第六十話 逸れた道
嵐が過ぎてもカタリナの軟禁状態は続いていた。
最初は「安全のためです」と言われ、自室での待機を命じられた。
カタリナは部屋から出る理由を思いついては、ドア前で警備する兵へ声をかけた。だが、どんな理由を伝えても、決まりきった同じ返答が返ってくる。
「嵐で宿を確保できなかった市民が滞在中のため危険です」
「ユリウス侯より自室でお過ごしくださいとの指示です」
嵐が過ぎ、市民がここを発てば普段通りに戻ると思ったが、去ってもカタリナの部屋の前には監視が置かれ、出ることを許されなかった。
(私を部屋から出したくない理由は、危険から守る為でもなんでもない)
そう考えると父ユリウスの、身勝手な命令に苛立ちを覚える。
だが、同時に、そこまでして父は何を隠しているのかと考えてしまうのだ。
(……特使の方との接触を、お父様は警戒しているんだわ)
(原因となったのはジークフリート少佐との会話……?)
何の他愛もない話だった。
それなのに……
ジークフリート少佐は『検問所の一時的封鎖の件』でグローテハーフェンへ来た。それが彼との会話で言われたこと。
だがそれであれば、父ユリウスがとっている行動はどう考えても警戒しすぎだ。
(何を隠しているの……)
(お父様にとって私は、もう”守るべき娘”じゃないの?)
(知られたくないことに近づく、邪魔な存在だから閉じ込められているだけ……?)
そう思った瞬間、腹の底で燻っていた怒りが、胸のあたりで重たい痛みに変わった。
カタリナには真実は分からない。無意識に顎が強張り、視界が滲む。
(きっと特使の方たちがここを離れるまで、出してもらえない)
感情的になりそうな自分を抑えるために、窓を開け外の空気を吸う。
嵐の後は決まって晴れる。だが、カタリナの心は曇って自分が何をすべきか見えない。
深くため息をひとつ吐く。
部屋から出られないことで焦燥感を覚える。それは父親の件も理由のひとつだが、地下牢に幽閉されている隊長の娘も気がかりだった。
(地下牢のあの方は大丈夫だろうか……)
最後に見た時、もう既に限界そうに見えた。
父ユリウスは地下牢の娘の存在を隠そうとした。
隠そうとすればするほど、それが重大なことに繋がっているように思えてしまう。
この地を巻き込む取り返しのつかないことが起きるのでは、と胸をよぎる。
嵐の後の街は所々樹木が折れたりしている。そこらかしこで復旧に動く人々がいる。
でも、この見えている状態よりももっとひどい事になったら……
そう考えると不安で押しつぶされそうになる。
カタリナが生まれるずっと昔に、このグローテハーフェンは帝国との争いで戦火にのまれた。
父ユリウスは、そのことで苦労と過去への執着を抱えているのは、娘のカタリナも分かっている。
母がまだ生きていた時──父はこんなにも頑なではなかった。
窓の外では、港の方角から船の汽笛がひとつ響く。
夕陽が海面に溶けて、黄金色の光が街並みを撫でていた。
潮の香りと、遠くの波音がかすかに部屋に流れ込む。
──この音が好きだった。
幼い頃、父の膝の上でこの港を眺めた日のことを思い出す。
その頃にはもう、父の髭には白いものが混じっていたのに、カタリナを抱き上げる腕だけは驚くほど力強かった。
まだ穏やかだった父の横顔。あのときはただ、海の向こう側には何があるのかなど、楽しそうに話しをしていた。
『カタリナ。風が冷たくなってきたな。風邪をひく前に部屋へ入ろう』
『マティルダと私にとってお前は、神様が授けてくれた宝だ』
『風邪をひかすとお前の母は心配するからな』
あの時の父の優しい面影と、幸せだったあの日を思いだすと溜まっていた涙が、瞬きと同時にひとつ零れ落ちた。
(どうしたら戻れるの……)
そんなことは出来るわけがない。頭ではわかっていても優しい思い出に逃げたくなる。
頬をつたった涙を拭い、視線を現実に戻すと、倉庫方面で人がせわしなく動く様子を確認した。
(あれは、特使の方?)
帝国の正規の黒い軍服姿の者が、幌馬車などの荷造りをしているようだ。
服装から見受けられる階級は高くなさそうだ。
夜に出立することはないだろう。恐らく明朝出発するはずだ。
彼らが出立したら監視は解かれる。
そうなったら父が隠しているものを探そう。心に決めると、胸の奥がきゅっと痛んだ。
父が選んだ道と、自分が進もうとしている道が、もう同じではないのかもしれない。
カタリナはそんな予感を抱いていた。
冷たくなった指先で、過去を塞ぐようにそっと窓を閉めた。




