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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編
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第四十一話 認められない

 ヴァルディナ帝国──その政の中枢に座するは、ジギスムント・フォン・グラーフェ宰相。

 皇帝のすぐ傍ら、城の中心に政務室を構え、いまや帝国随一の権謀術数家としてその名を知られる。


 三十年前、皇帝陛下が皇子だった時代──

 冬の門作戦では本来帝国の意向として、背後の憂いを断つためにタラモン族の根絶を求められていた。

 だが、作戦途中で戦地のマグナー殿下から『根絶を望まず。圧政による統治をもって代えよ。統治を担うに相応しき人物を帝都より選び、遣わせ』との親書が届き、意向をくんで帝都の中枢で走り回って尽力したのは。ジギスムント宰相だ。


 当時まだ、政務次官だったジギスムントにとってはかなりの負担だった。

 それでも『これをやり切れば、マグナー殿下もお認めになられる』との思いで必死に駆けずり回った。

 人脈を駆使し、心無い圧政が得意な貴族をあたり、地方であるエルデンシュトラの統治を依頼して回ったのだ。

 

 だが、どうだろう。

 あれほど尽力したにもかかわらず、いつになってもマグナー陛下はジギスムントを信頼することはなかった。

 最後はいつも、公爵のアウグスト元帥を頼る。


 それがジギスムント宰相には我慢ならなかった。


「私の貢献があってこそだというのに……」


 皇帝陛下には正式な後継がいない。

 ジギスムント宰相には密かな野心があった。

 現皇帝のマグナー陛下が崩御すれば必ずや混乱が訪れる。

 その時、自分がうまく立ち回れば『この男こそ皇帝の玉座に相応しい』と誰もが認めるだろう。


 そのための裏工作も、着々と進めてきた。


「私は評価されるだけのことをしてきた」


 そう、独りごちると、口元の口角が自然とあがる。


 その時ドアをノックする音が、政務室に響く。


 入ってきたのはジギスムント宰相の秘書ヨハン・ツェルナーだ。どこか他人事のような無関心さを漂わせるが、職務は過不足なくこなす男だ。


「グローテハーフェンのユリウス侯爵より、親書が届いています」


 無機質な口調でそう言うと、ヨハンは宰相の机に親書を静かに置く。

 用件を終えたとばかりに、興味なさげに窓の外を眺め始めた。


 ジギスムント宰相は、羽ペンを長年握りつづけてできたタコの残る筋張った手で、机上の親書を攫うように受け取る。

 鎖の先にぶら下がった単眼鏡を拾い上げ、目元にあてがった。

 その苦労が沁み込んだ指先で、硝子の縁を軽く押さえると文面を追う。

 次第に険しかった顔色から、ゆっくりと喜色が滲みはじめ、口元に薄く弧を描いた。


(アウグスト……お前が抱えた罪は重いぞ)


 宰相が親書を読んでいる間、下がれともなんとも言われないので、ヨハンはぼんやりと待機したままだ。

 彼は口の中で小さく欠伸を噛み殺し、つまらなそうに宰相の背後の窓へと目をやる。


 大きなゴシック調の窓の頂部には、石の細工で描かれたクローバー模様があり、そこから下は大きな十字が窓を分割している。

 ランタンとシャンデリアから漏れ出す光が、室外のバルコニーへ十字の影を落としている。

 ヨハンは先ほどの欠伸で出た、目じりの涙をこすりながら、クローバーから覗く月をみる。


(あっ綺麗な三日月……いい詩が浮かびそうだ……)


 そう考えると虚ろに窓の外の月を眺め続け、時折薄く笑みを浮かべる。


 ジギスムント宰相がふと顔を上げると、ヨハンが窓の外を見ながら、どこかニヤついたような、ぼんやりした表情を浮かべていた。

 その様子に、ジギスムント宰相は得体の知れぬ不気味さを覚える。


(……本当にやる気があるのか、こいつは)


 大きなため息が自然に出てしまう。

 ヨハンはジギスムント宰相の妻の甥で、彼の事をぞんざいに扱えない。

 だが、どんなに自分が必死でも、何ひとつ分かろうとしないその鈍感さが、宰相をさらに苛立たせる。


 宰相から出された不必要に大きな咳払いが、室内に短く響く。

 ヨハンは窓へやってた視線を宰相に戻し、彼の苛立つ態度にため息を短くこぼす。


(毎日毎日苛ついて、かわいそ)


「ジギスムント宰相。まだ用事、ありますか?」


 そんなヨハンを見る事もなく宰相は「もういい」とだけ答えた。

 せわしなく引き出しをあけ、親書用の羊皮紙を机に広げる。

 羽ペンの先を布で軽く拭い、指先で角度を確かめるとインク壺へと差し込み、すぐさま書き始めた。


 ヨハンは踵を返し、優雅にドアへと向かう。


(待ってて損しちゃった。もっと早く聞けばよかったな)

(でも、月が綺麗だったから、まぁいいか)


 ドアの前で一礼し、よくできた詩を思い出し、にやける顔を隠そうともせず部屋を出て行った。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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