90.橘さんの対応
阿久津は常に忙しそうな男だ。
いろんな場所でなにかにつけて頼られている。
あいつが教室に来るまでの間で何度声をかけられるか数えられないぐらいだ。
「うらやましいよな」
「女をとっかえひっかえしてるに違いない」
「外道」
しっと団の嫉妬が著しい。
ただ阿久津がモテるのはともかく女をとっかえひっかえなんてしてる感じじゃないけど。
「おれも誰でもいいから彼女欲しい!!」
桐谷が無駄に叫んでるけど誰でも良いとか言ってるから駄目なんじゃないだろうか。
女性はオンリーワンを望むものだと思う。
ただそういう理解は他の男子にはなかったらしい。
「欲しい」
「欲しいよな」
江川と鳥海が乗ってきた。
近くにいる女子の視線が若干厳しくなった気がするけど大丈夫だろうか?
「江川は本命いるだろ」
そうだ、江川のやつ和泉さん狙いのくせに何を言ってるんだよ。
「本命がいるのと彼女が欲しいのは別だろうが」
「同じだよ!?」
「なら能見は本命が振り向いてくれなきゃ彼女はいらないのか?」
「……なるほど」
好きな人が彼女になってほしいと思うのは間違いないけど、ずっと片思いを続けるかといえば疑問だ。
もし自分を好きになってくれた人がいたら、きっと彼女になってほしいと思うだろう。
「まあ能見は藤田がいるからな、死ね」
「能見は死ね」
「死ね」
「いじめか!?」
「あんな美人の彼女が出来るなんてな」
「そうだろうそうだろう、透子はかわいいよな」
「で、どんな洗脳魔法を使ったんだ?」
「またそのオチかよ!?」
こいつら事あるごとに魔法のおかげだといいやがって。
あれは魔法なんかじゃなくて……あれ、そういえばきっかけってなんだっけ。
「そろそろいいかな?」
「は?」
「話は聞かせてもらったよ、江川くん浮気は良くないよ」
「はあっ!?」
いつのまにか背後に橘さんがいた。
普段和泉さん達と一緒にいるので1人なのは珍しい。
「阿久津くんと桐谷くんで悩んでいるのかと思ったら誰でも良いとか最低だよ」
「もう何から突っ込めばいいのやら……」
「四六時中突っ込むことばかり考えているから悪いんだよ」
「中途半端に当たってるな」
「おれを見るな、カップリングが確定する」
最近の橘さんは弾けてるなぁ。
前まで物静かで可憐な花のイメージだったけど今じゃラフレシア並の腐臭が……。
「能見くん、ひどい」
「例えにしても人に言うことじゃないな」
「口に出てた!?」
本人に一番聞かれてはいけないことが!?
まずい、橘さんが泣きそうだ。
「そうだぞ、ラフレシアとか思ってても言わないもん、ぷるぁ!?」
橘さんのパンチが桐谷の頬に炸裂した。
ねじりこむようにパンチ入れてるあたり意外と容赦ない一撃だな。
「みんなそういう認識だったんだね」
「ご、ごめんなさい」
「俺は違う」
「ぼ、僕も」
あ、ずるい、江川と鳥海も似たようなこと言ってたくせにこういう時だけ手のひら返しやがって。
橘さんは二人の言葉を信じたようでこちらを振り向く。
「能見くんと桐谷くんには罰として抱き合ってもらいます」
「嫌だよ!?」
「なんで能見なんかと!?」
「やらないと泣くよ?」
なんという脅し。
橘さんも和泉さんや平川さんと違う意味で強いよな。
ちらっと桐谷の方を見ると諦めた様子で手を広げている。
ええい、やるしかない。
「うわ、体温が気持ち悪い」
「初めてのハグが能見となんて最悪だ」
「あ、江川くんや鳥海くんに変わってもいいよ?」
「謹んでお断りします」
「拒否反応出る」
くそ、他人事だと思って即座に断りやがって。
少しは友達を助けてあげようとか思わないのか。
「どう、嫉妬する?」
「まったく」
「全然」
江川と鳥海が能面みたいな表情で答えた。
下手に反応すると間違いなくネタに使われてしまう。
「うーん、江川くんには桐谷くんと鳥海くんの三角関係を維持してもらわないと」
「いつから三角関係になったのかソレガワカラナイ」
「ほら鳥海くんもなんか言って」
「興味ない」
橘さんのテンションが上がってるけど、これ絶対名雪さんの影響だろ!?
「た、橘さんはどうなの?」
「え?」
苦し紛れの桐谷の言葉で橘さんの動きが止まる。
お、これはもしかして。
「な、何も感じないけど?」
明らかに動揺してる。
これは押せばいけるぞ。
「嫉妬する?」
「はぅ!?」
追撃の鳥海の言葉でさらにダメージが加速した。
それにしても『はぅ』とか、かわいすぎる。
「もしかしてこの中の誰かが好みだったりする?」
江川の言葉で顔を真赤にする橘さん。
そうだよ、こんな風になる前はかわいいなって思ってたんだ。
今じゃ名雪さんの同類扱いだけど。
「どう?」
「どうって……」
「みんな橘さんの答え待ちだよ」
桐谷がキザっぽいセリフで先を促す。
俺の腕の中でそういうセリフ言うのは気持ち悪いから勘弁して欲しい。
でも桐谷がこんなにぐいぐい行くのは意外だった。
考えてみると行動力はあるんだよな、やらかすけど。
とりあえずみんな固唾をのんで橘さんの返事を待つ。
「わ、私は」
「無理やり答えさせるのはいじめよ」
「すみれさんをいじめるのは感心しませんねぇ」
「秋穂、名雪ん!!」
せっかく答えそうだったのに名雪さんと和泉さんが割り込んできた。
橘さんは話すのをやめて二人に駆け寄っていく。
「おお、よしよし、とりあえず江川は許さないからね」
「俺!?」
「あんたがすみれの好きな人聞いてどうするのよ」
「え、いや、あの……」
江川は和泉さんに責められてタジタジになっている、仲いいな爆散しろ。
「おっと、高みの見物は許さないわよ」
「俺も!?」
そんなこと思ってたら矛先がこちらにも来た。
明らかに怒っている表情だ。
「能見も何やってるのよ」
「いや、俺は別に聞きたいとか言ってないし……」
「あ?」
「はい、すみません」
和泉さんの眼力に負けてしまった。
だって逆らったらフルボッコにされそうだったし……。
「いいですねぇ」
「はい?」
「もう少し強く抱き合ってもらえますかねぇ」
名雪さんに言われてようやく抱き合ったままだったことに気づいた。
「うわっ、離れろよ」
「桐谷こそさっさとどけよ!?」
とっさに二人で押しのけ合いながら離れる。
どちらもかなり強い力で押したので、本人が思っていたより動いてしまって……。
「あら」
「へ?」
その結果、桐谷がたまたま近くにいた名雪さんに寄りかかる形になってしまった。
もちろん名雪さんが桐谷を手で受け止められる訳もないので。
「え、弾力があるのにやわらか」
「育ててますからねぇ」
「すげぇ……」
名雪さんは避けることなく体で桐谷を受け止めている。
手で頭を支えている辺り嫌がってはなさそうだ。
桐谷も動かずに名雪さんの腕の中にいる。
なんてうらやましい光景なんだ。
「桐谷くん……」
「名雪、怒りなよ」
「まあこれぐらい構いませんよぉ」
「こっちが気になるのよ、はいどいて」
和泉さんが無理やり引き剥がそうとしてるけど抵抗してやがる。
江川と鳥海のほうを見ると二人とも頷いた。
「桐谷、覚悟は出来てるな、俺は出来てる」
「手伝うぞ、能見」
「準備OK」
男三人が加勢して一気に引き剥がす。
いくらおっぱいの重力に引かれているとはいえ男三人の力なら造作もない。
そしてそのまま三人で囲んで私刑の開始だ。
「能見だってラッキースケベするだろうが!?」
「他人がやってると許せない、当たり前だな」
「うらやましい」
「死ね」
三人の心が一つになった、今ならシャインスパークだって使えるだろう。
さあ私刑開始というタイミングで阿久津がやってきた。
「面白そうなことをやってるな」
「諸悪の根源が来た」
「いつ諸悪の根源になったのか知らないので教えてくれないか?」
鳥海の言葉に対してこういう返し方が出来るのがモテる男なんだろう。
阿久津がこちらに近寄ってきて続きを促してくる。
「名雪さんのおっぱいを堪能した罰を行う予定なんだ」
「能見が?」
「なんで俺なんだよ!?」
「そういうのは能見の役割かと」
のほほんとひどいこといいやがって。
そんなにラッキースケベはしてない……と思う。
「そういえば前もそんなことがあったな」
「あの時処刑してない」
江川と鳥海が余計なことを思い出したようだ。
この流れはまずい。
「一緒にやっておくべきだな」
「やろう」
やはりそうなるよな。
ここは逃げの一手しかない。
「あ、俺は用事を思いついたのでこの辺で」
「逃さん……お前だけは……」
「また抱きついてくるな!?」
桐谷に時間を稼がれたせいで江川と鳥海に回り込まれる。
「逃げるとは言語道断だな」
「悪・即・斬」
このままだと桐谷と一緒に処刑されてしまう。
「まあ待て、自ら知る者は人を怨まずっていう言葉があってだな」
「そんな言葉知るか」
「僕もおっぱいを知りたい」
駄目だ、蛮族に言葉は通じない。
暴力には暴力で返すしかないか。
「われわれがある人間を僧む場合、われわれはただ彼の姿を借りて、われわれの内部にあるなに者かを憎んでいるのである、と言うぞ」
と思ったら阿久津が返してきた。
くそ、返すのが難しいこといいやがって。
「つまり俺達は能見を憎んでいるわけじゃない」
「これは僕たちの内部のなに者かの私刑」
「なんでそんなことだけ理解が早いんだよ!?」
ヘッセの言葉なんて知ってるはずないのに超速で理解しやがった!?
「うんうん、いつも楽しそうだな」
「楽しくないよ!?」
「和泉、橘、綾瀬、今から男子たちで仕置きしておくからさっきのことは水に流してくれないか」
「……」
「名雪がいいならいいけど」
「わたくしは最初から気にしてませんよぉ」
「だそうだ、あとはケジメだけだな」
「おのれーーー!!!」
結局なぜか俺が私刑された、どうしてだよ。




