第六十八話 繋ぐ
ジークフリートを駐在の軍医のもとへ連れていくと決まり、一行は急いで準備を始めた。
軍曹がジークフリートの身体を抱え、伍長が脚を支える。
意識をほぼ失っている成人男性を運ぶのは、二人がかりでも大変だ。
なんとか、タラモンの青年部が持ってきていた荷車まで運び込んだ。
長身の青年が荷車から板や工具を降ろし、そのうち一枚を荷台に渡して簡易の寝台を作った。
ジークフリートをその上に横たえると、足先は少しはみ出したが、外套や布を巻き付けて支えを作れば、なんとか運べそうだった。
南部の村に駐在している軍医は、空き家を診療所として転用していた。
陽が沈む前には通常診療を終えて、今時間は手も空いているはずだ。
そこまで大きくもない民家の診療所に着くと、ダランは玄関のドアをノックしながら声をかける。
「おーい、いるかー?診てほしい人間がいるんだ」
言い終わるより早く、イライラとノックをもう一度打ちつける。
せかすようなノックにはお構いなしに、中からゆっくりと人が近づいてくる。
ドアを少しだけ開けた女性軍医は、ダランの顔だけをちらりと見て、開口一番こう告げる。
「硝石工場の労働者以外は診られないよ」
ダランはその返答はお約束通りと受け取り、自分のやるべきことをするだけだと揺らがない。
「そんなことは知ってるよ。診てほしいのは、お前と同じ帝国軍のやつだ」
軍医はその言葉に怪訝そうな顔を浮かべた。
そして、それまで前半分しか開いていなかったドアを、全開にして辺りを見回す。
帝国軍の制服を着た軍人の姿と、荷車に乗っているジークフリートが目に入ったのだろう。
軍医は軽症そうな者達への視線は一瞬で、今すぐ処置が必要そうな荷車へ急ぎ出てきた。
全身をその視界に収めると、軍服の上に着こんだ白衣から、手袋を取り出し、建物の中に大きな声をかけた。
「衛生!担架を持ってきて」
担架が来るその間に、軍医は脈をとり意識レベルや怪我の状態を確認していく。
建物の奥から担架を抱えた衛生兵が二名出てきた。
「左腕は解放骨折している。慎重に」
「はい」
担架を一旦その場に置くと、一人の衛生兵が支えの布を解く。そしてもう一人は荷車へ乗り、ジークフリートの身体を支えた。
そのまま担架へ乗せると、臨時診療所の処置室へと運んでいく。
軍医は残った帝国関係の人間に声をかける。
「君たちはとりあえず中」
それを言い残すと、さっさと処置室の方へと姿を消した。
それまで気を張り詰めていたのか、軍曹は腰に手をあて、楽な姿勢をとると深く息を零した。
(これで……少佐は助かるかもしれない)
軍医が残した言葉通り、室内に移動しようと伍長とアンネリーゼの方を振り返る。
伍長は疲労困憊の顔を覗かせており、アンネリーゼはその場に座り込んでいた。
そして、ここへ連れて来るのに協力してくれたダランへと目を向けた。
「タラモンの青年。協力感謝する」
軍曹には、これ以上の言葉は許されなかった。
非情と思われようとも、情を見せるわけにはいかない。
ダランはそんな帝国軍の態度は最初から分かり切っていた。
(こいつらはいつだってそうだ。期待した通りの感謝なんて返ってくるわけがない)
「俺は、人の道を選んだだけだ。お前に感謝されたくもねーよ」
軍曹に向けていた視線を遠くの山脈へと移す。
茜色の西日は山稜にその光をわずかに残すばかりとなり、やがて訪れる夜を感じさせていた。
これからまだやらなければならない事を思い出し、ひとつため息を吐いた。
(お前らのせいで、雨漏り修理が夜間工事になったじゃねーか。馬鹿野郎)
「深夜作業代ぶんは回収するからな!」
そういうとダランは、青年部の若者二人とともにその場を後にした──
一方、ハインリヒに伝える使命をジークフリートから託されたノエルは、北東へ向かい青毛の馬を走らせていた。
(気を抜くと落ちそうな速度っす……)
山道を抜け、その先にぽつりぽつりと広がる森林地帯が見えてきた。
(あれを超えればもうすぐっす)
ノエルの、はやる気持ちと同調するように青毛の馬も速度を上げる。
(ちょっ!落ちる!)
そう思った一瞬だった。
遠くからパッパーン!と乾いた音がふたつした後、ヒュっと耳先を何かがかすめた。
バランスを崩していたから頭に当たらなかったのかもしれない。
それでも耳の先端がジンジンと熱くなる感触でノエルは分かった。
(森の方から狙撃されてるっす……)
(森に入ってしまえば狙撃はしにくいはず)
ノエルは馬の腹をけり、身を前傾にして体を馬の首に沿わせ、速度をさらに上げた。
狙撃している者が何人いるのかは分からない。
それでも発砲の後すぐに追撃が来ないあたり、少人数であることは間違いない。
狙撃できる銃は貴重だ。さらに撃った後、弾丸を詰めるのに時間がかかる。
向こうの準備が整う前に森へ入りたい。
森の上に広がる雲の切れ間から月明かりが落ち、ノエルの輪郭を照らす。
もうすぐだ──そう思うのと同時だった。
パーンッ!
ノエルは右肩に衝撃を感じ、右手が手綱を手放した。
目に入る映像はゆっくりとなり、それまで森にあった視線は次第に群青に沈む空を映し出していた。




