60.オネエなのにステージママが居るらしいです
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「・・・えっ。お姉さまも付いてくるんですか?」
「そうよ。撮影所のスタッフにトモくんをよろしくって挨拶回りしなくちゃ。」
自分の場合はろくすっぽ挨拶もしねえと和重さんは嘆いていたのにステージママの気分らしい。俺にお節介焼く前に子作りに励めばいいのに。いつまでも落ち着かないよな。
まあ医者の勉強と女優業で目一杯なのは知っているから母親は無理。母親になった志保さんなんて想像できないけど。
「挨拶回りだけですか?」
京都の撮影所へは順子さんも付いて来る。撮影所に入る名目上は学校側の引率兼監視役だが実質はデートだ。そこで志保さん・・・『西九条れいな』と・・・バッタリと出会うと思うとゾッとする。
「予定があるのかな。ははん。デートなのね。ちょうど良かったわ。京都観光したいと思っていたのよ。」
こういった勘だけは鋭いんだから、滅茶苦茶邪魔する気マンマンだぞ。何を考えているんだ。この人。
「お姉さまなら付き合ってくださる殿方も多いでしょう。その方々といらっしゃればいいのに。」
「下心満載の男なんて願い下げよ。それとも本当に私と京都観光してくれる友だちが居ると思っているの?」
鼻の下を伸ばした男やストーカーは多いと聞くが芸能界に友だちは少ないと和重さんが言っていたのを思い出す。
SNS上友だちの多さを鼻に掛ける人もそうだがリアルの友だちが少なすぎるのも寂しすぎるよな。
「せめて志保さんモードで来てくれませんか。」
「もちろん、そのつもりよ。『西九条れいな』じゃスタッフが嫌がるからね。しっかりとステージママを演じきるわよ。」
流石に天災女優が言うとが違うな。まあ志保さんの場合、通ったあとにぺんぺん草も生えない災害だから天才は天才でも字が違うんだけど。
今が底辺なだけあって鰻登りなんだろうなスタッフの好感度。いつもそうしていれば、もっと良い映画に仕上がるだろうに。
良く助監督と喧嘩したとか大俳優と喧嘩したとか嫌がらせを受けたとか耳にする度考えるのだが地の性格なんだろう。この女の場合、好感度の高い人間を演ずるのが一番の近道なんだ。
「順子さん?」
東京駅に現れた順子さんを見て驚く。普段あれだけ露出度の高い服を嫌がっていたのに、まるでレッドカーペット上のハリウッド女優のように大事な部分がギリギリ隠れているようなドレス姿で現れたのだ。
しかもノーブラらしく胸の大きさや形が丸解りだ。
「この姿だと痴漢どころか男も近寄ってこないわね。視線もチラリ程度、盲点だったわ。」
この姿で電車を使って来たらしい。なんて大胆な。
それはそうだろう。ガン見などすれば、それだけで痴漢だと疑われてしまいかねない。周囲の男たちは見たいという欲求を殺して視線を外したに違いない。
しまったな。これならば女装してくるべきだった。今日は撮影所スタッフへの挨拶のみということでメイクもせずに素顔に制服姿なのである。
「どうして?」
言葉が出てこない。舌が乾いている。口元に手を持っていく。流石に涎は零れていないらしい。
「『西九条れいな』に勝てそうなのは、この胸だけだもの。これを今使わずして何時使うのよ。」
そんな理由か。もちろん、志保さんがステージママをしてくれることは伝えてある。
しかも順子さんと行こうと計画していた京都観光まで付いて来るというのだ。事前に言うだけでも勇気が要る作業だったのに、この分じゃ現地で聞かされたらどんな報復があったか解ったものじゃなかったな。
だけど高いヒールだな。ドレスの裾を踏まないためなんだろうけど、ますます身長差が開いてしまう。緑生い茂る巨木にとまるセミといったところだ。
俺だけはこの姿をガン見する権利がある。しかも胸は丁度目線のまん前だ。後でどんな修羅場が待っていようとも、今だけはこの幸せな気分に酔いしれることにしよう。
新幹線のチケットはグリーン車だった。いつも大胆な姿の志保さんで懲りているらしい。和重さんに感謝である。新幹線の窓から見える山肌は新緑から紅葉になりかけていたが京都市内が紅葉に覆われるのはまだ先らしくグリーン車には誰も乗っていなかった。
これならば多少大胆なことをしていても大丈夫だ。
「おおっ。トモヒロ君じゃないか。隣の美女は君のコレかい?」
そう思っていたのも束の間。新横浜から大勢のSPを引き連れて入ってきた人物が居た。
小指を立てて聞くなんて若くして成り上がった人物とは思えない。やはり老獪な政治家たちの中では老獪にならざるを得ないといったところか。
「ええまあ。」
これどうするんだよ。こんな大胆なドレス姿の女性を担任の教師ですなんて紹介できないじゃないか。やっぱり、もうちょっと教師らしくしてほしいよな。その順子さんも相手の前ではシャチコばってしまっている。
「ははは。さては秘密の恋人なんだな。」
余程、困った顔をしていたのだろう。相手は助け船を出してくれた。
「今日はどちらに向われるんですか?」
「地元なんだよ。地元は京都でね。殆ど予定は無いんだが偶にはブラブラと地元を巡るだけでも安心感に繋がるらしいんだ。まあ君の社長の従業員の働く姿が見たいというヤツと一緒なんだろうね。」
うーん。社長の従業員愛は度を越しているからな。愛情の度合いが違うだろと思わないでは無かったが口には出さない。その行動が相手からの信頼に繋がるという意味では一緒かもしれない。
「そうなんですか。奇遇ですね。俺たちも京都に向うところなんですよ。」
「そうなのか。予定さえ合えば案内してあげるよ。」
「わかりました。予定が決まればSNSで連絡を入れますね。」
俺がそう言うと相手は満足したのかグリーン席の後部のほうに向っていった。半分近くの座席を占有して備えるらしい。道理で他に客が居ないわけだ。




