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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編
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第三十九話 隠し通した業

第三部 グローテハーフェン編

 ヴァルディナ帝国の帝都イーゼンブルク。その中心に黒い城がある。

 城の敷地内の軍区画にはゴシック様式の帝国軍本院があり、その漆黒の建物は、この地の秩序に杭打つようにそびえ立っている。

 その中枢の元帥執政室では、帝国軍元帥アウグストがジークフリート少佐からの報告書を見ていた。


***


 帝国軍元帥 

 アウグスト・フォン・アイゼンブルク 閣下


 件の人工硝石の密輸先について。

 伯爵邸北部にて、古い資料を保存している倉庫を発見。

 当該倉庫に保管されていた資料より、以下の事実を確認。


 人工硝石の製作所建設において、工事費用の大半は補助金により充当。その出資元は不明。


 別資料にて、テレーゼ家三姉妹のグローテハーフェン返還と関連した不審点あり。

 三姉妹返還同時期に、エルデンシュトラ統治伯爵貴族が、中央に無断でグローテハーフェンの港を利用開始。

 また、補助金が入り出した時期とも完全に一致。


 人道回帰目的の捕虜の返還を名目に、密約を交わした線が濃厚。調査中。


 必要に応じて報告を追加する。


 以上。


 第十三特務大隊 帝国陸軍少佐

 ジークフリート・フォン・アイゼンブルク


***


 アウグストは報告書を閉じ、沈黙のまま指先で封蝋を撫でた。

 息子の名を読み、署名の筆跡を見ても、そこに『息子』の痕跡はなかった。

 あるのは、任務を全うする一人の将校の文字だけだった。


 無機質な報告書を丁寧に折りたたむと、封筒へ戻し、それをしまおうと引き出しを開ける。

 引き出しの奥。百合の刻印に黒曜石が埋め込まれた小さな銀の鍵に、視線を合わせるとアウグストは深くため息をついた。


 ジークフリートは報告書にテレーゼ家の名前を入れた。

 それは、ジークフリートからの『俺はもうこの件を、隠すつもりはない』という意思表示だろう。

 あの伯爵邸に残っているテレーゼ家にまつわる文献が、どの様な内容かアウグストには分からない。

 それでも、アウグストは、三姉妹があの伯爵邸に幽閉されていたことは知っていた。

 そして、その三姉妹の長女クラウディア・フォン・テレーゼが、ジークフリートの母であることも、当然、知っている事実だ。


 エルデンシュトラ平定の任に、ジークフリート自ら名乗りを上げた時、きっと今までの状態ではいられなくなるだろうことは分かっていた。

 ジークフリートは名前しか知らない自分の母親の、出自を知り、境遇を知る。

 そうなった時、歪な親子の決別を選ぶだろうと感じていた。

 覚悟はしていたつもりだが、いざその時がくると、かみ砕けない想いがある。


(ジークはもう、真実を隠すつもりはないのだな)


 それは、お互い言わないことで守ってきた親子関係の断絶を示す。


 アウグストの目から見てジークフリートは聡明だ。ずっと気がついていただろうことは、分かっていた。

 それでも気が付いていない。という体にしていた。

 アウグストから真実を告げることは出来ない。

 それは皇帝陛下との誓いでもあり、ジークフリートに対して芽生えてはいけない情でもあった。


(陛下が託された命を、私が穢すわけにはいかぬ。……それが私の”業”だ……)


 夏のこの時期は、暖炉に火は灯らない。灰も全て綺麗に取り払われ沈黙している。

 その冷たい暖炉の上にはブラッドストーンで縁取られた、ヴァルディナ帝国の黒鷲の紋があり、アウグストはそれをしばらく見つめた。


(ジークフリートを息子として愛してしまえば、それはあの方への裏切りになる)

(陛下が願っても出来ぬことを、私がしてはならない)


 それでも日々成長していくジークフリートを見守るうちに、情を抱いてしまう。

 そして成果を上げる度、誇らしくも思ってしまう。

 そんな滲み出てしまう感情が、アウグスト自身を苦しめていた。


 まだ、その時ではないと隠し続けた親子の真実。

 それはアウグスト自身、手放す時期を見定めるのに躊躇していたのかもしれない。


 クラウディア関係の書類は全て伏せられている。

 それは帝国中枢に近ければ近い者にとって、触れてはならぬ領域とされた。

 きっと今までもジークフリートは自分で調べたであろう。

 だが、いくらクラウディアについて調べたとしても、何も見つからなかったのは意図的に伏せられているからだ。


 クラウディアが産んだジークフリートは、彼女の懐妊が分かった時点で隠さなければならない存在だった。

 だが、中枢に近しいものは懐疑の目を向け、ゆくゆく波乱の芽になる存在は潰すべきと、幾度となく命を狙われた。

 狙われれば狙われるほど、アウグストは守るため隠した。そしてジークフリートは孤立していく。


 生まれた時から重い宿命を背負い、その宿命の真実さえ誰にも語られることなく、その器だけを大切に守られる。

 そして、代償だけを払い続ける運命を強いられた。


 中に宿る心を想い、如何ほどの孤独があったかと顧みれば、申し訳なさが募る。

 どうしたら良かったのかという後悔が押し寄せ、アウグストは深くため息を吐く。


(本当の息子だったならば……どれほど……)


 幾度となく押し寄せた不敬な願いは、腹の底に仕舞い込み、先ほど手紙をしまった引き出しを静かに開けた。

 ジークフリートからの報告書と、百合の刻印と黒曜石が埋められた小さな銀の鍵を見つめ、目を閉じる。

 瞼に残ったその残像を焼き付けるように、そのままアウグストはしばし沈黙した──


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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