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黒の矜持  作者: 川端マレ
第二部 エルデンシュトラ編
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第二十三 言語外に伝わる想い

 山から流れ込んだ澄んだ空気が、朝靄を生む。

 だが、陽が昇ってしばらくすると、その靄はすぐに晴れていった。


 ジークフリートたちは人工硝石製造所の調査で、南部のいくつもの集落を巡っていた。気づけば、空はすでに昼の色へと変わっていた。


 訪れる村の住人たちは、帝国の黒い服を見るとすぐに隠れてしまう。たまに話せる者がいても、詳しいことは決して教えてくれなかった。調査は思うように進まない。


「この地域に、人工硝石の製造所があるはずなんだけどな」


 ジークフリートがそう独り言をこぼすと、アンネリーゼが疑問を投げかけてくる。


「硝石って、どういう物なんでしょう?」

 

 ジークフリートは眉を小さくあげると、横目で見て返答する。

 

「あぁ、見た事無いか」


 そう言いながら、ジークフリートは懐の中から小さな瓶を取り出し、白く光る結晶を見せる。


「これが硝石。こうやって光にあてると、小さく反射する」

 

 それはまるで、粉雪を圧縮して固めたような、白く仄かに煌めいている。


 アンネリーゼは思わず声を漏らす。


「綺麗ですね……」


 その言葉にジークフリートは、ふっと視線を落とすと無言で瓶を懐へ戻した。

 その横顔には、どこか温度のない影が差していた。


 そして、たどり着いた小さな村──そこには人の姿が全く無かった。


 廃村という情報は入ってきていない。


(ここら辺は、酪農を営んでいる者が多いと把握していたけど……)


 更に先へと進み、村の景色を見ていくと、人の手が入った家畜小屋、放牧されているヤギ、麦や根菜の小さな畑が広がっている。

 そのことから、住人はここで生活を営んでいる事がわかる。


 おそらく帝国の一行に気が付いた住民たちは、逃げるように姿を隠したのだろう。


 村の大通りへと入り、先の小道に目をやる。

 そこには、擦り切れた布を巻いたような服を着た少年が、掃き掃除をしているのが目に入る。

 タラモンの若者には、帝国が公用語の教育を受けさせている。

 ただ少年の身なりから、かなり貧しいことが見て取れる。

 教育を受けているかどうかも定かではない。


 ジークフリートは警戒されないように、離れた場所にいるまま声をはり、少年へ尋ねる。


「ちょっとお尋ねしたいんだけど」

「ここら辺に、硝石の労働所があると聞いてね」

「わかるかな?」

 

 少年に届くような声量で話しかけたが、少年は掃除をそのまま続けている。

 気が付いていないのか、言葉がわからないのか、それとも無視を決め込んでいるのか……

 どうとも分からない少年の様子に、一同はただ視線を送る。


 少年の作業が、別の場所へ移ろうとした際に、人の気配に気が付いたのであろう。

 掃除の手が止まり、顔をゆっくりとあげた。


 タラモンの少年はギョッと驚いた様子を見せ、動揺で視線を泳がす。

 そのまま恐怖から持っていた箒を体に寄せ、硬直して動かなくなった。


 少年の驚いた様子から、ジークフリートの問いかけが聞こえていなかった可能性がある。

 もしかすると、耳が遠いのか、あるいは何か事情があるのか。


 今までの状況から、公用語が伝わる可能性は低いだろう。だが、この場に残された住人は少年しかいない。


(さぁ、どう伝えようか……)


 そう考えるとジークフリートは、持ってきている書類の裏に、何かを掘り起こすような人の絵をさっと描く。

 そしてゆっくりと少年に近づくと、即席で描いた絵をみせた。

 続けて、懐から先ほどの硝石の入った瓶を取り出し、静かに差し出す。


 少年は、その差し出されたものを、動揺しつつも交互に見つめる。


 ジークフリートは、少年の目線に合わせる様にしゃがみ込んだ。

 そしてジッと少年の目を見ると、口を大げさに動かし、一音ごとに区切って、尋ね事を伝えていく。


「しょう、せ、き、こう、じょう、を、さ、が、し、て、いる」


 少年はジークフリートの動く唇をじっとみる。

 唾を呑むように、ごくりと喉を動かすと、そのまま考え込んだ。


 少年の表情からは、伝わったのかどうなのか分からない。

 だが、先程まで支配していた『恐れ』よりも『思考』を優先しているのは、少年の表情から見て取れる。

 

 ひと時の間が流れた後、少年の中で判断が整ったようだ。

 『待ってて』という身振りをすると、三軒奥の小屋へと走って入っていった。


 しばらくすると、少年は老人の手を引っ張って姿を現す。

 だが、ついてきた老人は、帝国軍の一行を見るなり険しい表情に変わり、立ち止まった。

 老人は浅黒く汚れ、身に着けている衣服は擦り切れている。


 二人は立ち止まった場所で、身振り手振りを通じて、やり取りをしているようだ。


 老人は額の汗をぬぐい、少し離れた場所で立ち止まったまま、南の方角を指さし、タラモン語で叫んでいる。

 老人が示した方には、木々の間に獣道より少し整ったくらいの道が見える。

 

 老人は一団の様子で、タラモン語が分かっていないと思ったのであろう。

 その後に出てきた言葉の口調は荒くなり、まくし立てるように怒鳴っている。


 ジークフリートは老人が何を言っているのか、それとなくわかる。

 それでもあえて、隣にいるアンネリーゼに「老人は何を言っている?」と尋ねた。

 

 アンネリーゼは言い淀み、困ったような表情を見せる。

 

 それを見てジークフリートは「お互いの言葉を、正確に伝えたいんじゃなかったの?」と冷ややかに口にすると、アンネリーゼは通訳をしだす。


『労働所が見たければこの先だ』

『見て、お前たちのやってる事を反省しろ』

『硝石の屍の痛みを知れ』


「と、言っていました……」

 老人の怒りと切実さにアンネリーゼは心を痛める。

 ここまで自分の立場と存在に、憎しみを込められた言葉をぶつけられた経験はないのだ。


 一方、ジークフリートは何も感じていないようで、いつもと変わらない様子のままだ。

 

「そっか。硝石の労働所が見つかりそうで良かった」

 

 そう言うと、何事もなかったかのように、老人に軽く手をあげ、示された細道へ足を進める──


 細道は馬が通れない為、村に兵士数名を残し、それ以外の者で奥へ進んでいく。


 アンネリーゼは、先程の老人の表情と言葉が、今も記憶に残って離れない。

 チラッと斜め前を歩くジークフリートを見ると、彼は至って普段通りだ。


「アイゼンブルク少佐は、先程の言葉を受けて、平気なのですか?」


 それは問い詰める物ではなく、なぜそうも感情を切り離しているかの素朴な疑問だった。


 ジークフリートは、なんでもないように淡々と答える。


「事実、生活が苦しいんだから、それの元凶をみたら言いたくもなるんじゃない?」

「それ以上でもそれ以下でもない」


 ジークフリートの言葉を理解できる。だが、腑に落ちない。

 風の音と小枝を踏む音だけがその場にあり、黙々と先へ進んでいく。

 歩きながらアンネリーゼは斜め前を歩く背中にむかって、言葉を探していた。

 

「それは……悲しくないんですか?」


 その言葉が、ジークフリートには予想外だったようで、歩きを緩め振り返ると、珍しく目を開き驚いたような表情をしていた。けれど、それはすぐにいつもの表情へと変わる。

 

「そうか、こういう時、普通は悲しむんだ。へぇ」

「任務で悲しいとか、考えたこともなかったな」


 そう言うと、前に居るジークフリートは、もう振り返る事なくどんどんと先に進んでいく。


 ジークフリートと行動を一緒にするようなり、まだ日が浅いアンネリーゼでも、彼の職務は常に冷酷な判断を求められているのが分かる。

 それでも、こんなにも淡々と職務をこなす姿に、違和感を感じずにはいられないのだ。


(逃げたくはならないんだろうか……)


 黙々と細道を進んでいくジークフリートに、足を取られながらも付いていくアンネリーゼ。

 バランスを崩しながら進むアンネリーゼを、時折リオラ曹長が支えてくれる。

 こうやって自分が不得意な事でも、手を差し伸べてくれる人がいるから、ついていくことができる。

 

 ふと、その時、アンネリーゼは思うのだ。


(何を支えに少佐は……進んでいるのだろう)


 先ほどのタラモンの少年に目を合わせていた様子、普段見せる冷徹な判断。

 そのどれもがジークフリートである。

 人を人として見ている彼が、人を傷つける選択をし続けている事に、どうしようもなくアンネリーゼは胸を締め付けるのだった──


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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