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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編

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第五十九話 入念な準備

 そのころ──エルデンシュトラ南部では、人工硝石工場の停止後の後始末が進められていた。


 工場の改善を任されたのは、タラモンの若者たちで構成された『青年部』だ。

 その青年部をまとめるのがダラン。タラモンの長ブレンナの孫であり、次代の長となるべく経験を積んでいる最中だった。

 そのためダランは、南部を預かる長老の家に居候し、現場の改善に努めている。


『──労働環境の見直しをするまで閉鎖。猶予期間は一年間だ。あなた達に自治権を認める。ただし、完全な自由は与えられない』


 これが、帝国側から来ていたジークフリート・フォン・アイゼンブルク少佐から出された条件。


 今までこの地は、粛清された貴族の統治下にあった。

 ”勝手に決められる”のが当たり前で、自分たちで決めるということは出来なかった。

 これまで望んでも叶うことが無かった事なのに、いざ自分たちの手で物事を進めようとしても、何から手をつけたら良いのか分からず、皆が手探りだった。


 この自治権は完全なる自由ではなく、監査役としてブロイアー大佐が介入している。


 先日、そのブロイアー大佐の隊が南部へ視察にやってきた。

 南の長老は帝国の公用語が分からない。

 必然的に、ダランが間に入り通訳を務めることになった。


 この時大佐は、人工硝石の工場が完全に停止しているかの確認を行った。

 現地視察を終え、苦虫を嚙みつぶしたような表情でこぼしたのが、印象に残っている。


「これは随分な労働環境だな……」


 そう言うとブロイアー大佐は、健康状態の悪化している労働者たちを集めた。

 多くが皮膚も爛れ、咳をし、痩せこけている。

 大佐の隊には事前に、硝石工場の労働者の健康状態が悪い。という報告が上がっていたようだ。

 その為、軍医一名と衛生兵三名を連れてきていた。

 医療班の診察と処置をし、継続的な治療が必要だと判断するとブロイアー大佐は「医療班は当面南部に残れ」と治療に当たるよう指示を出した。


 その様子にダランは、帝国にもまともな人間が少しはいるのだと、再確認した。

 ブロイアー大佐の第一印象は『豪快なオジサン』だった。

 よく笑い、声も態度もでかい。


 だが、帝国の軍人。線引きされた一線を越えると、一切甘くはなかった。


「治療を終えた者から順に、中央とエルデンシュトラを結ぶ道路工事の作業員として駐屯地へ出してくれ」


 そう言い残し、ブロイアー大佐は南部の地を後にした。

 労働者を休ませつつ、次の使い道もきっちり指示して行くあたり、情けと現実の線引きがはっきりしている。


 それからほどなくして現在。このエルデンシュトラ南部でも空模様が怪しくなってきている。

 通りがかる行商人に話を聞くと、もっと南のグローテハーフェンはすでに大荒れで、大変なことになっていると聞いた。


 エルデンシュトラは山岳地帯。

 大きな嵐も山を避けるように逸れていくことが多い。

 だが、今回は直撃しそうな雰囲気を孕んでいた。


「じっちゃん、窓はこれでいいか?」


「あぁ、ダラン。助かる」


 風が本格的に強くなる前に、窓に廃材を打ち付けて硝子を保護する。

 南の長老は齢八十近く、肉体労働は堪える。若いダランが丁度滞在していて、渡りに船だった。


 青年部の各メンバーも、この集落のお年寄りや、自分で対処できない家の手助けに駆り出されていた。


 この地は昔から、若い働き手はみんな人工硝石の工場に取られ、健康を害し、その命を散らす者が多かった。

 だから今、この集落で”動ける人手”は驚くほど少ない。


「こんな嵐は何年ぶりだ?」


「長く生きているワシですら、手で数えられるほどしか記憶にない」


 外では風がどんどん強くなり、外に置き忘れられたバケツが煽られ、カラカラと転がり音を立てている。


 タラモンの民たちは裕福ではない。家も簡素な造りで、長老の家と言えども壁は薄い。

 外のバケツの音すらも、そのまま家の中に響いてくる(さま)に、ダランは不安になり南部の長老に尋ねる。


「じっちゃん……この家崩れたりしないよな?」


「わからん。崩れたらその時だ。わはは」


(まじかよ……)


 ダランは心の中で唖然としながらも、南部の長老の『なるようにしかならん』との様子に苦笑いし、腹を括った。


──その頃グローテハーフェンの侯爵邸。


 この日は午前中には嵐が過ぎ去り、午後になってジークフリートはノエル二等兵とともに、馬房へ向かっていた。


「検問所から返事は来ているかな?」


「今日はまだ来ておりません」


 ノエルは緊張しながら答える。

 隣で歩くジークフリートは、普段と変わらぬ態度で受け止める。


「そっかぁ。あの嵐じゃまぁ仕方ないね」


(帰路をどうするかの最終確認をしておきたかったが、仕方ない)

 

 馬房へ着き、ジークフリートが青毛の愛馬の馬房の前へ来ると、馬は前掻きをし、首を上下に揺らす。

 馬のその様子にふっと笑みを零す。


「元気そうだね」


 そう言うと馬房の柵をくぐり中へ入った。

 ジークフリートの胸元へ馬は鼻先を寄せてくる。それを受け止め首筋を軽くなでた。

 そして、手綱をつけると引馬へでる。


 ノエル二等兵も別の馬を準備し、二人は馬房から出た。

 ジークフリートは後方を横目で確認し、ユリウス侯爵から仕向けられている監視がついてきているかを確認した。


(来てる来てる)


 門を警備する兵にも、ユリウス侯爵へ伝えておいた甲斐があり、すんなり通ることができる。

 こちらが油断していると思わせる状況(・・・・・・)こそが、ジークフリートの思惑だった。


 侯爵邸の敷地から出ると、二人は馬にまたがり、常歩(なみあし)で進む。

 なるべくゆっくり人の足でも追いつく速度で、食料が揃えられる市場へ向かう。


 馬から降りると、ジークフリートは再度後ろの様子を気にする。

 視界の端に、監視を確認すると、ノエル二等兵へ目配せする。


 露店の店主に日持ちのする根菜類を注文する。

 買い入れた品は、馬の背の両側にぶら下げた麻袋へ詰めていく。


 そして、干し肉や乾燥ソーセージを山と積んだ露店で、保存食を買い込んだ。

 食料の買いだしを終えると、ジークフリートたちはユリウス侯爵邸へ戻らず、一軒の宿屋へ入る。

 そこで二泊分の宿泊を取り付け、食料の入った麻袋を運び入れた。


 そしてそのまま二人は何もなかったかのように、侯爵邸へと帰還した。


 その一部始終を、少し離れた路地の影から監視役の兵が見ていた。

 兵はひと通りの動きを頭の中でなぞり直すと、二人の姿が侯爵邸に入るのを確認したのち、足早に政務室へ向かった。


 監視役はユリウス侯爵の待つ政務室に入ると、報告を入れる。


「二人は食料を仕入れたあと、それを宿へ運び込み、そのまま帰還しました」


「ほう……」


 ユリウス侯爵は、これはジークフリート少佐が、大回りルートの旧道を選んだための食糧の補充だと踏んだ。


(山賊を警戒して、旧道を選んだか)


「そうか。では、旧道には暗殺部隊を忍ばせろ」


「はい。かしこまりました」


 先日の会議でジークフリート少佐から、倉庫台帳の提出を求められた。

 グローテハーフェン内でも使う資料。原本を渡すわけにはならないので、写しを少佐滞在期間中に作成して渡す約束をした。

 その倉庫台帳の中には、ジギスムント宰相の名義の倉庫も含まれている。


(帝都の帳簿には載っていない”個人倉庫”だ。どうせ賄賂か、裏の荷の置き場だろう)


 会議で行われた内容は議事録として『倉庫台帳を提出』と書記が記録し残っている。

 ジークフリート少佐が亡き者になった後、帝国は当然その台帳の行方を追う。


(こちらには倉庫台帳の原本がある。帝国から声がかかった時にそれを提出すれば、勝手に宰相へたどり着くだろう)


「暗殺部隊には返り血の付いたものと、少佐が持ち帰る写しの倉庫台帳と一緒に、湾にあるジギスムント宰相名義の倉庫へ投棄しろ。と指示しておけ」


 提出した倉庫台帳のジギスムント宰相名義の倉庫にたどり着き、そこに血の付いた物があれば──

 小さいはずだった秘め事が大きな火種となる。


(盤面は全て整えた。どう転がるか見させてもらおうか)


 ユリウス侯爵はおもむろに立ち上がり「もう下がってよい、引き続き監視しろ」と指示を出すと、窓辺へと向かい、街を見下ろし眺めた──

 

 

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