62.オネエはチンチンが大好きなようです
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監督さんに伝えると了承をして頂いた。高性能なマイクもあるのだという。
大きな声を出すことで声のハリや響きといった方向性を掴み易いのだが、それは実際本番でNGを連発して落ち込んで気付かないと解らないことの方が多いというからな。
何度も役を降ろされてやっと気付いた和重さんは論外だが、碌に訓練も受けずに過去の動画の役者さんたちの喉や頬の動きから掴み取るなんて芸当ができる『西九条れいな』のほうが特殊なのである。
俺はと言えば、その両極端の事例から訓練の重要性に気付いた平凡な人間だ。だから、その辺りを重点的に訓練してきたのだ。
「じゃあ、今日は終わりだな。」
まあこういうキャラクターだし仕方が無いよな。
横ではヒデタカの母親の『黒川水枝』さんが苦い顔をしていた。何度も何度も説得しても聞き入れて貰えなかったのかもしれない。その辺りは親子の信頼関係から構築しないと受け入れて貰えないと思う。まずは接点が出来たんだから長い目で構築していくべきだろう。
そんなに難しいことでは無い。相手は俳優として大先輩なのだ。演技で躓いたときに俺がソッと背中を押してあげればいいに違いない。
その場でお開きとなった。ヒデタカは両親と共に近くのホテルをリザーブしてあるらしく、そこのレストランで壮行会を開いて貰うらしい。お坊ちゃまだな。
ユウタとタツヤは空気を読んで遠慮したのか映画会社が用意した宿舎戻るらしい。
「志保さん。本当に付いてくるんですか?」
「もちろんよ。」
ここに空気が読めない女が1人。わざわざデートと解っていて邪魔するなよな。
「解りました。これから着物に着替えてきますから、待ち合わせしましょう。」
待ち合わせ場所を指定すると頷いてくれた。舞妓に変身する気は無いらしい。まあ普通突然言われても困るけど。
「やっぱり私も変身舞妓になりたいかも。」
ここにも空気を読めない女がまた1人。
順子さんは胸を押し隠すようにしていた。業界関係者は一般人と違ってジロジロ見るから耐えられなかったらしい。そんな格好して来るから。
とりあえず時間帯を指定して押えてあったので連絡してみると了承してもらえた。まあ順子さんの体形では芸妓さんだろうけど。
変身舞妓の店は上七軒の花街にあった。ここの若旦那もトランスジェンダーで『キャラメ・ルージュ』のお客様の1人だ。
彼と彼のパートナーが主催している女装さん向けの変身舞妓ツアーはシーズンオフとはいえ1日貸し切るので女装さんでも気兼ね無く使えると評判になっている。
その店で一番暇な11時からという昼食に掛かる時間帯を貸し切っている。宿も置屋の2階を借りることになっている。
タクシーで店に到着すると着物選びから始まるのだが俺の着物は若旦那オススメになっている。店のホームページに飾りたいそうだ。順子さんの着物は案の定芸妓さんらしい。しかも年配向けに作られているみたいだが体形に合うものはそれ以外に無いそうだ。
他の店なら化繊の煌びやかな着物もあるらしいが、ここは置屋へ過去に所属していた舞妓や芸妓が残していった西陣織りが主なのだ。
「ええなあ。小そうて舞妓はんがよう似合うわ。本物みたい。」
小さいは余分だが着付けを手伝ってくれた女性が褒めてくれているらしい。
「お姉さんも芸妓さんですか?」
「ううん。まだ舞妓をさせて貰うてるわ。本当なら20歳になろうたら衿替えなんやけど、舞妓不足の業界に甘えさせて貰うとんのよ。」
なるほど22歳くらいかな。昔は中学生で舞妓になって高校生くらいで芸妓になったというから俺みたいな背の小さい舞妓ばかりだったのだろう。今の女子中学生は大きいから中学生でも大人の女性と替わらない。だからこそ大人になっても舞妓を続けられるのだろう。
「順子さん。大丈夫? 苦しくない?」
その大きな胸をさらしで押えられ、中世ヨーロッパの淑女のコルセットのように着物もかなり締め付けられていたのだ。
「それが背筋がピンと伸びて良い感じよ。これなら何時間でも着ていられそうよ。」
再び呼んでおいたタクシーで志保さんとの待ち合わせ場所に到着する。
「センセ。今日はよろしくお願いします。」
「これはこれは、トモヒロ君含め美女3人のお供とは光栄ですね。それでは行きましょうか。」
残暑残る京都なのに涼しい顔の志保さんと着替えたばかりで汗が浮き出る順子さんを紹介する。まあ担任の先生とは言えないけど。
政治家の地元ならかなり無理が利くだろうと休日の鴨川の川床ランチをお願いしていたのだ。最近は一見さんお断りなんてことは無いがこの時期の休日の直前の予約なんてまず無理だ。
政治家の先生らしく黒塗りの高級車が横付けされていた。
「ほらあそこに小さい電車が見えるでしょう。昔京都には市電が走っていたのですよ。」
事務所から鴨川に抜ける道沿いの公園の中にそれはあった。彼を挟んで後部座席に志保さんと俺が乗り込んだのだがわざわざ俺の側の窓から見える風景を説明してくれる。俺の掌に重ねられた手が気になる。
志保さんに相手させようと思っていたのに宛てが外れた。もしかしてロリコンジジイなのか?
「へえそうなんですか。勿体無いですね。京都といえば日本随一の観光地、観光地の路面電車なんて粋で格好良いのに。」
「私もそう思います。父の時代に廃止されたそうなんですが地元に住む人間にとっては使いにくいものだったようです。チンチン電車にも乗れます。ああこれは失礼、今は女性でしたね。N電と呼ばれる狭軌道の路面電車のことを指すんです。」
これが言いたかったらしい。
はいはい。今もついてますよ。取る予定もありません。
「チンチンって音が大好きなんです。乗ってみたい。」
いい間違えたら大間違いになってしまうから慎重にかつ大きめな声で言ってみると若干車体が揺れた。運転手さんを動揺させてしまったらしい。拙い拙い。
「今日はパパラッチかな。それとも新聞記者が付いてきているようなので帰り道にしましょう。」
車体が揺れたのを勘違いしたのか。本当にそういう情報があったのか。まあどちらでも構わない。どうせ俺は白塗りで何処の誰とも解らないに違いない。




