第四十六話 検問所
順調に行軍は進み、日没すぐには地域境の検問所へ到着した。
太陽が姿を消すと気温が下がるはずだが、高度と緯度が下がったせいか、この地は夕刻の気温が、出発した伯爵邸の日中と同じくらいの温度だ。
地域境の検問所には、現在四十名ほどの兵が常駐していた。
ブロイアー大佐の隊から派遣された分隊がここを任されており、所長は大尉、副官に中尉がつき、三交代制で昼夜の通行を監視していた。
事前にジークフリート少佐の特使が、この場所に一泊するという報せは当然のこと、通達がなされており、所長の大尉と部下が敬礼をして出迎えていた。
「第五大隊分隊、検問所派遣、所長大尉ラウエ。隊員一同、待機完了。ジークフリート少佐の到着を確認」
ジークフリートは青毛の愛馬の手綱を押さえながら、いつもの柔和な様子で出迎えのラウエ大尉へ挨拶を返す。
「出迎えごくろうさま」
軽く労うと、手短にラウエ大尉へ要件を伝える。兵たちに出迎えを長々とさせると業務に支障をきたすからだ。
「滞在する宿舎への案内を頼んでいいかな?」
「はっ、承知しました」
ラウエ大尉が先導し、検問所の敷地内を進んでいく。
巨大な横木の門の近くを通り過ぎる。傍に管理小屋と帳簿机がこじんまりと置かれていた。
今も門前には二名の兵士が警備しているが、夜勤との交代の時間なのだろう、人の密度が高くなっている。
夜勤は視界の悪さから三名の兵士が受け持つ。他にも警備補助の兵もいて、それぞれが引き継ぎなどを受けている様子が見て取れる。
遠目に見えていた兵士宿舎が徐々に近づいてくる。ガラガラと音をたてながら乾いた土の上を幌馬車が進み、特使の一団は奥へ流れていく。
二階建てのその建物は、屋上に望遠鏡と信号旗が備え付けられており、ここにも監視塔が設けられていた。
屋内へ入り、ラウエ大尉は規則正しく敬礼を添え、案内を終える。
「大部屋二室、奥の個室はジークフリート少佐。こちらに用意してあります」
ジークフリートは柔らかい様子で受け答えする。
「うん。ありがとう」
「頼まれついでにもうひとついいかな?後で、検問所の通行記録を届けてほしいんだ」
「はっ、承知しました。すぐに用意します」
ラウエ大尉は再度敬礼をすると、業務遂行のためその場を後にした。
検問所は普段30人弱が常駐する程度だが、現在エルデンシュトラは臨時の出入制限を設けている。
そのため常駐兵が多くなっていて、施設の受け入れ人数は満員に近かった。
宿舎の廊下は人の密度が高く、すれ違うにも気を使うほどだ。
その中で二段ベッド四台が置かれた大部屋を二室、ジークフリート用の個室を一室、特使の一団へと用意したのは苦慮しただろう。
しかし、用意された部屋割りに問題が生じる。
二室しかない大部屋を男女混合で使わせるわけにもいかず、かといって片方に男性兵士を押し込めるわけにもならない。
ジークフリートは大部屋の前で足を止めると、リオラ曹長とアンネリーゼへ振り返り、奥の個室を示した。
「リオラ曹長とアンネリーゼはあっちの個室を使って」
そう言うと大部屋へとジークフリートは入っていった。
ここで困惑したのは大部屋を割り当てられている護衛兵と従兵だ。
ジークフリートが入っていった大部屋にはオスカー上級曹長と、ノエル二等兵。軍曹。伍長がいた。
遠慮気にオスカー上級曹長が申し出る。
「ジークフリート少佐の部屋は個室では……」
「そう。個室だったんだけどね。レディーに譲るのが紳士でしょ」
ふふっと短く笑うと気にする素振りも見せず、つかつかと軽い足取りで二段ベッドの下の段に腰をかける。
ベッドは造りが簡単なもので、人が乗るとギッときしむ音がする。
そのまま軍用ブーツの靴紐に指を添えて、優雅に靴紐を緩め始めた。
オスカー上級曹長は少佐がこの部屋を使うのだと理解すると、軍曹と伍長へ隣の部屋へと移動を命じた。
せめて人の密度を下げようと配慮したのかもしれない。
ジークフリートはそのやりとりを横目でちらっと確認し、気にしなくてもいいのにと思うも、それに口出しをする必要もないと考え、素知らぬ様子でブーツを緩める動作を続けていた。
靴ひもを緩める革の擦れた音が、ギュ、キュ、っと響く。室内は誰も言葉を発しない。
そんなやりとりをノエル二等兵は、直立不動で固まったまま眺めている。
彼は少佐という身分の人間と、言葉を交わすどころか、直接顔を合わせるのすら片手で数えるほどしか無い。
出発時に感じていた胃痛がぶり返してきて、胃のあたりがまたキリキリとしだす。
(俺が……隣の部屋に移動したかったっす……)
(うぅ……緊張でまた胃が……)
ノエル二等兵は胃のあたりをさすり、遠い目をしながら物思いにふけた。
その様子に気が付いたジークフリートは、靴紐を緩め終わったのだろう。流れるような手つきで紙束を取り出しながら話しかける。
「あなた、ノエル君。足つかれていないの?座りなよ」
棒立ちしていたノエル二等兵はその言葉にハッとなり「し、失礼します少佐……!」と一言添え、敬礼をすると、部屋に備え付けの丸椅子に手をかけ引いた。力み過ぎた腕は椅子を引きずってしまい、床と擦れてガガガッと音を鳴らす。
(おい!椅子!音出すなっ!)
静まり返っている室内に、大きな音をたててしまった居心地の悪さを抱えつつ、ノエルはそっと椅子に腰を掛けた。
おずおずときつめに締めていたブーツを緩め始めた。
とはいっても、ブーツに沿えた指が、緊張で強張って言うことをきかない。
(無理っす……もう俺、心臓が限界……)
その初々しい動作にジークフリートは含んだ笑みをこぼし、膝上の紙束に視線を落とした──
ジークフリートの元へは特使の遠征中でも、伝令からの連絡が定期的に入ってくる。
今手元に届いているのは、伯爵邸の留守を守っているハインリヒからの手紙であった。
(人工硝石の工場は予定通り、休止の手配が済んだか。これで硝石の供給もそのうち止まるだろう)
タラモンとの調印式が済んですぐに、休止の手続きを進めさせていた。
休止後、労働環境の改善を行っていく。それはタラモンの民達が管理することとなる。
そして労働者たちは休止期間中、中央とエルデンシュトラを結ぶ道の整備の労働者として雇う。
だが、健康状態が著しく悪い者ばかりで、療養が必要になるだろう。
(今後監査をするブロイアー大佐に打診しておくか)
ジークフリートは手紙を革製の書簡ケースにしまうと、代わりに羊皮紙を取り出した。
大部屋にひとつだけある机へと向かうと、羽ペンで文字を綴っていく。
その様子をノエルは自分の靴紐を解きながら、視線の端で見て思った。
(少佐って大変なんっすね……)
こうして立場の違う者達が、大部屋でそれぞれの時を過ごす。
ノエル二等兵にとっては今まで経験したことのない緊張で、休まらない一晩となった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。




