第五十七話 ノエルは見た
一方その頃──ノエル二等兵は早朝から忙しかった。
従兵のノエルは、護衛兵やジークフリートたちが滞在する本館ではなく、回廊で繋がった別館に滞在していた。
ここは馬の厩舎や荷物置き場、出入り口にあたる門と近い。
特使のメンバーの中でも雑兵扱いのノエルには、見張りがつけられておらず、ある程度自由に動けていた。
馬は日に二回、引馬をしに侯爵邸の敷地外に出ることも可能だ。
任務には合計六頭の馬を連れて来ており、それを従兵の二人で世話をするのは、なかなかに骨が折れる。
敷地外へ出られるため、伝令へ書簡の受け渡しも行っている。情報の管理は重要な任務である。
ノエルは馬房へ向かうのに、正門の前を通りがかっていた。
そこには人々が列をなしており、行商人の服装やら、普段着の人間。さまざまな者がいる。
門兵が一人一人をチェックし、何かを選別しては通したり、追い返したりしていた。
(何をしているっすかね……)
意識を少しそちらに向けると、門兵はしきりに「許可証を」と提示を求め、それによって判断されているようだ。
人が選別されていくさまを横目で見つつ、自分も”選ばれる側”に回ったことのある人間の感覚として、胸の奥にざらつくような気持ちを滲ませる。
馬房に着くと、早速寝藁を取り替え、掃除に勤しむ。水と飼葉を与え、ブラシをかける。
「それにしても、ザーザーぶりっすねぇー」
厩舎で馬のブラシをかけながら外を眺めていた。
そして、ジークフリートの愛馬である青毛の馬の馬房へ入る。
馬は首を高くし耳を前方にピンと立たせ、まず警戒する。そして時折耳を後ろへ倒し、ノエルを威嚇する。
(そんなに怒らないでほしいっす……)
いつもお世話をしているが、少佐の青毛の馬は気位が高く、世話をするにも気を使う。
引馬の時も、反抗的に手綱を引っ張りかえしてくる。
いつも少佐の滞在している本館の方へ鼻先を向け、蹄で地面を掻く。帰りたがって落ち着かない。引馬での外出も喜ばないし、ノエルの言うこともきかない。
「我儘っすよねぇ……」
馬が言葉を理解するはずもないと思い、愚痴をこぼす。
次の瞬間、ノエルの背中に痛みが走る。
「いだっ!」
齧られた。多分そうだろう。
痛みは長引かず、肩甲骨あたりに手を回し確認するが、血がにじんだようでもなかった。
(ぼやきひとつも許されないっす……)
ジークフリートの馬は我儘というよりも、賢く、その場をよく見ているという方が正確かもしれない。
ひととおり世話を終えると、ノエルは道具を片付け馬房を後にした。
門の近くを通ると、先ほどよりは人の数は少なくなっている。
雨脚も風も強くなり、外套のフードが脱げないように手で押さえるが、風のせいでその役目をほぼ果たしていない。
突風が吹くたび息が止まり、自室へと早足にして帰る。
濡れた服を着替え、びしょぬれの黒髪をタオルで乱雑に拭っていると、部屋にコンコンという扉を叩く音が響く。
出ると、そこにはジークフリート少佐とオスカー上級曹長がいた。
(しょ、少佐……?)
扉を開き、招き入れると、二人は室内へと入る。
ノエルの様子をジークフリートは見ると、声をかけた。
「馬のお世話が終わった所かな?いつも助かるよ」
「あ、いえ、これが自分の役……役目です」
「伝令への手紙をお願いしたくてね。あと、俺の馬は元気かなと気になって」
穏やかにノエルへ声をかけると、胸元のポケットから手紙を二通取り出した。
それをノエルは受け取り、荷物入れの中から書簡ケースを取り出し、丁寧にしまった。
「少佐の馬は変わりなく過ごしています……」
(全然いうこときかないっすけど)
ノエルの歯切れの悪さに、手を焼いているのだろうなと察するが、今その話を膨らます必要もないと考え、話を進める。
「そっか、それなら良かった」
「他変わりはなかった?」
ノエルはその問いで思い出すように「あー」と無意識に短く漏らす。素が出てしまい一度姿勢を正す。
「今朝、門前が忙しそうでした。一般の人を門兵が許可証の提示を求め、選別していたようで……」
「なるほどね。それは何か引っかかるところはあった?」
その言葉にノエルは必死に思い出そうとする。
(あの時……)
「通されるのは行商人みたいな格好の人が多かった、です。旅行者などの私服の人はほとんど返されていました」
「へぇ」
「それは服装の身分差はあったように感じた?」
ノエルはその言葉に「うーん」と唸り、視線を斜め上へと向けた。
頭の中にしまいこんでいる記憶を頑張って引っ張り出す。
「……身なりが良くても、私服の人は返されていました」
ジークフリートは先ほどのロビーでの件と照らし合わせながら考える。
(身分ではなく、職種で区別していた……?)
(行商人が気にしている話題は”山賊”の話題が多かった)
(これを俺に聞かせるため、侯爵邸を開放したのか?)
そう考えると、特使が使用するであろう場所を不自然に開放したこと。
宿の多いこの街が満室になっている違和感──全部辻褄が合う。
(俺がユリウス侯爵を信用しないと分かっているのだろう)
(だから”噂”を使った。なるほどねぇ……)
「ありがとう。じゃあさっきの手紙よろしくね」
そう言うと、ジークフリート少佐とオスカー上級曹長はノエルの部屋を出て行った。




