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黒の矜持  作者: 川端マレ
第一部 始まり編
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第七話 思惑

 太陽が東からその姿を現すと、遠くに見える山稜を白く浮かび上がらせ、空は濃い藍色を徐々に薄くし、一日の始まりを告げる。


 石畳が敷かれた城内の敷地、軍区画では明朝の出兵に向け、黒い軍服姿の者達が準備に追われていた。

 補給物資を荷台へ運ぶ兵士の列には、早朝からの準備であくびをこらえている若い男性兵士や、髪を後ろで束ねた女性兵士もいる。

 機材を点検する者、馬具や蹄鉄の点検を行う者、皆が準備に取り掛かり、出兵の準備は滞りなく進んでいるようだ。


 ──その一角にある軍務室では、ハインリヒが詰所にこもり、補給兵の報告と部隊配備表を照らし合わせていた。

 外の慌ただしい音に一切目もくれず職務に集中し、書類を片手に羽根ペンでチェックを入れている。


「タラモン語の通訳者が見つかったよ」


 不意に背後から声をかけられ、ハインリヒは手が止まる。


(ジークフリート少佐……)


 先ほどの言葉に動揺してしまう。

 そうなのだ、タラモン語の通訳者を探すのは、ハインリヒに与えられた任務だったのだ。

 椅子を引き、立ち上がるとジークフリートへ向き頭を下げる。


「少佐の手を煩わせてしまい、申し訳ございません」頭の上から穏やかな声が降りてくる。


「いや、ちょっと特殊な隠し方をしていたようでね。あなたのせいではないよ」


 ハインリヒはホッとするのもつかの間、ジークフリートが”ただ報告しに来ただけ”という事はないと身構えた。


 恐る恐る頭をあげ、ジークフリートの様子を確認すると、いつものニコニコとした面持ちからスッと真剣な表情になる。


「ただ……」


 ジークフリートの途切れた言葉に緊張感が増す。


(”ただ”って、なんだ……)ハインリヒはゴクリと唾をのみ、次の言葉を待つ。


「通訳者は”タラモン語”が使えることを隠していてね」


(どうして……?)率直な疑問が頭に浮かぶが、口には出さず直立不動を保つ。


 ジークフリートの目元は試すように細められ、思惑が含んだ笑みに変わる。


「説得できるかどうかは……ハインリヒあなた次第だ」


(まただ……)ハインリヒはこのやり取りに既視感がある。


 時折ジークフリートは、クイズ形式の様なやり取りをハインリヒに求めるのだ。


「アンネリーゼ・リヒタールという人物が、軍務資料局の事務職員として勤務しているはずだ」


 ジークフリートは先ほどまでハインリヒがチェックをしていた書類を、手元で確認しながら話を続ける。


「彼女がタラモン語の通訳者候補」

「公式書類には”タラモン語”の通訳ができるとは記載されていない」

「過去の背景と、関わっている人物の性格を見ると……」

「彼女が”タラモン語”を扱える可能性が高く、そして意図的に隠す理由もある」


 書類の確認が終わったのだろう、ジークフリートはハインリヒの近くにきて、両肩に手をのせ策士な微笑みを向け告げる。


「だからハインリヒ。あなたの出番だ」


(何故俺なんだ……)という考えが頭によぎるハインリヒ。


 そんな疑問を抱えている様子を見つつ、ジークフリートは柔らかな微笑をたずさえ、冷酷な発言をする。


「彼女を説得できなければ……あなたはクビだ」


『クビ』という言葉にハインリヒの額から汗が流れる。そして、どうやらこれを使って何か思惑があるのだろうと悟る。


(……そういう事か)ため息をこぼし肩を下げる。


 ──ジークフリートはマティアスの性格であれば、娘にタラモン語を教えているだろうと、確信に近い断定をしている。


 それはなぜか。


 マティアスとの会話に出てくるアンネリーゼは、献身的で知的好奇心が強い。

 父がタラモン語を扱う学者であれば、興味を持つ可能性が高い。

 娘が興味を持てばマティアスは教えるだろう。ジークフリートの教師をしていた時もそうだった。

 勉学に関係のないどんな疑問でも、知的好奇心は伸ばすべきだとマティアスは考えている。


 そして──提出する書類にタラモン語を扱える事を書かなかった理由。

 おそらくタラモン一族の根絶を回避する為に、マティアスが進言した圧政という苦肉の策は、彼自身にも未だにしこりを残している。


 娘が王宮での仕事に従事する際、公式書類にタラモン語の記載をすれば、マティアスの過去を娘に背負わせる。

 娘をそこには巻き込みたくないと思うのが親心。

 そこまでわかっているが、ジークフリートにはそんな恩師の想いなどを考慮する余地などない。

 国軍直属の通訳を使えるなら、私情以上のメリットがある。

 

 だが問題がある……


 公式書類に記載をしなかった位だ。普通にタラモン語の通訳を依頼しても、隠される可能性がある。

 であれば……娘が自発的に通訳者として同行を決意するように仕向ければいいのだ。


 だから情に訴えられるハインリヒを使う。


「あなたは俺に、通訳者を探す仕事をさせてしまったわけだ」

「当然だよね?」ニコニコと爽やかで、押しの強さのこもる笑顔を向けてくる。


 見つけられなくても仕方がないと擁護されつつも、元々はハインリヒの職務であった。断れるわけがない。

 それに、謎解き大会のような会話が始まったら、理由がどうであれ断れた試しはない。


「俺は、何をすればいいですか……」


 はあ……とため息が漏れそうなところを寸でのところで飲み込み、覚悟を決める。


 ハインリヒの返事を聞くと、ジークフリートは胸元から封筒を差し出す。


「タラモン語の通訳者の話題を出して、彼女に”違和感”を感じたらこの手紙を渡して。」


 ハインリヒは渡されたそれの裏表を確認するように視線を落とす。


 白い封筒の宛名にはアンネリーゼ・リヒタールそして差出人はジークフリート・フォン・アイゼンブルク。

 それ以外は何も書かれていない。


「違和感ですか……?」指令書とも任命書とも分からないこの手紙のほうが違和感なのだが……


「その違和感、あなたなら分かるはずだ」


ジークフリートは迷いなく、その瞳はハインリヒが持つ見抜く力を確信していた。

 

(嫌な予感しかしないんだよな……)


 ハインリヒは額にじんわりと汗を感じながらも、どちらにしろやらなきゃいけない事を知っている。


「彼女に渡したら、これは目の前で読むように伝えてね」


 ジークフリートの穏やかな口調と爽やかな笑顔は、この間一度も崩れず、全てが狙いを含んでいる。


(ハインリヒの事情を、アンネリーゼがどう受け取るか……)


 ジークフリートの記憶の中の彼女であれば、悩むはずだ。

 そこから先どう決断するかは彼女次第。


「どう転ぶか、たのしみだな」ふふ、と笑みをこぼす。


 ジークフリートはハインリヒが手紙を渡した時点で、アンネリーゼがタラモン語を扱えるという確証になると考えている。


(まぁ、断っても逃げられないんだけどね)

「じゃあ、頑張ってねハインリヒ、残りは俺がやっておくから」


 軽くハインリヒの肩を叩くと、ひと呼吸だけそのままにしてから離す。

 ジークフリートは、先ほどまでハインリヒが使っていた椅子に腰かけ、書類をチェックしていく。


 ハインリヒは敬礼した後、もの言いたげにするも足は室外へと向かう。

 ドアを開けると、これまでくもって聞こえていた喧噪(けんそう)がより鮮やかになる。

 耳に入る雑音は、ハインリヒの頭の中の余分な情報をかき消していく。


(タラモン語の翻訳者を探してる。まずそれだけ言えばいいか)


 そう考えると思考はスッキリし、いつも通りの勤勉な足取りが戻ってくる。

 翻訳者アンネリーゼ・リヒタールがいる軍事資料局へ──

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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