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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編
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第四十四話 あさぼらけ

 グローテハーフェンへの特使任命を受け、この日、出立を迎えた。

 あたりもまだ暗やむ夜明け前。軍事転用したエルデンシュトラ伯爵邸の馬房付近では、兵士に連れられた馬たちが正面玄関へと移動していた。


 玄関前ではハインリヒが紙束を抱え、荷物の最終確認と点検を行っている。

 すでに長距離移動用に天幕を張った軍用馬車が一台、荷を積んで待機済みだ。くすんだ色味のそれは視認性を下げるものとなっている。

 木製の弓状フレームに帆布を渡した幌は、夜明け前の湿気をやわらかく吸い込み、うっすらと表面を湿らしている。

 荷室には途中の野営に備えた装備も積まれ、乗車予定の四名がギリギリ座れる程度の狭さだ。


 グローテハーフェンへは片道三日かかる。途中、地域境の検問所付近にある兵舎で一泊し、その後は野営となる。


 特使の任で遠征するため、随行者や護衛兵は最小限だ。

 特使の任を受けたジークフリート少佐を筆頭に、護衛兵八名、書記官と通訳を兼ねてアンネリーゼとその補助としてリオラ曹長。荷馬車用の御者一名と従兵二名の編成となっている。


 この数日で一気に夏の終わりが近づき、朝晩は冷えるようになった。陽がまだ登らぬこの時間帯は朝靄が立ち込めている。


 ジークフリート少佐の青毛の愛馬は、霞む空気の中、先頭で静かに待機していた。

 早朝の薄闇に灯るガス灯の光が、額に流れる白い流星と漆黒の馬体に落ち、艶やかに反射している。


 東の山脈はその身を横たえ、藍色の空に黒い影を焼き付けている。

 やがて、どこはかとなく続く空の藍は、山脈の稜線を縁取るように赤みを帯び、その朱はじわりじわりと滲むように広がってゆく。


 東の空から一筋の光が差し込んだ時、伯爵邸の玄関ドアが開き、遠征に向かう人員が出発を待つ馬たちの傍へと姿を見せた。


 今回、通訳と記録係で同行しているアンネリーゼは、リオラ曹長と一緒に荷物用の馬車へと乗り込む。


 普段は朗らかなリオラ曹長の緊張した様子に、アンネリーゼも自然と表情が強張る。

 

 ジークフリート少佐は、ハインリヒ大尉から最終確認の紙を受け取ると、それをなぞる様に視線で追う。


「ハインリヒ。準備ぬかりなくありがとう」

 

 柔和な笑みを添えて書類を返し、ジークフリートは自分の愛馬の元へと歩き出す。

 ハインリヒは無言で敬礼を添え、そのまま動かず、ジークフリートの背を静かに見つめていた。


 待機しているジークフリートの愛馬の隣には、担当の兵が手綱をしっかりと握って待機している。

 近づくと、その兵は無言の敬礼とともに手綱を差し出した。

 ジークフリートはそれを受け取ると、黒く光沢のある馬の首筋を静かになでる。

 鐙に左足をかけ、ふわりと馬の背に乗った。


「じゃぁ、いこうか」


 特段緊張した号令でもなく、飄々と出される出発の合図に、ハインリヒの心は複雑だ。

 いつもの無表情を貼り付け、背筋の伸びた姿勢で敬礼を保ち見送る。

 胸の奥には言葉にも、気持にもしたくない感情が沈んでいた。

 それを正面から認めてしまえば、ただの不吉な兆しに変わってしまいそうで、何も感じないようにするしかなかった──


 特使の一団が出立すると、先ほどまであった人の密度。馬の息遣いと前掻きをする音が消え、その場には沈黙の空気と記憶の幻影が残留する。

 玄関前のガス灯の明かりは、朝日の光量に飲まれ、次第に消えていった──


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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