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黒の矜持  作者: 川端マレ
第二部 エルデンシュトラ編
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第三十三話 同じ罰

 朝から始まっていた会談は長引き、陽は真上を目指して昇っていく、外は暖かさを増していくが、議場には冷えた空気と緊張が満ちていた。


 帝国側から出された提案を、一方的に受け入れる形になったタラモンの参加者たちの顔には、諦念と疲れが滲んでいる。

 だが、実質的には今までの扱いよりも、格段に人としての尊厳を守られる形になっているのは、せめてもの救いだろう。

 しかし、タラモンの長達の中には、今回自分たちが出した苦渋の決断を、守ってくれるのだろうか?と不安に思う者もいた。


 特に中央に対して強硬な意見を隠さない西の長老は、今回の人道的な転換に対しても、疑いの目を向けていた。

 彼は、折れない精神と誇り高きタラモンの血を崇拝している。このまま言いなりのように、帝国の意見を飲むことはどうにも納得ができない。

 喉奥で咳払いをひとつ入れると、その音に皆の視線が自然と集まる。

 そして、他の長老たちに警鐘を鳴らすよう、不安要素を指摘した。


「帝国は、”たかが少佐の言ったことだ”と、途中で態度を変えるやもしれんぞ」


 その言葉に、他の長老たちは『確かに……』『今までの事を考えれば……』そんな思いがどうしても拭えず、不安を隠しきれなかった。

 

 ダランは長老たちのそんな様子を見て取ると、ジークフリートに視線を合わせて問う。


「今回締結された内容が、きちんと果たされるという確証が欲しい」


 その言葉にジークフリートは眉をひょいっと上げ、小さく笑うと、隣のハインリヒに目配せをする。

 ハインリヒは紙束から数枚の羊皮紙を少佐に差し出した。

 ジークフリートは受け取った羊皮紙の角を左手で押さえると、右手でペリッとめくり要点だけ素早く追った。

 ひと通り確認し終えると、指先で軽く紙面をなぞり角を揃え、軽快に答える。


「確かにね?」

「俺も、あなた達も、互いに信用ならんのが本心だろう」


 手元にある紙束から一枚の羊皮紙を抜き出すと、タラモン側に差し出し、続けて話していく。


「今日、会談で話し合われた内容は、後日あらためて締結書としてまとめる。その調印式の日程もこの書類に記してある」


 ダランは受け取った羊皮紙に視線を落とす。そこには次回会談の申請と、会談内容の概要が簡潔に記されていた。

 必要な要点だけをざっと目で追い、書かれている内容の全容をつかむ。

 だが、正確な確認は自分よりも長老の判断が必要だと考え、すぐに隣のブレンナへと羊皮紙を手渡した。

 その上で、ダランはジークフリートにさらに問いかける。


「その締結書の効力はどれくらいだ?アイゼンブルク少佐の一存だと、正直不安がある」


 ジークフリートはその言葉を、侮辱とも感じていないようで、普段と変わらぬ調子で答えた。


「一存なわけないでしょう?仮にそうだとしても、ヴァルディナ帝国は軍事権力が強く、家名と実力主義だ」

「俺の判断を止められる官僚や上官はそういない」

「単独で止められるとしたら、皇帝陛下が俺の首をはねるくらいだ。あはは」

「まぁ、皇帝陛下が締結内容を覆した場合、その時はあなた達もあきらめて?」


 ジークフリートはそう言い、両肘を机に置き、楽し気にその場の空気を眺めている。


 隣で無表情のまま、会議の記録をつけているハインリヒだったが、筆を持つ手に力がわずかにこもっていた。

 時折、文字の途中で筆が止まり、インクがじわりと滲む。

 そのインク溜まりが、彼の内心の波立ちを静かに物語っているようだった。


 日が真上を過ぎたころ、朝から始まっていた会談は、後日締結書の調印をもっての合意で終了した。


 帝国の黒の一団は、テーブルに出されていた資料を手際よく片付けると、ナーヴァル議会の会場を後にする。

 

 タラモンの長達は誰一人として動かず、疲労を滲ませ室内にとどまっていた。

 その中で一人、ダランは無言で席を立ち、帝国の一団を追いかけるように出て行った──


 ジークフリートたちは、繋ぎ場にいる馬の鞍を整え、帰り支度をしていた。

 馬が短く鼻を鳴らし、首を小さく振る。口元の金具がカシャカシャと鳴り、聴き慣れた音が空気に溶ける。

 そこへダランが姿を現すと、彼は一団の視界に入る位置で、ためらうように足を止めた。

 その視線に気が付いたジークフリートは手を止め、ダランに振り向く。

 

 ダランは唇を噛んだ後、決心し、ジークフリートに声をかけた。


「通訳の彼女に会って、謝りたいんだ」


 ジークフリートは小さく眉を上げ、ダランの様子を確認したのち、彼がなぜそう思っているのか考える。

 そして冷ややかに言葉にする。


「彼女が会える状態なら良いんだけどね」


 ダランはその言葉に目を開き驚いた表情を浮かべると、そのまま視線を下げ俯き考える。

 少しの間のあと決意し、視線をあげるとジークフリートの目を力強くみて問いかける。


「それなら教えてくれ、彼女は今どうなっているのか」

「……俺は、彼女が受けた罰に見合う罰を受けるつもりだ」


 ジークフリートは一瞬目を細めダランを見据えた後、冷えた笑顔のまま、まるで他人事のように眺め、明らかに試すような口ぶりで話し始める。


「さぁ?彼女が今どうなっているのか、俺は分からないな」

「昨晩”指示”を出し、”処置”された。それ以上は知らない」

 

(昨晩、医者に診せるように”指示”をし、”処置”を受けさせたから、今頃彼女はよくなってるんじゃないかなぁ)


 そう考えながら、ジークフリートはダランを見ると、彼の顔が青ざめていき表情が険しくなっていくのが見て取れる。


 ダランの表情は、早送りの空模様のようにめまぐるしく変わっていく。

 眉間に深く皺が寄ったかと思えば、ふと首を傾げて『いや……待てよ……』と考え込む。

 目を固く瞑り、しばらくしてからそっと開くと、思考の糸をたどり、視線は斜め上へとさまよった。

 そして口の中で、ひとりブツブツ呟いている。

 とにかく、色々想像しているようだ。

 その様子を見てジークフリートは、楽しそうに観察している。


(どんな想像をしているんだろう)

(まぁ、罰を受けたと思っていてくれた方が、こっちには都合がいいんだけどな)


 アンネリーゼを風邪の状態で出すよりも、ジークフリートがその欠員分を補う方が得策だと判断し、彼女を欠席させた。

 風邪での欠席は相手にとって『風邪ごときで』と思われる可能性もある。

 こちらの都合の悪い情報を、相手に悟らせないように対談を進めるのが、ジークフリートのやり方だ。


(嘘は言っていない)


 くすっと笑うと、ジークフリートは悪びれた様子もなく、腕組みをし静かにその様子を眺めている。


 ダランは帝国がする『指示』『処置』に想像を膨らませる。

 拳を握り、唇を噛みしめる。

 今までの経験で彼は、どれほど帝国が恐ろしいか、骨の髄まで思い知らされているのだ。


(きっと酷いことを……)


 彼女の勝手な善意かもしれない。それでもきっかけを作ってしまったのは自分だ。


「俺が未熟だったから、あの女は処罰されたんだろ」

「あいつが勝手に優しさ向けてきただけだけど……受け取った恩を返さないのは気持ちが悪いからな」


 ジークフリートはそんなダランの言葉に『なんとも律儀だねぇ』と口の中で小さく笑みを漏らす。

 そんな自分の態度を俯瞰してみている自分を感じると、ふっと瞳の温度が下がり、胸の奥に虚無が満ちた。

 そのまま無感情な視線をダランへ向けると、彼の無垢な想いが伝搬し、現実へと焦点が戻ってくる。

 

(見合う罰か)


 独白で今現在を認識し、一瞬考えると組んでいた腕をほどき、腰元のサーベルの帯に軽く親指をかけた。

 ベルトの金具が小さくカチャと鳴る。


「だからあなたは、見合う罰を受けるつもりで俺に声をかけたのか」

「じゃあ願いどおり、俺があなたを処罰するよ」


 そう言うとジークフリートは、ふっと表情を消し、ダランへ歩み寄る。


 物理的な距離が近づく事で、ダランは一瞬肩を震わすが、拳を握りしめジークフリートを見ている。


 ジークフリートは人二人分あけて、ダランの前へ立つ。

 アンネリーゼがこの件で規律を乱し謝罪に来た時、彼女に言った言葉をそのままダランに告げ、罰を与える。


「軽率な行動をすれば、あなたを処罰しなければいけなくなる」

「それが大事に至ったら、あなたはその代償を命で支払う事になる」

「気を付けて?」


「これであなたは、彼女と同じ罰を受けた」


 ジークフリートはダランに彼女と同じ罰を与えると、他人事のように肩をすくめた。

 そのまま踵を返すと、ダランを横目で確認したのち、馬の方へ歩いていく。


 ダランは罰の意味を噛み砕けず、眉間に皺を寄せたまま歩く後ろ姿を見つめ、その場に立ち尽くしていた。


(これが罰……?)

(言葉での罰で済んだのなら、来られない理由は、大きな怪我でも投獄でもない……)

(まさか、通訳なんて最初からいなかった?)


 ダランは思考の中で疑った気持ちをぶつけるように、一歩足を出し詰め寄ると、土がザリっと音をたてる。


「じゃあ通訳はどうして会談に来なかった?嘘ついたのかお前?」


 ダランはじっとジークフリートを睨みつけた。

 その目には怒りと疑いが交じり合い、しばし沈黙が落ちる。


 ジークフリートは声に反応し、足を止める。


(重大な罰だと思ってくれたままが良かったんだけどな)


 そう思うも、このままダランの真っすぐさを利用しても、そんなに効果はないだろうと判断し、振り向くと、軽快に笑いながら答える。


「彼女は風邪で寝ているんじゃないかな?」


 ダランは目を丸くして口を半開きにしたまま、ぽかんとジークフリートを見つめる。


(……風邪?)


 意味が分からず、言葉がすぐには出てこない。

 無意識に吸った息は胸の中に留まり、ひととき思考に捕らわれる。

 そして、吐かれた呼吸と同時に「……は?」と、自分でも信じられないほど間抜けな声となって出てきた。


 ダランの中についさっきまであった緊張が、冗談のようにしぼんでいく。

 風邪だったのならひどい事になっていないようで良かった。という気持ちと、風邪で会談を欠席したのか……という気持ちが奇妙な同居をしていた。


 ジークフリートは、そんなダランの反応をおかしそうに見つめ、微笑んだ。


「風邪で感傷的になっている人間を、公式の会談に参加はさせられないからね」


 馬の傍につくと首をひと撫でし、鞍の位置を静かに整え、手綱を左手に纏め話を続ける。


「俺は一度も嘘はついていない」

「通訳の彼女は"来られない事情"が出来た。と言ったはずだ」

「勝手に勘違いしたのはあなただ。会談がうまく行って良かったでしょう?」

「会談が行われていなければ、あなた達の運命は過酷になっていたんだから」


 ジークフリートの言葉を聞いて、ダランは目を丸くしたまま呆然と立ち尽くしていた。

 その姿を一瞥したジークフリートは、左足を鐙にかけ、ゆっくりと馬の背にまたがる。

 

 馬上から改めてダランを見ると、ジークフリートは小さくため息をついた。

(相手が憎いなら、自分が強くなるしかないんだよ)

 

 ふっと皮肉を含んだ笑顔へと変わり、捨て台詞を投げる。


「あなたはタラモンの苦労を背負って、頑張ってね?」


 ニコニコと笑いながら、ジークフリートはそのまま去っていった。


 ダランは立ち尽くしたまま、ジークフリートの背を見送った。


(……なんだよ、結局こっちが勝手に勘違いしたって言いたいのか)

(そもそも、あいつの言い方が悪い)


 そうダランはジークフリートのせいにするが、彼がいなかったら、会談は開かれてもいなかっただろう。

 その場合、タラモンの民達には発言権もなく、帝国の通達を無条件に飲むしか無かった。

 そう分かってはいても、すぐには納得できないのも人間だ。


 ジークフリートが去った後、ダランは何もない床を見つめたまま、小さく呟いた。


「やっぱりあいつ……嫌いだ」


 その声には、どうしようもない苛立ちと、ほんのわずかな羨望が混じっていた。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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