表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の矜持  作者: 川端マレ
第二部 エルデンシュトラ編
29/48

第二十八話 自己嫌悪

 空は茜色をわずかに西の空に残し、辺りは濃い藍色に染まってゆく。

 暗くなり始めた窓の外では、兵士たちが任務の交代で、入れ替わりの作業を行っている。

 

 アンネリーゼは二階客室の窓辺の椅子から、遠くに見えるその様子をぼんやりと眺め、ため息をこぼす。


 墓場の記録調査から戻る道中、リオラ曹長が気を使って励ましてくれていた。

 だが、それすらも申し訳なく感じてしまい、自分自身への嫌悪感が胸に重くのしかかる。


 現在、同室のリオラ曹長は、所属する分隊の軍会議でまだ戻ってきていない。

 

 一人客室で、今日の墓場での出来事をアンネリーゼは思いだしていた──


◇◆◇


 墓場でスコップを握って墓を掘り起こした瞬間。怒った顔のタラモンの青年が叫んだ。


『なにしてんだ!お前ら』


 その時の、怒りに満ちた声の圧。

 軽蔑と拒絶を宿した目の温度が、脳裏に焼き付いている。


 血が流れてしまいかねない恐怖で、咄嗟にとったアンネリーゼの行動。


『お墓を掘っています。ごめんなさい。本当にごめんなさい』


 そして、アイゼンブルク少佐から発せられる冷たい声。


『勝手に謝らないで?』


◇◆◇


 その三つの言葉がぐるぐると、頭の中を順番に巡って再生されていく。


 じわっと出てきた涙は、これまで必死に堪えていた分、決壊してしまうと止まってくれない。


「……ふぇ……うっ」


 嗚咽が情けなく室内に響いてしまうが、どうしようもできない。


 軍人ではなく通訳という役職でも、軍に同行しているならば、アンネリーゼのやった事は規律違反だ。

 でも、目の前で人が切られそうになっているのを、ただ見ているだけは出来なかった。


(私がここにいることは役目を果たすどころか、規律を乱している……)


 そう思うと不甲斐なく、涙がいっそう零れだす。自分の耳に残る泣き声が情けない。


(自分でここに来るっていったのに)


 何も出来ていない。


(認めてもらいたいって言ったのに)


 余計な事をしてしまった。


(逃げ出したい……帰りたい……)


 そのどれもが本心だ。


 帝国とタラモンの人達の、架け橋になりたくて来ている。

 声を伝えられずにいる人たちの声を、届けるために来ている。


 だが実際、エルデンシュトラに来て通訳として活躍できた場面は、住人の罵詈雑言を通訳しただけだった……


 ひとしきり泣いた後、頭がぼーっとして痛い。

 涙は止まったが、しゃくりあげる呼吸は止まらず、定期的に「ヒック……」と音だけが室内に残る。


 憔悴しきった表情のまま、うつろに外を眺める。

 遠くに見える兵士達は、それぞれの持ち場で門兵をしていたり、何かを運んでいたり役目を果たしている。


(私は、何の役にも立ってない……)


 ふと今日の墓場での出来事を思い出す。

 それはタラモンの青年の言葉だ──


◇◆◇

 

『もしあの時、根絶が選択されていたら、俺は生まれていなかった』

『でも、生きているだけで苦しい今で、よかったのかって思うんだ』

 

◇◆◇


 タラモンの青年も悩んでいた。

 どうしたら良いのかと悩んでいる。


 必死に生きているから悩んでいる。

 悩みつつもみんな、その中で最善を選ぼうと考えて先に進もうとしている。


(その後、アイゼンブルク少佐はなんて言ってたっけ……)

 

◇◆◇


『今あなたが存在している事実しか、確かなことなんてないでしょ』

『俺にあなたの人生の善し悪しなんて分からないよ』


◇◆◇


(冷たいなぁ……)


 でも、その人の人生の正解を決めるのは他人じゃない。

 その場だけ、寄り添うかに見せかけた物言いよりも、誠実なのかもしれない。


(誠実なのだろうか……?)

(真似できる……?)


 誠実かもしれないけど、突き放すのはアンネリーゼにはできない。

 ジークフリートに終始冷たい態度をとられた、タラモンの青年は見ていて不憫だった。

 

(でも、それがアイゼンブルク少佐の、向き合い方なのかもしれない……)


「はぁ……」


 しゃくりあげは止まったが、ため息がこぼれる度に、目の前の硝子がうっすらと白く曇る。

 白く曇らせては、周りから徐々に外の景色を戻らせるが、見えた瞬間また曇る。


(私が出来る向き合い方は……)


 自分がやってきた事と、今の課題をあげていく。

 

 来る途中でみた景色から、エルデンシュトラは格差が大きいと分かった。

 この屋敷に到着した時、感じた匂いから、駐屯兵に理不尽に処刑された人がいると知った。

 硝石工場を調査しにいって、力のない民は、搾取し続けられている現実を突き付けられた。


 そして、墓場では……アンネリーゼは守りたい行動だったが、軍に迷惑をかけた。

 

(ああいう時、どうすればいいのかな……)

(見て見ぬ振りすればいいのかな……)


 それでも無視できず、見ていられなかったから行動した。そして、現状に至っている。


 アンネリーゼは悪い行動をした訳じゃない。でも、軍という組織の中で、規律を乱すのはご法度だ。

 それは区別しなければいけない。

 個人で行った行動でも、組織に所属していれば、組織の人間がした行動として相手に受けとられる。


(自分の行動には、自分で責任を取らなきゃいけない)


 アンネリーゼは失敗した。だが、失敗した分取り戻せられるように、立ち上がることが大事だと思っている。


「よし、まず謝りに行こう」


 そう決意すると、まず泣いて腫れてしまっている目元を布で冷やす。

 冷やしている間、咎められた時のあの冷たい口調を思い出してしまい、気が重くなる。


(はぁ……何言われるだろう……)


 しかも、ジークフリートは他人に興味をみせず、見せてもそれは全て観察対象という感じだ。

 柔らかく微笑んでいても、いつも目は冷たく、相手の感情には寄り添わない。

 

 それでも、決意した時のアンネリーゼは頑固だ。


 冷やした布をしまうと客室から出て、ジークフリートがいる執務室へと向かった──


 アンネリーゼの客室から対極にある執務室では、ジークフリートが、今日調査した墓地の記録を眺めていた。


 圧政統治が行われてすぐに、人工硝石の製作所は作られていた。

 そして、その時期から人体は墓地に埋葬されていなかった。


 ため息を深く吐くと、眉間を指で押さえ考え込む。


 その時、ノックの音が室内に響き、ジークフリートは返事を返す。


 執務室に入ってきたのは、ハインリヒだった。


「失礼します。屋敷の調査の報告です」

「屋敷内は概ね調査を完了しましたが、北の倉庫だけ未完了です」


 ジークフリートは眉間を寄せて、自分の記憶と照らし合わせてきく。


「北の倉庫?」


 ハインリヒは手元の資料の、屋敷見取り図の頁を視線で探し、答えていく。


「はい。北の人工林の先、敷地奥に倉庫があるのを発見しましたが、扉は固く、鍵も行方不明です」


 ジークフリートは、左手の指先で執務机をトントンと叩きながら、右手で頬杖をつき思考しながら返答する。


「ふーん」


 報告された内容と、現状分かっている事を精査し、しばし逡巡したのち、ジークフリートは背もたれに身体を預けると、腕組みをしながら沈黙した。


 屋敷内にある資料は十年程の資料のみで、それ以前のものはない。


(過去の資料を保管する倉庫か?)


 人工林の奥に、わざわざ過去資料用の倉庫を建てるだろうか?

 頻繁に出入りする必要がない。それゆえ離れていても問題がない。と言えばそうかもしれない。


 だが、鍵は行方不明。


(鍵は隠して保管されているのか?)


 もし鍵を隠す必要があるなら、倉庫の中は重要なものが保管されてると推察できる。


 鍵が見つからない場合は、倉庫の扉を爆破して開ける事も可能だろう。

 だが、その場合、中のものを無傷にできる保証はない。


(爆破は避けるべきだ……)


 ジークフリートは、自分の隊は特務を請け負う事が多いため、調査は手練れだと評価している。


 それでも見つからない鍵。


 どんな隠し方をしていようとも、屋敷に鍵があるなら現在滞在している日数内で、探し出せていないとは考えにくい。

 もし、この屋敷に鍵が無いと仮定する──


 先発隊が、この屋敷を転用確保する前までに、管理していたのは現地駐屯兵だ。

 そしてその間に、ブロイアー大佐も一時滞在し現状確認を行っている。


(確認しに行かなきゃいけないな)


 息をひとつ吐くと、呼吸を整え、ハインリヒに話す。


「わかった。まず鍵を見つけたい。見つからなければ爆破開錠もやむを得ないね」

「とりあえずその倉庫は保留で」


「はい」


 そう言うとハインリヒは敬礼をしてドアへと向かい、ドアノブに手をかけようとしたその時。

 

 トントンとノックがされる。


 ジークフリートが「はぁい、どうぞ」と言うと、ガチャとアンネリーゼが顔をみせた。


 礼の姿勢をとった後、入室するアンネリーゼ。


 ジークフリートは彼女の様子をみて、腫れている目元に気が付いた。


「へぇー。また泣いたんだ?」


 退出しようとしているハインリヒは心の中で思った。


(少佐……また配慮のないこと言ってるよ……)


 そう内心を抱えつつも、そのまま無表情に敬礼するとハインリヒは部屋を出て行った──


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ