番外編③
※本編に一切影響のない別軸のお話です。
多忙なジークフリートは珍しくこの日、社交場へ顔を出していた。
公爵家嫡子として、このような場に出るのは務めのひとつなのだろう。
黒い軍の礼装で現れた彼は、その立ち振る舞いと地位で、計らずも注目を集めるのだった。
西の領主の伯爵が、傍に令嬢を連れて、ジークフリートへ声をかける。
「これはこれは、アイゼンブルク公子」
ジークフリートは無害そうな笑みを浮かべ対応する。
「お初にお目にかかります。ナハトシュテルン伯爵」
(伯爵の治める地域では織物が盛んだったな……)
「こちらは娘のイゾルデです」
紹介されるとイゾルデは、品の良い所作でスカートの裾を摘み、優雅に一礼した。
ジークフリートは笑顔を返すと、娘イゾルデを観察する。
ドレスと接する箇所の不自然な肌の荒れ、更に、それを隠そうとした化粧の跡に目をやる。
そのまま、着ている青いドレスを凝視する。
その意味をどう捉えたのか、伯爵は「後はふたりで」とにこやかにその場を去る。
ジークフリートは、人好きのする笑顔でイゾルデに話しかける。
「その青いドレス。あなたの地域で染められ、作られたドレスかな?」
香水の奥にまぎれる金属の香りに、短くすんと鼻を鳴らす。
(青いドレスか……)
ふと脳裏に西の領内で最近流行っている皮膚病の噂がよぎる。
ジークフリートの温和な声色と表情に、顔を赤らめながら答えるイゾルデ。
「ええ、こちらは今、父が精力的に取り入れている染料で、お国の貿易にもきっとお役に立てると思います」
「なるほどなるほど、それは真剣に検討しないといけないね」
イゾルデは上目遣いでジークフリートを見つめた。
「アイゼンブルク公子にお話を聞いていただけて、嬉しく思います」
爽やかな笑顔をたずさえジークフリートは見つめ返す。
だが、その一時の後、すっと細められたグレイシルバーの瞳は鋭さを灯す。
「あなたはその広告塔ってわけか」
その言いようにイゾルデは驚き、目を見開いた。
ジークフリートは含み笑顔で、軽快に言葉を並べていく。
「あなた、そのドレス似合っていないよ」
「それに、化粧の厚塗りも肌に悪いから止めたほうがいい。あはは」
ひどい言葉の羅列にイゾルデは怒りを滲ませ「なっ……」と、ふるふると震える。
何か粗相があったのかと、慌てて戻ってきたナハトシュテルン伯爵に、ジークフリートは声色穏やかに耳打ちする。
「目を引く色に、迂闊に手を出したら痛い目を見るよ。ほどほどにね?」
(俺は社交界仕様じゃないと知っていただろうに)
ジークフリートは、口元に穏やかな微笑みを浮かべたまま、手袋をはめた右手を胸元に当て優雅に礼をすると、その場から姿を消した。
こうしてジークフリートはまた女性に嫌われ、社交界で浮く存在となっていく。
誰もいない廊下をひとり歩くジークフリート。
(これで彼女はあのドレスを着なくなるだろう、まあ、恨まれても仕方ないか)
(社交界の同情の目は彼女に向いていた。その点は大丈夫だろう)
コツコツと靴音だけが響く廊下を進みながら淡々と考えていた。
その夜、ジークフリートは青い染料について調べる。
それがどこで集められ、生産されているのかを調査するのだった──
※本編にイゾルデとナハトシュテルン伯爵は出てきません。
※この番外編に登場する青色加工は、本作世界特有の技術設定です。物語としてお楽しみください。
追記:『社交界』『貴族の社会』にジークフリートを混ぜたらどうなるかなー?の軽い気持ちから生まれた番外編です。




