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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編

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第六十話 逸れた道

 嵐が過ぎてもカタリナの軟禁状態は続いていた。

 最初は「安全のためです」と言われ、自室での待機を命じられた。


 カタリナは部屋から出る理由を思いついては、ドア前で警備する兵へ声をかけた。だが、どんな理由を伝えても、決まりきった同じ返答が返ってくる。


「嵐で宿を確保できなかった市民が滞在中のため危険です」

「ユリウス侯より自室でお過ごしくださいとの指示です」


 嵐が過ぎ、市民がここを発てば普段通りに戻ると思ったが、去ってもカタリナの部屋の前には監視が置かれ、出ることを許されなかった。


(私を部屋から出したくない理由は、危険から守る為でもなんでもない)


 そう考えると父ユリウスの、身勝手な命令に苛立ちを覚える。

 だが、同時に、そこまでして父は何を隠しているのかと考えてしまうのだ。


(……特使の方との接触を、お父様は警戒しているんだわ)

(原因となったのはジークフリート少佐との会話……?)


 何の他愛もない話だった。

 それなのに……


 ジークフリート少佐は『検問所の一時的封鎖の件』でグローテハーフェンへ来た。それが彼との会話で言われたこと。

 だがそれであれば、父ユリウスがとっている行動はどう考えても警戒しすぎだ。


(何を隠しているの……)

(お父様にとって私は、もう”守るべき娘”じゃないの?)

(知られたくないことに近づく、邪魔な存在だから閉じ込められているだけ……?)


 そう思った瞬間、腹の底で(くすぶ)っていた怒りが、胸のあたりで重たい痛みに変わった。

 カタリナには真実は分からない。無意識に(あご)が強張り、視界が滲む。


(きっと特使の方たちがここを離れるまで、出してもらえない)


 感情的になりそうな自分を抑えるために、窓を開け外の空気を吸う。

 嵐の後は決まって晴れる。だが、カタリナの心は曇って自分が何をすべきか見えない。


 深くため息をひとつ吐く。


 部屋から出られないことで焦燥感を覚える。それは父親の件も理由のひとつだが、地下牢に幽閉されている隊長の娘も気がかりだった。


(地下牢のあの方は大丈夫だろうか……)


 最後に見た時、もう既に限界そうに見えた。

 父ユリウスは地下牢の娘の存在を隠そうとした。

 隠そうとすればするほど、それが重大なことに繋がっているように思えてしまう。

 この地を巻き込む取り返しのつかないことが起きるのでは、と胸をよぎる。


 嵐の後の街は所々樹木が折れたりしている。そこらかしこで復旧に動く人々がいる。

 でも、この見えている状態よりももっとひどい事になったら……

 そう考えると不安で押しつぶされそうになる。


 カタリナが生まれるずっと昔に、このグローテハーフェンは帝国との争いで戦火にのまれた。

 父ユリウスは、そのことで苦労と過去への執着を抱えているのは、娘のカタリナも分かっている。

 母がまだ生きていた時──父はこんなにも(かたく)なではなかった。


 窓の外では、港の方角から船の汽笛がひとつ響く。

 夕陽が海面に溶けて、黄金色の光が街並みを撫でていた。

 潮の香りと、遠くの波音がかすかに部屋に流れ込む。


 ──この音が好きだった。

 幼い頃、父の膝の上でこの港を眺めた日のことを思い出す。

 その頃にはもう、父の髭には白いものが混じっていたのに、カタリナを抱き上げる腕だけは驚くほど力強かった。

 まだ穏やかだった父の横顔。あのときはただ、海の向こう側には何があるのかなど、楽しそうに話しをしていた。


『カタリナ。風が冷たくなってきたな。風邪をひく前に部屋へ入ろう』

『マティルダと私にとってお前は、神様が授けてくれた宝だ』

『風邪をひかすとお前の母は心配するからな』


 あの時の父の優しい面影と、幸せだったあの日を思いだすと溜まっていた涙が、瞬きと同時にひとつ零れ落ちた。


(どうしたら戻れるの……)


 そんなことは出来るわけがない。頭ではわかっていても優しい思い出に逃げたくなる。

 頬をつたった涙を(ぬぐ)い、視線を現実に戻すと、倉庫方面で人がせわしなく動く様子を確認した。


(あれは、特使の方?)


 帝国の正規の黒い軍服姿の者が、幌馬車などの荷造りをしているようだ。

 服装から見受けられる階級は高くなさそうだ。


 夜に出立することはないだろう。恐らく明朝出発するはずだ。


 彼らが出立したら監視は解かれる。

 そうなったら父が隠しているものを探そう。心に決めると、胸の奥がきゅっと痛んだ。

 父が選んだ道と、自分が進もうとしている道が、もう同じではないのかもしれない。


 カタリナはそんな予感を抱いていた。

 冷たくなった指先で、過去を塞ぐようにそっと窓を閉めた。


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