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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編

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第五十六話 噂話 前編

 ユリウス侯爵の政務室に短くノックの音が響く。

 ジークフリート少佐に付けていた監視役が、早速侯爵へ報告をしに来たのだ。


「失礼します」


 礼を挟んだ後、監視役は告げる。


「先ほど、ジークフリート少佐が、カタリナ様に接触しました」

「数分会話を挟んだ後、何事もなく終了したようです」


「ほう……内容は聞き取れたか?」


「詳しくは……ですが、猫と戯れ、雑談をしている様子でした」


 場の状況を察するに、監視役はつかず離れずの距離を優先したのだろう。

 その結果、ジークフリート少佐の行動を把握はできたが、意図を読み切るには情報が浅い。


(……耳が届く距離ではなかったか)


 重大な局面のため、優秀な人材は各地へ派遣しているのが裏目に出た。

 悟られず、情報を持ってくるには、この監視役では経験が足りなかった。


(ただ、猫と戯れた訳がなかろう……)


 ユリウス侯爵はため息をひとつつく。


「わかった。引きつづき監視をせよ」

「庶民の保護のため、屋敷内は人が増えておる。カタリナには自室から出ないよう伝えておけ」


 監視役は胸前に手を添えると「かしこまりました」と言い礼をし部屋を去った。


 ──ジークフリートはカタリナとの対話を終えると、近くに控えさせていた護衛兵と合流し、自身へ割り当てられている客室へと向かっていた。

 その途中、侯爵邸に昨日まで居なかった、一般の人などが多いことに気が付く。

 服の見た目から察するに、行商人や作業員。中には貿易関係の者や役人と様々だ。


(なぜ屋敷内に一般人が……?)


 通りがかりに、彼らが話す内容に耳をそばだてる。

 内容を聞くと、エルデンシュトラ方面から来ている者が多いようだと察せられる。

 規制中の検問所を通れるということは、有力な通行証を持っているということになる。

 そうなると、ある程度大きい商家の関係者だったり、役人だったり、身元の硬い人間だと伺える。


 各々、世間話にいそしんでいるようだが、気になる話題を耳が拾い上げる。


「……嵐が来る前に、どうにか身を寄せられる場所が見つかって良かった」

「侯爵様の善意のおかげだ。そういえばよ、あっちは山賊が増えてるってな」

「エルデンシュトラか?あそこは今、治安が悪いからな」


 ジークフリートは、そんな行商人たちの声を聞き分けながら考えを巡らせていた。


(侯爵の善意?……山賊……?)

(先日、検問所滞在時には、山賊の報告はなかったな……状況が変わったか?)


 その後も、ジークフリートは噂話を拾い、侯爵の”善意”にあやかった者達には、何か法則があるのかを見ていた。

 後ろでジークフリートの護衛としてついている兵は、人が増えたことで警戒心を強め、顔を強ばらせている。


 すれ違う者の中には異国の人間もいるが、その言葉は分からない。


(精査する必要があるな)


 ジークフリートはゆったりとした歩調で、滞在している客室へと向かった。

 

 ──客室に戻り、ジークフリートは客室中央のテーブルに地図を広げ、顎に手を添え考えている。

 隣では、オスカー上級曹長が待機している。


(帰路をどうするか……)


 エルデンシュトラとグローテハーフェン間には、主要経路と旧道がある。

 旧道は現在、封鎖の指示を管理舎へ出している。

 規制中でも使える通行手形を持っていたとしても、通ることは出来ない。


 だが、封鎖の指示を出したジークフリート本人であれば、旧道を利用することは可能だ。


(……今はほとんど使われていない旧道を使うべきか)


 もし旧道を使うのであればかなり大回りになる。更に道も険しくなるだろう。

 だが、山賊が出ているのであれば、護衛の少ない特使隊にはリスクが高い。


(いや、まずは噂の出所を探るのが必要だ)


 そう考えると、オスカー上級曹長へ指示を出す。


「中庭近くのロビーに、アンネリーゼとリオラ曹長を呼んでおいて」

「俺は手紙を二通書かなきゃいけないから、後で行く。そのようによろしく」


「承知しました」

 

 短く敬礼すると、オスカー上級曹長は退室する。


 該当地区で山賊の活動が活性化しているのか、確認をさせておいた方が良いだろう。

 先日滞在した主要道路の検問所と、旧道の管理舎への二通手紙を出す。

 嵐が来ているため、速達の伝令を使っても、返答は間に合わないかもしれない。

 それでも、山賊が出ているならば、対処を早く行った方が、通行者への被害が最小になる。


 手段が少なくなったユリウス侯爵が何を企んでいるのか。

 手紙を素早く書き終えると、インクが乾くころ合いをみて封をする。

 それを手に取り胸ポケットへ入れると、中庭近くのロビーへと向かった。


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