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黒の矜持  作者: 川端マレ
第二部 エルデンシュトラ編
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第二十一話 弱に集う闇

 アンネリーゼとリオラ曹長と別れたジークフリートは、奥の執務室へと向かっていた。

 この屋敷の間取り図は出兵前に確認したので、その足に迷いはない。


 その分、屋敷の現状とかつての生活の気配を、ひとつひとつ拾い集めるように、五感を研ぎ澄ませていく。

 ここで何が行われたのか──想像するしかない凄惨な行為の痕跡を、脳裏で組み立てていく。


 血は綺麗に掃除されている。だが、隙間に染み込んだ痕までは拭いきれていない。

 体液を含みすぎたカーペットは、取り払われたのであろう。

 むき出しになった石材の廊下は、それまでカーペットが敷かれていた場所だけ、石の表面が綺麗だ。


(こんな勝手な事、誰がしたのかなぁ)


 伯爵が皇帝陛下の私兵に拘束された際、大きな抵抗があったのは確認されていない。

 中央に従順な態度を見せていた伯爵は、拘束は不当な扱いだと、弁明できる自信があったのだろう。


 だが、処刑された。


 その後は現地の駐屯兵がこの屋敷を制圧し、管理していた。

 使用人たちは逃げた者もいただろう、しかし、逃げ出す財力の無い者や、身寄りのない者はここに残っていたはずだ。


 だが、元々いた人間はもう誰もいない。


(重要な証言人まで、勝手に処刑されるのは困るんだよなぁ)


 駐屯兵が独断で、非武装の使用人を無差別に処刑できる権限は無い。


 執務室に到着すると、ドア全体を見渡したのち、ドアノブに手をかけ、中へ入る。

 室内へ入ると、天井、壁、床、その場にある様々な家具を確認する、そして奥の執務用の机へ足を運んだ。


(随分私腹を肥やしていたようだな……)


 この屋敷には、ブロイアー大佐が二日前に滞在していた。

 彼の隊がここへ来た理由は、現状把握をするためだろう。

 このエルデンシュトラ近辺の地域を、統括している地方の大佐から見れば、中央のジークフリートに良いイメージを持っていない事は、察しがつく。


 大佐が証拠の隠滅目的でこの屋敷に滞在したよりも、逆にジークフリートを疑って滞在した可能性の方が高い。

 だが、もし何かを隠したのであれば、ジークフリートよりも上官であるブロイアー大佐でも、容赦するつもりは無い。


 ジークフリートが、ここを拠点に転用して使用する事を、大佐は知って来ているはずだ。

 駐屯兵が管理しているうちは、大佐権限でこの屋敷を調査する事はたやすいだろう。

 だが、ジークフリートが滞在した後は、この屋敷に対する管轄権は、第十三特務大隊に移る。


 執務机の上に積み重なっている紙を確認していく。

 出しっぱなしになっていたその書類には、硝石鉱山の産出と供出、この地での備蓄と取引履歴など、様々な硝石関係のものが置かれていた。


(へぇ……誰だろう、こんな意図的に)


 その束になった書類を捲っていく。

 すると、自分の名前宛になっている封筒を見つけた。


(なんだ……?)


 筆跡は見た事が無い。

 封筒から中の紙を出すと、そこに書かれている文字を見て、口角を上げた。


※※※

 

 ジークフリート・フォン・アイゼンブルク少佐殿


 私は、余計な腹の探り合いをするつもりは無い。

 だが、信用ならんのはお互い様だろう。

 そこで、互いに屋敷で調査した物を出し合い、整合をとることで、信用の代替としたい。

 調査が完了次第、エルデンシュトラ東区、駐屯所の仮軍用拠点に来られたし。


 ゲルハルト・ブロイアー帝国陸軍大佐


※※※


 出向いて探ろうと、手紙をしたためるつもりだったが、それはブロイアー大佐も、同じ心積りだったらしい。

 無駄な詮索に時間を割くのを嫌う、まさに現場肌の軍人。


(かえってこちらも都合が良い)


 ふっと短く笑うと、そのまま羽根ペンを手にし、手紙の返事をしたためる。

 

 先に到着している先発隊の集めた情報が、順次ジークフリートの所に集められるだろう。

 そして、これからジークフリート自身が調査をする。

 それにかかる時間を逆算し、ブロイアー大佐と対話する日時を書き留めた。

 

 丁度そのタイミングで、ドアがノックされ、先程部屋に来るように言いつけていた少尉が入室し、敬礼を送る。


「時間になりましたので、封書を受け取りに参りました。」


 ジークフリートは、たった今書き終えた手紙に封をし、サラサラと宛名を書いていく。


「うん、ありがとう。ちょっと待ってね」


 書き終えると、封筒を少尉に向けると、少尉はそのまま両手で受け取る。


「封書、受け取りました。ブロイアー大佐へ確かに届けます」


 少尉は無言で敬礼をした後、踵を返し、退出姿勢へと移る。


「もうひとつ良いかな?」


 その一声で、少尉は動きを止めた。


「先発隊が来る前に、ここの管理をしていた駐屯兵。その関係者を拘束し、地下牢に入れておいて」

「手紙の届け先も駐屯所だから、丁度いいね」

「先発隊と、そうだなぁ、他30人ほど連れてっていいから、よろしくね」

 

 柔和な声色で告げられる死刑宣告とも取れる指令に、少尉の額にはじわっと汗が滲み出す。

 一瞬の間の後、少尉は短く答えた。


「……はっ。承知しました」


 再度敬礼をした後、そのまま少尉は部屋から出ていった。


 その姿を見送ると、ジークフリートはこの執務室内にある、会計書類や人口調査書などの精査を始める。

 ここにあるのは今年度の物だけなのだろう。過去の物はこれから報告が上がって来るはずだ。

 それを帝国から持ってきた資料と差異が無いか調査していく。


 さらに、貴族の運営していた孤児院の人の流れとお金の流れ、当該地区の戸籍、出生記録を精査していく。

 その過程で、皇帝陛下に処刑された貴族の『人身売買』に関わっていた物的証拠を確保。


(無戸籍の者を売り飛ばしてたってわけか)


 そして、帝国へ報告されている硝石の産出量と、屋敷内で保管されたいる硝石の数値の違いに目を付ける。

 硝石鉱山で供給できる量を超えている。


(報告されている鉱山以外から硝石を確保しているのか?)


 エルデンシュトラ地域の職業分布、と人口増減の資料を精査していくと、ひとつの疑念が生まれる。


(報告されていない場所で、就労している者がいる……)


 タラモン族は東西南北に別れその集落を形成しているが、南地区だけあきらかに平均寿命が短い。


(なぜ南地区だけこんなにも差が……?)


 よく調べると、南地区には硝石鉱山は無いはずなのに、そこから硝石が産出され、どこかに供出されていることがわかる。


(南では鉱石が採れる地域ではない……どうやって……)


 ジークフリートの中である疑念が生まれる。


 硝石は鉱山から採掘しているが、その実、自然由来のものは珍しい。

 では天然以外の確保はできないのかというと、人工で作ることもできる。


 その方法は……人糞・尿・藁・土・死骸などを層状に積み。

 それを、発酵させることで硝酸塩を生成するバクテリア活動を促してつくる。


 腐敗や汚物を扱うため、衛生的、肉体的にも過酷であり、管理不十分であれば疫病にかかる者もいるだろう。


(これが短命の原因か?)

(現地に行って調査しないとわからないな……)


 もし、人工硝石の生産工場がなかったにしろ、硝石を横流ししていた事実は残る。

 横流ししていた貴族はもう粛清されているが、それを受け取っていた者がいたとしたら厳罰は免れない。

 

 硝石は火薬の原料だ。軍事力に直結する。


 つまり軍事国家にとっては要。


 帝国の法では、硝石の密輸にかかわった者は全て死罪だ──


最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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