第二十八話 自己嫌悪
空は茜色をわずかに西の空に残し、辺りは濃い藍色に染まってゆく。
暗くなり始めた窓の外では、兵士たちが任務の交代で、入れ替わりの作業を行っている。
アンネリーゼは二階客室の窓辺の椅子から、遠くに見えるその様子をぼんやりと眺め、ため息をこぼす。
墓場の記録調査から戻る道中、リオラ曹長が気を使って励ましてくれていた。
だが、それすらも申し訳なく感じてしまい、自分自身への嫌悪感が胸に重くのしかかる。
現在、同室のリオラ曹長は、所属する分隊の軍会議でまだ戻ってきていない。
一人客室で、今日の墓場での出来事をアンネリーゼは思いだしていた──
◇◆◇
墓場でスコップを握って墓を掘り起こした瞬間。怒った顔のタラモンの青年が叫んだ。
『なにしてんだ!お前ら』
その時の、怒りに満ちた声の圧。
軽蔑と拒絶を宿した目の温度が、脳裏に焼き付いている。
血が流れてしまいかねない恐怖で、咄嗟にとったアンネリーゼの行動。
『お墓を掘っています。ごめんなさい。本当にごめんなさい』
そして、アイゼンブルク少佐から発せられる冷たい声。
『勝手に謝らないで?』
◇◆◇
その三つの言葉がぐるぐると、頭の中を順番に巡って再生されていく。
じわっと出てきた涙は、これまで必死に堪えていた分、決壊してしまうと止まってくれない。
「……ふぇ……うっ」
嗚咽が情けなく室内に響いてしまうが、どうしようもできない。
軍人ではなく通訳という役職でも、軍に同行しているならば、アンネリーゼのやった事は規律違反だ。
でも、目の前で人が切られそうになっているのを、ただ見ているだけは出来なかった。
(私がここにいることは役目を果たすどころか、規律を乱している……)
そう思うと不甲斐なく、涙がいっそう零れだす。自分の耳に残る泣き声が情けない。
(自分でここに来るっていったのに)
何も出来ていない。
(認めてもらいたいって言ったのに)
余計な事をしてしまった。
(逃げ出したい……帰りたい……)
そのどれもが本心だ。
帝国とタラモンの人達の、架け橋になりたくて来ている。
声を伝えられずにいる人たちの声を、届けるために来ている。
だが実際、エルデンシュトラに来て通訳として活躍できた場面は、住人の罵詈雑言を通訳しただけだった……
ひとしきり泣いた後、頭がぼーっとして痛い。
涙は止まったが、しゃくりあげる呼吸は止まらず、定期的に「ヒック……」と音だけが室内に残る。
憔悴しきった表情のまま、うつろに外を眺める。
遠くに見える兵士達は、それぞれの持ち場で門兵をしていたり、何かを運んでいたり役目を果たしている。
(私は、何の役にも立ってない……)
ふと今日の墓場での出来事を思い出す。
それはタラモンの青年の言葉だ──
◇◆◇
『もしあの時、根絶が選択されていたら、俺は生まれていなかった』
『でも、生きているだけで苦しい今で、よかったのかって思うんだ』
◇◆◇
タラモンの青年も悩んでいた。
どうしたら良いのかと悩んでいる。
必死に生きているから悩んでいる。
悩みつつもみんな、その中で最善を選ぼうと考えて先に進もうとしている。
(その後、アイゼンブルク少佐はなんて言ってたっけ……)
◇◆◇
『今あなたが存在している事実しか、確かなことなんてないでしょ』
『俺にあなたの人生の善し悪しなんて分からないよ』
◇◆◇
(冷たいなぁ……)
でも、その人の人生の正解を決めるのは他人じゃない。
その場だけ、寄り添うかに見せかけた物言いよりも、誠実なのかもしれない。
(誠実なのだろうか……?)
(真似できる……?)
誠実かもしれないけど、突き放すのはアンネリーゼにはできない。
ジークフリートに終始冷たい態度をとられた、タラモンの青年は見ていて不憫だった。
(でも、それがアイゼンブルク少佐の、向き合い方なのかもしれない……)
「はぁ……」
しゃくりあげは止まったが、ため息がこぼれる度に、目の前の硝子がうっすらと白く曇る。
白く曇らせては、周りから徐々に外の景色を戻らせるが、見えた瞬間また曇る。
(私が出来る向き合い方は……)
自分がやってきた事と、今の課題をあげていく。
来る途中でみた景色から、エルデンシュトラは格差が大きいと分かった。
この屋敷に到着した時、感じた匂いから、駐屯兵に理不尽に処刑された人がいると知った。
硝石工場を調査しにいって、力のない民は、搾取し続けられている現実を突き付けられた。
そして、墓場では……アンネリーゼは守りたい行動だったが、軍に迷惑をかけた。
(ああいう時、どうすればいいのかな……)
(見て見ぬ振りすればいいのかな……)
それでも無視できず、見ていられなかったから行動した。そして、現状に至っている。
アンネリーゼは悪い行動をした訳じゃない。でも、軍という組織の中で、規律を乱すのはご法度だ。
それは区別しなければいけない。
個人で行った行動でも、組織に所属していれば、組織の人間がした行動として相手に受けとられる。
(自分の行動には、自分で責任を取らなきゃいけない)
アンネリーゼは失敗した。だが、失敗した分取り戻せられるように、立ち上がることが大事だと思っている。
「よし、まず謝りに行こう」
そう決意すると、まず泣いて腫れてしまっている目元を布で冷やす。
冷やしている間、咎められた時のあの冷たい口調を思い出してしまい、気が重くなる。
(はぁ……何言われるだろう……)
しかも、ジークフリートは他人に興味をみせず、見せてもそれは全て観察対象という感じだ。
柔らかく微笑んでいても、いつも目は冷たく、相手の感情には寄り添わない。
それでも、決意した時のアンネリーゼは頑固だ。
冷やした布をしまうと客室から出て、ジークフリートがいる執務室へと向かった──
アンネリーゼの客室から対極にある執務室では、ジークフリートが、今日調査した墓地の記録を眺めていた。
圧政統治が行われてすぐに、人工硝石の製作所は作られていた。
そして、その時期から人体は墓地に埋葬されていなかった。
ため息を深く吐くと、眉間を指で押さえ考え込む。
その時、ノックの音が室内に響き、ジークフリートは返事を返す。
執務室に入ってきたのは、ハインリヒだった。
「失礼します。屋敷の調査の報告です」
「屋敷内は概ね調査を完了しましたが、北の倉庫だけ未完了です」
ジークフリートは眉間を寄せて、自分の記憶と照らし合わせてきく。
「北の倉庫?」
ハインリヒは手元の資料の、屋敷見取り図の頁を視線で探し、答えていく。
「はい。北の人工林の先、敷地奥に倉庫があるのを発見しましたが、扉は固く、鍵も行方不明です」
ジークフリートは、左手の指先で執務机をトントンと叩きながら、右手で頬杖をつき思考しながら返答する。
「ふーん」
報告された内容と、現状分かっている事を精査し、しばし逡巡したのち、ジークフリートは背もたれに身体を預けると、腕組みをしながら沈黙した。
屋敷内にある資料は十年程の資料のみで、それ以前のものはない。
(過去の資料を保管する倉庫か?)
人工林の奥に、わざわざ過去資料用の倉庫を建てるだろうか?
頻繁に出入りする必要がない。それゆえ離れていても問題がない。と言えばそうかもしれない。
だが、鍵は行方不明。
(鍵は隠して保管されているのか?)
もし鍵を隠す必要があるなら、倉庫の中は重要なものが保管されてると推察できる。
鍵が見つからない場合は、倉庫の扉を爆破して開ける事も可能だろう。
だが、その場合、中のものを無傷にできる保証はない。
(爆破は避けるべきだ……)
ジークフリートは、自分の隊は特務を請け負う事が多いため、調査は手練れだと評価している。
それでも見つからない鍵。
どんな隠し方をしていようとも、屋敷に鍵があるなら現在滞在している日数内で、探し出せていないとは考えにくい。
もし、この屋敷に鍵が無いと仮定する──
先発隊が、この屋敷を転用確保する前までに、管理していたのは現地駐屯兵だ。
そしてその間に、ブロイアー大佐も一時滞在し現状確認を行っている。
(確認しに行かなきゃいけないな)
息をひとつ吐くと、呼吸を整え、ハインリヒに話す。
「わかった。まず鍵を見つけたい。見つからなければ爆破開錠もやむを得ないね」
「とりあえずその倉庫は保留で」
「はい」
そう言うとハインリヒは敬礼をしてドアへと向かい、ドアノブに手をかけようとしたその時。
トントンとノックがされる。
ジークフリートが「はぁい、どうぞ」と言うと、ガチャとアンネリーゼが顔をみせた。
礼の姿勢をとった後、入室するアンネリーゼ。
ジークフリートは彼女の様子をみて、腫れている目元に気が付いた。
「へぇー。また泣いたんだ?」
退出しようとしているハインリヒは心の中で思った。
(少佐……また配慮のないこと言ってるよ……)
そう内心を抱えつつも、そのまま無表情に敬礼するとハインリヒは部屋を出て行った──
最後まで読んでくださりありがとうございます。
彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。




