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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編
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第四十五話 同調

 ──伯爵邸を出て数刻。


 山岳地帯のエルデンシュトラは細道が多く、横が切りたつ崖になっている場所もある。

 比較的平地の部分を崖を崩すように道路にしたのだろう。その道は曲がりくねり、南の不凍港グローテハーフェンへは距離のわりに時間がかかる。


 ジークフリート少佐とオスカー上級曹長だけが馬に跨り、その左右と前後を四名の徒歩護衛が囲んで進む。

 その後ろに荷物を積んだ幌馬車が続き、さらに最後尾では二名の騎乗兵が警戒を担っていた。


 いつもは情報を纏めてそれを報告するのはハインリヒの役目だが、今回その役目を受け持つのは、オスカー・フェーン上級曹長だ。

 壮年期中盤の上級曹長は、真面目さが滲んでおり、雰囲気はどこかハインリヒ大尉にも似ていた。

 だが、オスカー上級曹長は、業務を離れると私情を挟む会話を好む。


 隊列の中央を走る幌馬車の揺れに合わせて、アンネリーゼの視界も静かに上下していた。

 彼女は、皆がどの様な気持ちを抱えているのかを理解しようと、ゆっくりと視線を巡らせる。


 普段から軍の兵は、どこか感情を切り離したような感じがして、読み取れるものが少ない。

 それでも今回の任務は、それぞれ緊張している様子が見て取れる。

 不自然に浅い息を何度も繰り返す者もいれば、胸いっぱいに吸い込み、しばらく止めてから細く吐き出す者もいる。


 臨時転用した伯爵邸で食事当番をよく任されている、ノエル・アイヒナー二等兵も今回従兵として同行していた。

 彼は普段、人懐こく屈託のない笑顔を向けてくるが、この時は表情が強張り、荷馬車に揺られながら「なんか、胃が痛くなってきたっす……」と苦笑いを浮かべていた。


 アンネリーゼは、その幼さの残る横顔と、胃のあたりをさする様子を心配そうに見つめた。


 隣にいるリオラ曹長は、いつもなら何かと話しかけて場を和まそうとするが、もの憂い気に荷馬車の後方に流れる道を、ぼんやり眺めている。


 それぞれの誤魔化す方法で任務に向き合い、緊張の色は違えど、葛藤を抱えているのだとアンネリーゼは感じた。


 馬車の揺れに合わせて視線を前へ移すと、御者席の男が手綱を巧みに操っているのが見えた。

 そのすぐ前には護衛の兵士が一人歩いており、その先に騎乗したジークフリート少佐がいる。

 アンネリーゼの位置からは、風になびく黒い外套と、いつもと変わらない真っすぐ伸びた隙のない背中だけが見えていた。


(何を思って、何を感じてこの任務を受けたのだろう……)


 ジークフリート少佐の調査に毎回同行し、資料の整理やタラモン関係の通訳や翻訳をしてきた。

 その中で、様々な経験をし、見てきた。

 今回の突如舞い込んだかのように感じられる危険な任務は、軍人でもないアンネリーゼですら、これがただの特使の任務ではないと気が付いているのだ。


(そういう役職だから?)


 半分合っているようでしっくりこない。


 いつも飄々として、微笑を浮かべた余裕のある姿。

 それでも端々に感じる苦しさ。手が付けられないままの朝食。机に乗っている紙の山。普通の人間の感情を知りたい。という時の心を押し込めて隠したような空虚な瞳。ふっと時折みせる孤独がにじみ出る横顔──


 いつも笑っているけれど全然楽しそうじゃない。


 そう思うとアンネリーゼは、自分ごとのように胸の奥がチクリと痛くなる。

 

(あれ……でも、あの時は楽しそうに笑っていた)


 ガタガタと荷馬車の一定のリズムを身体で感じ、あの日の思い出に入り込んでいくと、周りの音は遠ざかって行った──


◇◆◇


「犬?ワン章にぴったりだね」


 一拍の静寂。

 アンネリーゼは意味が分かると、堪えきれず、ゆるく握った拳を口元に添え、クスクスと笑う。

 

「少佐も、他愛のない冗談を言うんですね」


 ハインリヒは咄嗟に顔を誰もいない壁に向けると、わずかに肩を震わせる。

 ジークフリートは何食わぬ顔で答える。


「あはは。あなた失礼だね。フォローしてあげたのになぁ、傷ついちゃった」


 そう言って悲しそうな素振りを見せつつ、肩をすくめて笑った──


◇◆◇

 

 ふふっと小さな思い出し笑いが不意にもれ、それを誰かが聞いていなかったかと心配になり、周囲を見渡した。

 車輪のガタゴトという音が大きいお陰で、それは誰にも聞かれておらず、アンネリーゼはホッと胸をなでおろす。

 そして、先ほどの過去の出来事を再度思い出し、ジークフリート少佐の心理を読み解こうとする。


 少佐はわざと悲しそうな素振りを見せて、無邪気で楽しそうだった。


(私とハインリヒ大尉が楽しそうだったから……?)


 普段ジークフリート少佐を皆が見る時は、高い身分だから仕方の無いことだが、当たり前に非礼のないよう振舞おうとする。

 それに少佐本人が失敗を見せないし、実際見たこともない。だから、他の人も不行き届きのないように、いつも緊張した態度になる。


(少佐に、砕けた態度をとれるわけがない)


 アンネリーゼはそう考え、苦笑し、親しくなんて無理だと眉間に皺を寄せる。


(そういえば……タラモンの青年は結構失礼だった……距離感が近いというか人として対等というか……)

(少佐に”お前”とか言っていたし……)


 そう考えながら墓場の件をアンネリーゼは思いだしていく──


◆◇◆


「お前……本当に嫌いだわ……」


 そう言うと、ダランはそのまま膝を抱え、墓が掘り起こされるのを黙って見ていた。

 

 その呟きを聞いていたジークフリートは、ふふっと笑うと、深く息を吸い込んだ。


 組んでいた腕を解くと、腰に添え、ダランの姿に視線をチラっと移す。

 冷たいと感じさせる銀灰の瞳を、一瞬伏せる。再び顔を上げ、ダランの見つめる先を添うように、視線を流す。

 しばし黙って、噛みしめると、わずかに息を吐き、眉尻を下げて目を細めた。


◆◇◆


 ふぅと短く息を吐くと、記憶の映像から現実世界へと徐々に焦点が合ってくる。


 さっきの記憶の場面では、アンネリーゼは少し離れた場所から二人の様子を見ていた。

 ジークフリート本人は誰も見ていないと思っていたのだろう。普段見せないような顔だったものだから、印象に焼き付いていた。

 彼女の目にはそれがダランの気持ちに共鳴し、ジークフリートも無力感を抱え苦しんでいるように見えていたのだ。


(本心でぶつかってくる相手には同調してしまう?)

(本当は感情が豊なのだろうか……)

(それを抑え込んでいる?もしそうだとしたら──)


 荷馬車が石を踏み、ガタンと揺れた。


 バランスを崩すと、隣のリオラ曹長が身体を少し支えてくれる。

 アンネリーゼは「ありがとうございます」と穏やかに伝えると、いつもの調子が戻ってきたリオラ曹長は、自分の眉間をトントンと示すように軽く叩き「皺、よっちゃってるよー」と朗らかにからかった。


 アンネリーゼは額をさすりながら「考え事をすると”難しい顔をしている”と、よく言われます」肩を揺らし、少し困った素振りで笑いながら返した。


 陽も明けない時刻から出発した行軍も、途中数回の休憩を挟み、いつしか陽は傾き西の空を茜色に染めていた。

 くすんだ色の幌馬車も、その光を受け仄かに赤く色を変えている。

 

 山岳地帯のエルデンシュトラの細道は、気が付けば平坦な道が増えてきていた。

 もうグローテハーフェンとの地域境の検問所は近い──

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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