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黒の矜持  作者: 川端マレ
第二部 エルデンシュトラ編
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第三十一話 自己犠牲

 夜の帳が降りると、風さえも言葉を慎むように静かになった。

 隊の拠点として臨時転用した屋敷に響くのは、規則正しく踏みしめられる軍靴の音だけだ。


 その屋敷の二階、南の角の執務室では、ジークフリートが明日のナーヴァル議会の資料を整理していた。


 無骨な鉄製のランタンに灯る小さな炎が、机の書類を黄色く照らし、ジークフリートの黒髪から作られる影が顔に落ちている。


 そんな静かな執務室にコンコンと音がし、返事を返すと、リオラ曹長が敬礼を添えて入室した。


 少佐に直接会いに来るのは、軍の階級を考えれば異例だ。何より、彼女はジークフリートを苦手としている。


 ジークフリートはリオラ曹長の姿を確認すると、議会の資料を横によけて、わずかに椅子に寄りかかり視線を預けた。


「珍しいね」


 短く言うと、様子をうかがうその目には、どこか探るような色が混じる。


 リオラ曹長は、そういった少佐の探りを入れる態度が心地悪く、用件だけを手短に告げる。


「通訳官、アンネリーゼが体調を崩したので、報告に参りました」


 ジークフリートは一瞬眉間に皺を寄せた後、まるで些事にしか思っていないというように短く笑う。


(本来は文官だからな、無理しすぎたか)

(まぁこんなものだろうな)


「彼女は客室かな?」


 そう言うと、椅子から立ち上がり、リオラ曹長を伴って執務室から出た──

 

 アンネリーゼの居る客室へ入るなり、ジークフリートは彼女の様子を見て、愉快そうに声をかける。


「これはひどい顔だ。あはは」


 からかい交じりに失礼な言葉を投げつけるが、それすらもアンネリーゼは、気にする余裕はないようだ。


 彼女の顔は高熱で赤くなり、ミルクティー色の前髪は横に流れ、汗で額にくっついている。


 ジークフリートは観察をした後、短く断りを入れる。


「失礼」


 そう言って彼女の口を開かせ、喉奥まで確認した。

 さらに、アンネリーゼの頸動脈に触れ、しばらく拍動を計ると、下まぶたの裏を観察する。


(疲れからの発熱かな……)


「医者には診せた?」


 アンネリーゼは高熱でぼんやりとした表情で首を振る。


「……お医者様には……まだです」


 それを聞くとジークフリートは、近くで待機しているリオラ曹長へ振り向き、落ち着いた声で指示を出す。


「軍医を呼んで診てもらって」


「承知しました」


 そのままリオラ曹長は敬礼をし、退出する。


 アンネリーゼは高熱で苦しげな息の中で謝罪をする。


「ご迷惑をおかけして……すみません。明日の会談には必ず……」


 ジークフリートは興味があるのかないのか、曖昧な笑みを浮かべて静かに話す。


「あぁ、その事だけど、あなたは明日の会談に参加しなくていい」

「高熱で感傷的になりやすい人間を、公式の会談に出席させるわけにはいかない」


 アンネリーゼは辛い身体を起き上がらせて願い出る。


「それでは、通訳で来た意味が……!」

 

 まるで他人事のように肩をすくめると、彼女の意思を挫くように言葉を並べていく。


「通訳としての役目は、帝国が通訳を”わざわざ”用意したというだけで7割は完了している」

「あなたの役割はもう終わった」

「会談がうまく行くか、どうなろうがあなたには関係ない」


 言い切った後、ジークフリートの視線が彼女の顔を捉えた。

 いつもよりどこか温かみのある視線を送り、声色柔らかく口を開く。


「じゃ、お大事に」


 そう笑顔で告げると、ジークフリートは出て行った──


 パタンとドアの閉まる音が耳に残る。

 孤独感と熱に包まれた部屋で、アンネリーゼは瞼に腕を乗せた。瞼に伝わる腕の重さで目の奥の拍動を感じる。


 ジークフリートの言葉に自分自身ではなく、ただの名目としてだけ役に立っていたのかと、これまでの全てが否定されたようで苦しくなる。


 だが、それと同時に、もしジークフリートが『無理なら会談は欠席して良い』という態度でいたなら……


 きっとアンネリーゼは、熱が下がらなくても出ただろう。

 

 健常時よりも、判断や集中力が落ちている状態で出席することになる。

 無理を通して出席するのは、アンネリーゼの自己満足。

 そして、それを許すのは、不測の事態に対応できない、上官の能力の限界を示すもの。


 アンネリーゼは、お墓の件からずっとうまく行かない事ばかりだ。

 それでも自分が後ろ向きになれば、他の人に心配をかけてしまう。


(まずは治す。他の事を今は考えない)


 そう考えながら、瞼を閉じると熱で出てくる涙が目じりに浮かぶ。それをタオルで拭うとそのまま眠りについた──


 執務室に戻る廊下でジークフリートは、明日の会談について考えていた。


 正直、通訳を会談に参加させられないのは痛手だ。だが、発熱状態だと精神状態も脆弱になっているだろう。その状態で会談に参加させることはリスクのほうが大きい。


(簡単な聞き取りなら俺でもできるが、どうしたものか……)


 幼少の頃ジークフリートは、アンネリーゼの父の言語学者マティアスから様々な教育を受けていた。

 そのため簡単な聞き取りはできる。

 だが、知的好奇心のひとつとしてタラモン語を習ったため、話すことは出来ない。


 大きくため息をつくと、廊下を足早に歩いていく。


 その間も明日の議会のシミュレーションを行い、立てられる策を考えていた──

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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