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黒の矜持  作者: 川端マレ
第二部 エルデンシュトラ編
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第二十六話 影追う者

 夕刻、ランタンから作り出される橙の灯りが揺れる度、壁に映る影がゆらめく。

 アンネリーゼたちへの業務連絡を終え、ジークフリートは黙って椅子に腰を下ろし、筆を執っていた。

 役目上、人の死には慣れているが、弱い立場の者が搾取される現場は、言い知れない感情が沸きあがる。

 ジークフリートはその感情をすべて紙の上に押し殺し、正確に文字を綴っていく。


***


 帝国軍元帥 アウグスト・フォン・アイゼンブルク 閣下


 件の硝石工場において、人体利用を含む劣悪な労働慣習を確認。

 人工硝石の製作所、現場において裏付け済み。

 現地労働環境の改善は早急の対応を要する。


 現地労働者外の監督及び、管理者は現場にて姿を確認取れず。追跡調査中。

 輸出先関係の書類は、未発見。


 必要に応じて報告を追加する。


 以上。


 第十三特務大隊 帝国陸軍少佐

 ジークフリート・フォン・アイゼンブルク


***


 筆を置くと、ジークフリートは椅子の背にもたれた。

 無機質な報告書の裏には、吐き気のするような現実がある。


 書き終えた報告書をまとめると、封をし押印をする。

 執務机の端に封書を置くと、背もたれに身体を預けたまま、目を閉じ思考の中に沈んでいく。


 命と引き換えに生産されていた人工硝石は、粛清された伯爵の管轄下で生み出されていた。

 だがその伯爵が処刑された今も、工場の稼働は止まっていない。


 現地視察の際、労働者たちはその場にいたが、監督する者の姿はどこにも無かった。

 

 現地の監視塔と管理舎付近についていた足跡は、ブーツ状の靴底から付けられた跡で、裸足に近い労働者が付けたものとは考えられず、必然的にある程度の身分のある者が出入りしていたと推察できる。


 また、管理舎に残されていた記録日誌から、常駐はしていないが、ほぼ毎日現場には訪れていることが分かった。


(密偵を付けたが尻尾を掴めるか……)


 密偵には、ある程度泳がせたのち身柄を拘束し、ジークフリートが滞在している旧伯爵邸に、連行するよう指示を出している。

 伯爵が粛清されてなお、人工硝石の現場に顔を出していたのなら、詳細を知らない可能性の方が高い。

 硝石の密売に関わっていたものは死罪なのだ。知っていて逃げずに業務をこなすとは考えにくい。


 情報を吐かせても何も知らない可能性の方が高い。

 だが、その先に繋がる人物へたどり着ければ、最終的にどこに流れているのか分かるだろう。


(行動には必ず跡が残る)


 そして、これだけ屋敷に滞在し探しても、不自然な程、人工硝石関連の輸出先関係が見つからない。

 誰かが、意図的に『消した』と考えるのが妥当だろう。


 屋敷に残るものの持ち出しは死罪だと通達してある。

 持ち出しが出来ないならば、屋敷内で処分した可能性も捨てきれない。


(どっちにしても極刑は免れないんだけど)

(命知らずなのかあるいは、実行できなければ、命のやり取りにまで発展する契約相手だったのか)


 ふとジークフリートは、人工硝石の工場へ続く道に残されていた、小さめの偶蹄類の足跡を思い出す。

 あの道は泥濘が多く狭いため、牛や馬は通れないのだろう。

 そして近くの集落ではヤギを飼育していたことから、ヤギを輸送に使っていたのかもしれない。


(ヤギか……)


 ヤギは輸送用の使役動物として使われることは少ない。

 それを逆に利用し、家畜目的と申請をあげ、実際は輸送用の使役動物として使っていた線も出てくる。


 もしヤギを使っていた場合、ヤギに荷物を背負わせ運ばせる。

 それは小規模な取引に見せかけ、穀物か何かを運んでいるのだと見えるだろう。

 南区は肥沃な土地ではなく、現地視察時に農作物は栽培されていたのを確認できたが、住人の食糧用の規模だった。


 ジークフリートはおもむろに立ち上がり、穀物の生産と出荷の書類を棚から取り出すと、執務机に戻る。


 南区で出荷されている書類を見ていく。


 書類を見終わるとジークフリートは口角を上げて笑う。


(肥沃な土地でもないのに、どうしてこんなに麦を頻繁に、グローテハーフェンへ送る必要があるんだろうね)


 不自然な麦の取引。その先がグローテハーフェンである事。

 ヤギは足元が悪い場所でも小回りが利く。この山岳地帯から下る様に続くグローテハーフェンへ輸送するのに都合も良い。さらに目立たない輸送経路を使う事も出来る。

 手間がかかったとしても、硝石の密輸は絶対に隠し通したい。という目的に適している。


 だが、グローテハーフェンが硝石の受け入れ先だった場合少し厄介だ。

 その地は、三十年前の『冬の門作戦』での侵攻で、それまで治めていた王族が滅亡し、帝国の属国としての扱いとなった地だ。

 その地の有力貴族であったユリウス・カール・ブランケンハイム侯爵が、滅亡した王族に代わり、現在統治している。


 ユリウス侯爵は頭の切れる人物であると、ジークフリートの耳にも入ってくる。

 帝国の属国になってから、彼の治める地域は帝国に対して従順であり、想定以上の成果を上げている。


「侯爵だった場合、どうやって牙城を切り崩そうか」


 背もたれに身を預けたままランタンに目をやる。

 暖かさを灯す色はモノに当たるとその先に影を落とす。

 出来上がる影を、その銀灰の瞳で追うと、ふっと短く息をこぼす。

 

(だが、まだ断定はできない)


 硝石の取引先は密偵からの報告を待ち、着々と証拠を揃えていくのが得策だろう。


(まずはこの屋敷内にあった、取引先関係の書類を隠滅した者に口を割らせようか)


 ジークフリートがここに到着するまでの間に、管理していたのは帝国軍のエルデンシュトラ地域の駐屯兵。

 そして一時、ブロイアー大佐も半日だが現状確認で滞在している。


 残った使用人全てが駐屯兵によって、まるで口封じをするかのように処刑されていることから、ブロイアー大佐が滞在する前に、人工硝石製作所の密輸関係の書類を隠滅した可能性が高い。


 だが、大佐が関わっていない確率はゼロではない。


(濃厚な線を先に当たるのが妥当だろう)


 ジークフリートは、そう考えると机の書類を纏め、しまうと席を立つ。


 使用人を無差別に処刑した罪で、身柄を拘束している駐屯兵を尋問しに冷えた地下牢へと足を運ぶ──


 ジークフリートは無言のまま、部下を数名引き連れ、階段を下っていく。

 尋問の場に、目撃者は必要だった。


 地下牢の一角には、かつて使用人たちの遺体が並べられていた石台がまだ残されていた。

 そのすぐ近くの鉄格子の中、個別に隔離された十三人の駐屯兵が、光の届かぬ暗がりに沈んでいた。


 記録係を含め三人一組になり、それぞれの個室へ入っていく。

 

 書類は、この屋敷内の敷地で焼却された。使用人は一人残らず処刑。

 いずれも、隊長の命令であったと証言が揃う。

 拘束具を解かれた駐屯兵はそれぞれが命乞いをしたり、不利にならないように口を割る。

 

 だが、その中でただ一人、沈黙を貫く者がいた。

 駐屯兵の隊を統率していた、隊長だった。


 隊長の指先には血が滲み、十ある指のどれも爪が残っていない。

 それでもなお口を開かず沈黙を続ける。


 ジークフリートは、その隊長の様子を無表情に冷えた目で捕らえる。


(命を賭けて守る価値があるほどの”名前”か……)

(それとも、何かを握られている?)


 冷えた地下牢には、わずかなロウソクの火が影を落とし、チリチリと燃える音が静かに沁みこんでいた。

 時折、金属の摩擦音が残響し、隠し通す影が静かにその場を支配している──

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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