66.オネエは沈黙を守るようです
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俺は順子さんの影に隠れるようにして店を出た。心配性の順子さんが男たちの視線から庇ってくれたのだ。
男は会計を済ませると志保さんと共に出てきた。サプリメント使用時の注意事項を説明していたようだ。本当に女優の彼女と違い医学生の彼女は真面目だなあ。
「『西九条れいな』さん。今日のお相手は、この男性ですかっ・・・えっ・・・まさか?」
店の前に停められたらワンボックスカーからビデオカメラを抱えた男が出てきて志保さんの前に立ちはだかる。
彼女と街中で歩いていると時々テレビ局のカメラマンがこうやって現れるのだ。
何処からか彼女がここに居ると情報が漏れたらしい。
「そうよ。素敵な人でしょ。」
志保さんが強引に男の腕を抱え込み親密そうに装う。こうやっていつも記者さんたちをからかうのだ。
「まさか。鷹山首相! こ・これは大スクープだ。首相っ。『西九条れいな』さんとはどういったお付き合いなんですかっ。」
「トモくん。このひと誰?」
それを今言うか。日本の首相の名前くらい覚えておけよ。おバカな女子大生じゃあるまいし。いやこの人医業以外は無関心な医学生だっけ。
「トモヒロ君。『西九条れいな』ってあの、あの恋人多き女優の?」
俺、志保さんを女優だと紹介したよな。本人も『西九条』と芸名を名乗ったはず。まあ露出度の少ない着物姿じゃインパクトは半減か。
それに新幹線の順子さんは強烈だったから地味な芸妓姿で現れたからガックリしたのかもしれないな。志保さんのことなど碌に聞いてなかったのだろう。
「そうです。」
痛く・・・俺のことで痛い腹を探られ、あること無いこと記事にされるんだろうな。店主は売らないだろが他の従業員から料亭内で女性の悲鳴が聞えたとか書かれそうである。
「首相っ。頬の手形はいったい?」
沈黙を守る男の頬に気付いたカメラマンの追撃が続く。
「少しオイタが過ぎたので私が叩いたの。まあ自業自得よね。」
答えたのは志保さんだ。『西九条れいな』だと本当に空気が読めないよな。
「えっ・・・いや・・・はあ・・・・いや、早く車に乗って・・・車を出してください。」
首相の顔色が見事に赤くなって青くなって真っ白に変わる。明らかにパニック状態の頭から脱却を図り、無理矢理俺たちを車に乗せると冷静な調子で運転手に指示を出す。
「ああっ停めてください。俺たちはここで降ります。」
ルートは指示してあったのだろう。帰り道もチンチン電車の前に差し掛かったので車を停めて貰い降りる。流石に鷹山首相は降りてこない。他の場所で『西九条れいな』とツーショットを撮られた場合のことを計算しているのだろう。
「トモヒロ君。この埋め合わせは必ず。」
京都観光の話だろう。律儀なことだ。
「サプリメントの件とで『貸し』3つですね。・・・冗談ですよ。志保さんを連れて行ったアタシがバカだったんです。『貸し』は忘れてください。」
政治家特に総理大臣のセックススキャンダルは致命的だ。紹介した時点で拒否してくれれば、その後2人っきりで京都観光を楽しめるという思惑もあったのだ。
「いや・・・ほんとうぅぅぅにすまなかった。こんな私を許してくれてありがとう。必ず必ず埋め合わせはさせて貰う。」
別に許したわけじゃ無いんだけどな。まあサプリメントという地雷も埋めたことだし、ここはソッとしておこう。
車の中の首相に向って頭を下げると車は出発していった。
チンチン電車は歩いたほうが早いような区間を往復しており、しっかり 土産物屋まであった。地元の人間にとっては単なる商売道具のようだ。
京都は細い道の一方通行が多く、そこに路面電車が大きな通りを塞いでしまえば車で何処へも出掛けられない。路面電車が廃止になったのは必然だったのかもしれないな。
「志保さん凄いですね。」
夕食は定食屋に入ったのだが点いていたテレビ番組では早速、『西九条れいな』と鷹山首相のスクープが報道されていた。
「何が?」
「何って、ほらこのコメンテーターは首相を擁護していますよ。本当に芸能界で嫌われているんですね。」
政治家のセックススキャンダルなら事実がどうであれ、政治家を叩く報道に偏ってしまうものだが、『西九条れいな』相手では仕方がないという空気なのだ。
「どうってことないわ。これで仕事が減れば万々歳なんだけど何故か減らないのよね。」
どれだけ批判されても困らないからって、この人は面白がって煽ることもあるのだ。きっと今頃首相は戦々恐々としているに違いない。
☆
「やっぱり怒っていたのね。」
夕食後志保さんと別れ、宿に戻って床につくと長襦袢姿の順子さんが居た。お互いにイロイロ溜まっていたのか。その日は激しかった。
「えっ。」
「いつもニコニコしているチーちゃんが大好きだけど、怒るところは怒ったほうがいいと思うよ。」
「そうかな。でも暴力を振るえる相手じゃ無かったし、社会的制裁も面倒な問題が発生しそうだったから。でも陰険な手段で仕返しをしておいたのよ。」
教えてあげたサプリメントを飲めば、どうなるかを説明する。一番の問題は女性化することだ。胸が膨らみ丸い体つきになる。
考え方も変わるかもしれない。性同一性障害の反対だ。変化した身体に心がついていけないようになることだってある。
「そんなに?」
「元々女装さんに興味を持つ男性は変身願望があるらしいんだ。1年後、2年後にはコミュニティーの一員になっていたりして。」
コミュニティーに居る純男がいつの間にか女装さんになっていたというのは良く聞く話だ。そして女装が似合うようなイケメンだったりする。
あの男もハゲでもデブでも無くイケメンだし、色白というほどではないがソコソコ白いほうだから女装が似合うかもしれない。
「クスクスクス。悪いんだぁ。」
女装した姿の鷹山首相を想像したのか順子さんの笑いが止まらないようだ。
その事件は終わったと思っていたのに、翌日撮影所に行くと鷹山首相が待っていた。
双方が沈黙を守っているにも関わらず、報道は加熱するばかりなのだ。コメンテーターも街頭で聞いた人々も擁護する人しない人が半々なのが問題だ。SNSのニュースでも話題のトップらしい。
「沈静化させたいんだ。知恵を貸してくれないだろうか。」
いつも思うが何で被害者の俺に頼るかなあ。どう考えてもケツの持って行くところが違うだろう。
「これから渡米するんですよね。放っておけば良いんじゃ無いですか。」
1度は突き放してみる。どう考えても俺の仕事じゃない。何も証拠は無いんだし噂などそのうち消えるだろうに。
「そんな。何か無いかな。何でもいいんだ。」
放置しようと思ったが社長からもSNSで連絡が入る。いろいろ支障があるらしい。面倒な。
「解りました。映画に出ましょう。この映画に出演してください。主演女優のアタシを押し倒そうとして、『西九条れいな』に叩かれる役です。そうです映画のネタだったというオチです。」
本当なら顔も見たく無いがヤケだ。報道されている内容だけでは情報が乏しいのだ。だったら本当だろうと嘘だろうとそこに辻褄の合う理由さえあれば世間の噂は消えていくに違いない。
「シチュエーションはどうするんだね。」
監督が乗ってきた。話題性としては十分だ。興味本位でも観客は観客なのだろう。
「舞台は東京の料亭で、もちろん総理大臣役ですね。現役の総理大臣が総理大臣役をやるんだから、どこからも文句がつけられないでしょう。『西九条れいな』さん演ずるバーのママさんのパトロン役で、『黒川水枝』さん演ずる別のバーのママさんと共にアタシは外国の賓客相手にダンスの相手を勤めるために料亭で食事をしながら打ち合わせ。アタシに惹かれた総理大臣が別室に敷かれた布団に押し倒し、出した悲鳴に駆けつけた『西九条れいな』さんに叩かれるといった趣向です。」
事実とさほど変わらない所為なのか聞いていた鷹山首相は肩をガックリと落す。あんなことは2度とあってはいけないのだ。あの手段は再び使えないに違いない。
「凄い。即席で良く作れるものだ。脚本家でも食っていけそうだぞ。」
あまりにもスラスラとストーリーが出来上がった所為か褒め言葉を頂戴した。
「また、ご冗談を。後ろにいらっしゃる助監督兼脚本家に叱られます。」
「ところで、そのネタを誰がいつバラすんだね。」
志保さんでもダメだし、鷹山首相でもダメだ。監督に任せればさらに報道が加熱してからバラすだろう。他に宛ては1人しか思いつけない。
「丁度良いタイミングで適任者がやってきましたよ。」
志保さんをフォローする人材だ。志保さんに任せれば面白可笑しく煽るかもしれないからだ。
「皆さん。お揃いで・・・志保やりやがったな。じゃんじゃん問い合わせが来てるぞ。」
「和重。いつものことでしょ。それよりトモくんが事態を沈静化する方法を思いついたの。協力してあげてくれないかな。」
純男さんはコミュニティーに出没するゲイでは無い男性の俗称です。
本人はストレートのつもりですが外から見ればバイセクシャル。
女装さんやニューハーフや性同一性障害、それぞれピンポイントに愛せるそうで擁護者のつもりのようです。
聞いた話では鷹山首相のように女装さんを口説かずに押し倒す人も居て、困った存在らしいです。どんな手段でも女扱いすれば良いと思っているのでしょうね。




