第四話 冬の門作戦
太陽は西の稜線へとむかい、その身を沈めようとする中、本日二度目の元帥の部屋に辿り着く。
扉をノックし、中からの返事を確認すると、重厚なドアを開けジークフリートは敬礼をし「失礼します」とその身を室内へと移す。
休憩中だったのだろうか、アウグスト元帥は窓辺に立っており、窓の外を眺めているようだった。
茜色の斜光を受け、その影は室内に長く伸びている。
逆光でその表情を伺い知れないが、ジークフリートが来た意味を感じているようだった。
責任や覚悟をその一身に背負った姿は、眩しくともどこか遠い存在にも見える。
ジークフリートが軍事資料室で見つけた違和感。
そして、元帥である彼は知っているはず。そう確信して言葉にする。
「冬の門作戦における、タラモン族との交戦の詳細を確認しに来ました。」
ジークフリートが業務的に口にすると、窓への視線はそのままにアウグストは「そうか」と短く答えた。
ゆっくりとジークフリートに視線を合わせると、中央に置かれている応接用のソファとテーブルに目配せする。
ソファの革が低く軋み、音は空気に吸い込まれ二人は対面するように腰をかける。
そして、アウグストは、過去を思い出すように話し始めた──
「不凍港グローテハーフェンは、お前も知っての通り、この国にとっての要所だ。」
──約三十数年ほど前までは、不凍港のグローテハーフェンは他国が支配する地域だった。その地を手に入れられるかどうかは国の明暗が分かれる。
冬季間交易が制限される状態を、打開する意味を持つ、グローテハーフェン侵攻──通称『冬の門作戦』
グローテハーフェンへ行くには、山岳地帯を通る必要がある。
その山岳地帯こそが『エルデンシュトラ』タラモンの一族が住む地。
「作戦途中のエルデンシュトラ制圧は、崇高な戦士の一族である、タラモンによって苦戦を強いられていた。」
「戦況が動かないことに業を煮やした当時の皇帝陛下が、皇子だったマグナー陛下に、エルデンシュトラ制圧の任を与えた」
「マグナー陛下は当時から、大陸一と名高い鮮やかな剣技と、鋭い戦況の読みを持っていらした。」
「それまでの苦戦が嘘のように状況が変わり、制圧目前となったが……この作戦にはもうひとつの任務があった……」
ジークフリートは眉をひそめ、低く問う。
「もうひとつ?」
アウグストはその深緑の瞳でジークフリートの内面を測るように視線を一瞬固定した後、静かに言葉を出す。
「タラモン一族を根絶やしにする任務だ」
ジークフリートの顰めた眉は、よりいっそう深くなるがそれも思考の波に消えていく。
(タラモン一族の勇敢さが、制圧後の反乱への危険因子と取られたという事か……)
ジークフリートはそう考えながら、胸糞の悪さを感じる。それでも銀色の瞳は感情を映さず、冷たく光ったままだった。
ふっと息を漏らすとアウグストは続ける。
「だが、結果は根絶やしにするのではなく、圧政を強いる貴族を配属する事で、統治するに至った。」
ジークフリートは、日中に調べた資料とアウグスト元帥の言葉を照らし合わせ、思考を組み立てていく。
一族が半減しているという事実。
つまり、根絶やしは途中まで遂行され、作戦が途中で変わった。
一切の感情はなく、事実を確認するように言葉に出す。
「なぜ、途中で作戦を変えることに?」
淡々とするジークフリートの様子にアウグストは矛盾した感情を抱く。
軍人としては任務を遂行するのに、情は不要な感情だ。だが親としては……。
(ジークが選ぶ事だ……私の考えを挟んではならない)
そして、この先を話す事はジークフリートにどう影響するのかを考え、言葉を選ぶ様に口にする。
「当時皇子だったマグナー陛下は、人道に反する行いを、悩んでおられた。」
「そして、冬の門作戦にはタラモン語の通訳として、お前の指南役をしていたマティアスも同行していた。」
アウグストは深く腰をかけていた姿勢を前にし、手を膝の上で組むとその指先を見つめる。
「根絶やしを回避する為に、マティアスから出された案のひとつがさっきの通りだ。」
「通常の統治では、根絶やしの命令を回避出来ない事は明白だった」
重く息を吐くと、アウグスト元帥の表情は険しくなり、しばしの沈黙が訪れる……。
それは──”救済の顔をした地獄"だったのかもしれない。
深緑の瞳はジークフリートの覚悟を確認するかのように向けられる。
「タラモンの一族にとって我々は、恨んでも恨みきれない程の相手であろう」
アウグストが語った内容を、ジークフリートは精査する。
(皇子だった時代の皇帝陛下は、まだ家臣の言葉に耳を貸す人心があった……)
(タラモンの一族は抹消を免れたが、人道的扱いを受けていない)
(自治を奪われ、言語や文化を圧殺され、圧政を強いる貴族の私欲によって生かされる)
そこまで考え、現在の現地がどうなっているのかを想像していく。その思考とは別に情報の組み立ても怠らない。
これを選んだのが軍ではなく、“言語学者マティアス”だった事。つまり、『最も理性的な立場の人間が、最も残酷な手段を選ばざるを得なかった』という事実。
どれほど現地が過酷だったかを如実に語っている。
(策を考えておかないといけないな……)
そこまで整理し終えるとジークフリートは、いつもの飄々とした態度に変わる。
「で、それを俺に話す事を戸惑ったのは、知るとタラモンの一族に情が芽生えて、判断が鈍るとでも思ったのかな」
「軍人に情は不要だと教え込んだのは、あなたなのに」
他にも思惑があるのだろう?と問い詰める様な銀の瞳は、背筋が凍るほどに冷たい。
だがそれを受け止めるアウグストもまた、戦火に鍛えられた軍人。
その姿勢が崩れる事はない。
「要らぬ心配だったな」と短く答える。
話せる内容は全部話したという現れなのだろう。
アウグストは立ち上がり執務用の机に向かう。
ジークフリートもまた、明後日の出兵に間に合うよう、やる事が山積みだ。
ひとつの事に囚われている暇などない。
「まあ、いいや、確認したい事は知れたから。」
そう言いながらソファから立ち上がり敬礼すると、出口へ向けて脚を進める。
ジークフリートの背を目で追いながらアウグストは深くため息をつく。
(……また私は見守る事しかできないのか)
出ていく後ろ姿から、書類に目を落とし自らの職務を全うしていく。
目の端に映るジークフリートは一礼をし、部屋を後にする……。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。




