表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/88

第七十四話 覆水不返

 落石事故から一夜明け、昼前にはユリウス侯爵の元へ経過報告が続々と送られてきていた。

 報告が上がるたびに、計画が当初の予定より逸れていき、それに対する新たなる策が必要になっていた。


 不凍港の港町──グローテハーフェン。

 夕暮れに染まる政務室では、ユリウス侯爵が隠密からの報告書を読んでいた。


 その書簡には、こう記されていた。


『遠距離より対象を確認。狙撃し標的は落馬。その後騎乗で逃亡したため追撃に移行。近距離から狙撃したが命中せず』


 そこまで読んで、ユリウス侯爵は紙を押さえたまま固まる。


(からす)……何をやっておるのだ……)


 鼻梁(びりょう)の根をつまみ上げ、苛立ち紛れに短く息をこぼす。

 次の行へと視線を移す。


『近距離で確認したところ、標的は下級兵の軍服を着用。対象は二十かそれ未満と予測』


 そこまで読み、先日滞在していたジークフリート少佐を思い浮かべる。


(線は細いが、未成熟のそれではない)

(騎乗状態であれば、年齢の目測は開きが出るだろう)

(下級兵に扮しておったか……?)

(そもそも何を見間違ってそんなことをしておるのだ)


 そして最後に、結論だけが乾いて並んでいる。


『対象は少佐本人と断定できず』

『作戦は未完遂。追跡調査を行う』


 ユリウス侯爵は深くため息をこぼし、頭を抱えた。


(少佐かどうかもわからぬ者を、銃で狙撃し傷をつけたまま生きて逃亡を許す……)

(これでは向こうに人為的だと知らしめただけだ)


 呆れて言葉が出ない。


 ユリウス侯爵の盤面が狂い始める。

 最初に盤面をひっくり返したのは己だ。だがそれは計算だったはず。


(少佐の行方はわからん。さらに現地には帝国の編成隊が入ってきておる)

(探し出す難易度は時間経過とともに高くなる)

(確認が取れてはない……逃げ切ったのか落石で死んでいるのか)


 希望的観測を述べてもそれが現実ではなかった場合、痛い目を見る。

 現実に目を戻し、羊皮紙を手に取った。汗を吸い込み、湿度を増す。


(死んでいるならば、こちらの都合よく少佐の言動を捏造(ねつぞう)し、中枢をかき乱すことは容易い)

(だが、万が一生きていれば、それが捏造だと露見する……)


 いくら報告書を眺めても、そこから勝ち筋は読みにくい。


(落石は人為的と読まれても、ジギスムント宰相へ(なす)る算段は整えてある)

(だが、それでは宰相を失脚させるにとどまってしまう)


 取り(つくろ)う代償ばかりが増えていく。


(中枢全体を揺らがせなければ、硝石を誤魔化しきることは出来ん……)


 思考を断ち切るように政務室にノックの音が落される。

 同時に侍従グンターが入室し、礼をするとユリウス侯爵の前へ歩を進め、報告を述べる。


「専属軍に臨時の演習を実行せよと昼には周知が完了し、準備に取り掛かっております」


 詳細を続けて報告をしようと、紙束を(めく)ろうとした時、ユリウス侯爵は(さえぎ)るように指示を出した。


「予備兵にも、臨時の演習へ参加するよう通知を出せ」

「上位指揮官にだけ……これが実戦へ移行する可能性を含んでいると内示せよ」


 グンターは固まりながらも「……かしこまりました」と返事をし、所作の整った礼をして部屋を後にした。


一人政務室に残るユリウス侯爵は、夕焼けに染まる街並みを眺め、(せば)まっていく手段の末、選ぶ未来を思い描いていく。


(最悪帝国がこちらへ狙いを定めれば、ことを起こさねばならん)


 朱色に染まる空は、血に染まったあの日を思い出させる──


 カール王は帝国の侵略を受けた時、象徴である王の一族の血でこの地が守れるならばと、この世を去った。

 民衆はカール王を崇敬(すうけい)していた。そのカール王の御決断にただ涙を堪え受け入れた。


 帝国も無傷ではなかった。帝国から新統治者を迎えれば、混沌とした戦後の国民感情を逆なでし統治に支障が出ると、現地のユリウス侯爵は選ばれた。

 

『共に──』


 そう当時ユリウス侯爵が言いかけた時、カール王は穏やかに返した。


『ユリウス、生きて護れ、このグローテハーフェンを。民の安寧(あんねい)を。それが私の悲願だ』


(私はどこで間違った……)


 いや、最初がそもそもの間違いだ。


(不凍港欲しさに帝国が侵略してきた。それが間違いだ)


 間違いを正すべく、『侵略前に戻すこと』それこそが悲願であり、あの時の安寧に近づく絶対条件。


 そうユリウス侯爵は信じて、更に代償を増やす算段を練り始めていく。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ