに頬杖をつき、ハインリヒを見ると、先ほどの通訳の件に触れる。

 

「通訳の説得に、あなたを行かせたのは正解だったようだね」ふふっと含んだ笑顔を向けてくる。

 

 ハインリヒは手紙を届けただけで、何もしていないような気がして居心地の悪さを感じる。

 

 そんなハインリヒの様子にはお構いなしに、ジークフリートは話を続ける。

 

「俺が行っていたら、彼女は軍に強制されたと思うだろうからね」


 ハインリヒはこれまでの内容で、自分の人柄と境遇を利用されたのだなと察する。

 

(ああ、そういう事か……)

(本当に少佐は……人を何だと思っているのだろう……)

 

 そう思うが、ジークフリートにとって、この利用も信頼の一部なのだと分かっている彼は、悪い気はしないのだ。

 

(……俺も随分、毒されているな)

 

 はあ、と意思表示をするようにため息をこぼす。

 

 ジークフリートは、そんなハインリヒの心の声と会話でもするかのように続けて話す。

 

「あなたは、人畜無害そうだからね。ははは」

 

 ハインリヒは、褒められているのか貶されているのか複雑な心境になるも(きっと褒められているんだな)と納得する……


 ジークフリートがいつもの微笑を浮かべたまま、ハインリヒに言葉をかける。

 

「あなたのお陰で、彼女に自分の意思で決断させる事ができたよ」

「助かったよ。ありがとう」

 

 ジークフリートの瞳にはいつもの冷たさの奥に、消えかける優しさが灯っていた。


 ──命令なのか自分の意思なのかは、切羽詰まった時にこそ差が出る。

 

 そして、今回ハインリヒに託した手紙の内容で、アンネリーゼが多角的な思考に及ばない人間性であれば、今回の通訳としては不適格だと適正テストを兼ねていたのだ。

 

 おそらく、タラモンの長老会であるナーヴァルとの会談で、ジークフリートの論理的な言葉では彼らの心は動かない。

 正確に通訳することは当然だが、通訳自身の心が入ることで受け取る側の印象は変わるもの。

 そうジークフリートは考えていたのだ。


 ジークフリートはふと窓に視線をうつし、沈む夕陽をながめる。

 その様子につられハインリヒも窓を無言で眺める──


 西日は長くその光を窓に届け、空には月がその姿をうっすらと浮かばせてくる。

 

 今はまだぼんやりとしたその輪郭が、徐々に姿を表す時、室内に伸びた影はその姿を消すだろう。

 灯す明かりがなければそのまま闇へと葬り、ただ静寂だけがその場を支配し忘れ去られる──

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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