第十四話 ナーヴァル議会
第二部 エルデンシュトラ 編
戦いと祈りの里エルデンシュトラ──最後の一人になろうとも、折れない精神の伝記を持つタラモンの民。
その民の各地の長を集めて行われる会議。
ナーヴァル議会が民族の中心地である東区域で開かれていた。
先日、この地を治めていた伯爵貴族が、皇帝陛下の私兵に連れていかれ、その後処刑をされたとの一報が入ったことにより開かれたのだ。
それにより、タラモンの一族内でも意見が分かれ混沌としていた──
ある者は、貴族がいなくなった今こそ立ち上がり、団結して帝国に立ち向かうべきだと言う。
ある者は、四万人まで減ってしまった一族で反旗を翻しても無駄死にだと、帝国へ従うべきだと力なく言葉に出す。
会議の中心に据えられた銀の香炉は、白い煙を細くゆらゆらと立ち昇らせ、祖霊への祈りは静かにその場を満たしている。
タラモンの役職者を集めたこの会議の上座には、ナーヴァル議会の長であるブレンナ・トゥールが、そんな対立を何も言わず見ていた。
集まった者たちは各々の視点から意見を出す。
「中央はワシらの言葉など聞くものか……一矢報いてやらねば言いなりだ」西部の長老は過激派だ。
北部の長老は中央と物理的な距離が近いため、中央寄りの意見を言う。
「従順にしておった方がいいと思うがの……」
それまで黙って聞いていた、一番貧困に苦しんでいる南部の長老は声を荒げる。
「お主の集落は恵まれとる!わしの村の犠牲で免れておることがわからぬか!」
「一族郎党死にたくなければ、属国せよ。に従った結果がこれだ!」
タラモンの中心地、東部の長老は熱量に触発されたように言葉をぶつける。
「ではあの時、死なばもろともが良かったのか!」
会議は熱を帯び、その場は一触即発となる。
それでもなお、長のブレンナはジッとその様子を見て、静かに佇んでいる。
その様子を、下座で聞いていたブレンナの孫ダランは、若き青年らしく力強い声で制止する。
「じっちゃん方、少しだけ俺の話も聞いてくれ」
ダランは将来的には次期長となる資格を持っている。
何度もこのナーヴァル議会に参加している為、ダランが正義感と利発な人となりは、ここに集まる者たちはよく理解している。
そんな若者ダランの言葉を『小童の言うことだ』と排除する事は無い。
さらに若者であるがゆえ、年配者は拒絶して覚えようとしなかった公用語が分かる。
今回、帝国中央とのやり取りをする場合、ダランが重要な役割を担う事になるのだ。
会議が熱を持ったあらわれなのだろう、集まった者たちの顔は赤く高揚している。
ダランはその面々をゆっくりと見て、落ち着かせるよう、理性的に話していく。
「帝国は、タラモンの言葉が分かる通訳を連れてくるそうだ」
「信じがたいかもしれないけど、今回は話をする気があると俺は思うんだ」
その言葉でその場の空気がぴりっと張り付いた。
集まった者達の表情は様々だ。
ある者は期待が滲み、ある者は騙されるのではと不安に揺れる。
集まった各地の長老は納得がいかないなりにも、このままでもよくはらないと分かっており、互いに目を合わせ言いかける言葉を飲み込む。
一同が静まり返る中、落ち着いた声が響き、皆が声の主に視線を合わせる──
ブレンナは自身に集まる視線を、ゆっくりと見渡しながら声を紡ぐ。
「我らの民を信ぜよ。今この瞬間生まれる者が、タラモンの名に恥じぬ未来を、選び取らねばならぬ」
「三十と余年前、命のこれ以上の犠牲を避けるべく、中央の交渉を呑んだのはわしの夫」
「其の判断の行く末を、見届ける役目がわしだ。牙なき民となり果てようと、なおも誇りを忘れぬ民たちを、導かねばならぬ」
ブレンナの夫は自らの判断の責任を負って、その生涯を閉じている。
そして、その決断の行く先を妻であるブレンナに託しているのだ。
皆がブレンナの言葉を聞き、それでも思考をまとめられない中、ダランは力強く一抹の望みをかけるように言葉を出す。
「俺は若者代表として、会談の打診を受け入れたい」
「今までは俺らに、中央の言葉を押し付けて覚えさせるだけで、こっちの言葉に耳を傾ける事がなかった」
「でも、通訳を連れてくるって事は、中央の言葉を受け入れていない者たちの声も、聞こうとしていると俺は信じたい」
過激派の西部の長老は、ダランの意見を聞きつつも言葉を出す。
「このナーヴァルの神聖な場に、再度踏み込ませるなど……」
このナーヴァル議会が開かれるこの場は、血と誇りを代々受け継ぐ神聖な祈りの場所なのだ。
神聖なしきたりを理解しつつも、ダランはここで引き下がれないと重く慎重に口を開く。
「……俺は、相手の真意を聞く機会を逃すべきじゃないと思う」
「粛清された貴族のやり方に、俺が何も思っていないわけじゃない」
「死んだ父さんや母さんを、埋葬すらさせてもらえない。やつらのやり方に納得なんかしていない。それでも……」
「偲ぶことすら叶わないなんて……」
そこまで言うとダランは拳を握りしめ、肩を震わせて俯いた。
動かない空気の中、ただ銀の香炉の煙だけが静かに細く立ち昇っている。
煙がふっと一度揺らぐが、またすぐにゆらゆらと白い筋が天井へ向かっていく。
深いため息の後、南部の貧困に苦しんでいる長老は、ダランの様子を横目で見つつ、落ち着いた口調で話し始める。
「しきたりだけじゃ民の命を繋ぐことはできん」
「変わる希望があるならば、わしもそれに託したい」
タラモンの民族の中でも、そのしわ寄せを一番受けている南部の長老の言葉は重く、それ以上異を唱える者は、誰もいなくなった──
夕刻から始まっていたナーヴァル議会は熱を帯び、あたり一帯夕闇に溶けている。
闇の中、パチパチと燃えるかがり火のゆらめきが、静かにその一帯を照らしていた──
最後まで読んでくださりありがとうございます。
彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。




