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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編
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第四十七話 野営

 早朝それぞれ身支度を整えて検問所を出る。

 エルデンシュトラからグローテハーフェンへ入ると、標高が下がり温暖になり、それまでは岩場と針葉樹が主だったが、ブナやカエデなどの広葉樹を見かけるようになる。


 なんの問題もなく進み、二日目の夕、少し開けた場所を見つけると野営の準備をし始める。

 明日の昼にはグローテハーフェンの中心部に入る。


 食事の準備はノエル二等兵が輝くとき。

 ノエルは布巾を頭に巻き始めた。布巾から出た黒髪を器用に中にしまう。腕まくりをして、準備万端である。

 従兵として特使の任務に抜擢された彼は、その料理の腕をかわれたのだ。

 もうひとりの従兵は御者と一緒に馬の世話をしている。水を与えたり、ブラシをかけて馬の疲労をとっている。

 長距離の移動において馬の管理は重要だ。


 護衛兵で参加している兵たちは、天幕を建てていた。オスカー上級曹長の指示の下、手際よく建てられていく。

 アンネリーゼも天幕の固定用のロープを地面に打ち付けて参加している。


 杭を打つコンコンというリズムが閑静な平地に響く。


 ジークフリートは一人倒木に座って、伝令が持ってきた情報に目を通していた。

 

 ノエルは幌馬車に保管している、玉ねぎやジャガイモなどの野菜。そして干し肉を用意すると調理に取り掛かる。

 食材は日持ちのするものが中心で、その少ない食材でいかにおいしく調理するかは彼の腕の見せ所だ。


 手早くジャガイモの皮を剥き、芽を取ると、形を整え水を張った鍋に入れる。


(根菜類は水からっすよねー、その間に、乾燥パンにガーリックをぬりつけてっと)


 調理をしている時のノエルは自分ひとりの世界に入り込むほど真剣になる。

 彼の父親も軍にいて、父もまた料理担当を任されることが多かった。

 食事の時間は、兵たちの緊張を和らげる貴重なものだ。


 天幕を建て、寝る場所を整え終わるとアンネリーゼとリオラ曹長がノエルの手伝いにやってくる。


「手伝えることあるー?」と気さくに声をかけるリオラ曹長にノエルは答える。


「リオラ曹長!?もう出来上がるので、大丈夫っす」とノエルは勢いよく言うと、すかさず言い直す「あっ大丈夫であります」


 軍の上下関係は徹底している。アンネリーゼは言葉使いひとつでも大変そうだと、そのやり取りをみて思っていた。

 通訳で参加している彼女は軍人ではない。特殊技能のため軍の中でも重用はされてはいるが、階級という縛りはない。

 階級が一番下のノエル二等兵も、その点でアンネリーゼに対しては話しやすく感じている。


 アンネリーゼは一人忙しそうに動くノエルを見て、何か手伝えることはないだろうかと考える。

 料理がもうすぐできるなら、お皿の準備なら手伝えるかもと声をかける。


「ノエルさん。お皿とか用意しておいても良いですか?」


 そうアンネリーゼが声をかけると、ノエルは屈託のない笑顔で返答する。


「おねがいしていいっすか?」


 お皿を並べ食事の準備が整い、それぞれの兵士がぞろぞろと食事に集まってくる。

 ノエルはひとり分の食事をトレイに用意し始めた。


 ジークフリートは将校のため皆と一緒に食事をとらない。

 そして、彼は食事を任せる者以外の人間の手が入るのを許可していない。

 なので必然的にノエル二等兵がジークフリートの食事を運ぶこととなる。


 食事がのったトレイを持つと、ノエルはジークフリートが使っている天幕へと向かう。


 天幕の布を少しあけ、ノエルは緊張しながらも声をかける。


「食事の用意が出来ましたが、中に運んでもよろしいっすです?」


 緊張のため語尾がおかしいことになるが、言い直すのもバレると思いそのまま押し通す。


 奥の簡易机で書き物をしていたジークフリートは、書面に顔を向けたまま語尾のおかしさにふっと軽く笑う。

 手を止め視線を天幕の入り口にいるノエルへ合わせると、普段通りの柔らかい返事を返す。


「あぁ、ありがとう。そこに置いといてくれるかな」


 そう言うとまたすぐに書き物を進め始めた。


 許可を得るとノエルは深呼吸をひとつ挟み、天幕のカーテンをよけて中に入る。

 オイルランプが机上に置かれ、布の壁に薄く影を描いている。

 スープをこぼさないよう慎重に、机の傍の小さなテーブルに食事を置いた。


 敬礼をひとつ挟み、退出の姿勢へと移す。早々に退出しようという気持ちから、失礼のない程度に足早になる。

 天幕の外に出ると夜風がひんやりと肌を撫で、ノエルは緊張から解かれて大きなため息を吐いた。


(緊張で語尾おかしくなったっすけど、バレて無かった……よかった)


 ノエルは胃のあたりを小さくさすりながら、みんなが食事をしている所へと向かった。


 ジークフリート少佐へ、食事を届け終わったノエルの姿をアンネリーゼは見やると、皆との食事や談笑の輪に混じりながら考えていた。

 将校だからそうなのだろうけど、いつも食事をひとりでとるジークフリート少佐は、食事を楽しむという感じではないのだろうと思うのだ。


 ジークフリート本人は、それが気楽でいいのかもしれない。そもそもが馴れ馴れしいが慣れ合わない。

 他人のスペースには入り込んではくるが、相手が入ろうとすると実態を隠し、ふっと遠のき幻影を掴まされる。


 なぜこんなにも気になるのだろう。分からないから分かりたくなる。

 表面的に見えるジークフリートと、彼女の感性から見えるジークフリートの内面が、一致しないから気になるのかもしれない。


 あんなにも堂々としているのに、アンネリーゼの感じる印象からは、まるで子供のまま大きくなって、痛みと孤独を抱え自罰的に見えて仕方なかった──


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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