49.厳しく指導してあげました
「『ロリコンオヤジ』・・・監督さん。どうして、この男がこの席に・・・しかもヒデタカは解るけどユウタとタツヤも。」
都内の七星映画の会議室で映画の主要メンバーの顔合わせが行われた。
「『中田雅美』という名前を呼んでよ。」
へえ。この男でも、へこむんだ。少し泣きが入っている。こんな公衆の面前で呼ばれたことが無かったのだろう。周囲の俳優さんたちがクスクス笑っている。みんなそう思っていたのだ。
「『中田』くんはスポンサーから是非と言われてね。後の3人は君をエスコートする姿が板についていたんで黒服役に口説いた。」
現場に知り合いの俳優がいたほうがスムーズにいくだろうと社長に配慮されてしまったらしい。これだから敵わないのだ。俺なんて自分のことで精一杯でいつまで経ってもあの人の背中さえ見えない。
「タツヤ・・・ど、どうして。」
タツヤが俳優?
危険を冒してまで山ちゃんにあの能力を公開する了承を撤回させたか解らないじゃないか。
「安心したまえ。約束は守るよ。山品くんは只の黒服役だ。」
「それでもタツヤ本人を口説き落として了承が得られれば、役柄を替えるんですよね。」
「約束は守ると言っただろう。次回作は解らんがね。」
ちっ。やられた。
タツヤが俳優業を気に入れば、その能力を生かして大成する可能性が高いのだ。タツヤの能力自体が映像を通せばどうなるか解らないが、相手役の役者さんたちを本気でビビらせることが可能だ。暴力シーンでは欠かせない存在になるだろう。
「お、俺。」
撮影現場のボディーガード役のつもりだったのだろう。そんなに俺って弱く見えるのかよ。まったく武道大会でも優勝してみせただろうが、やや反則気味だったけど。
「タツヤの人生よ。どうするかは自分で良く考えて決めて、でも優子さんや陽子さんの意見も聞いてあげてね。」
「俺「ダメ! 良く考えて。そうやって感情に走るのはタツヤの悪い癖よ。」」
即答しようとするタツヤの口を塞ぐ。
「ヒデタカも良かったの? 『黒川瑞希』さんと同じ現場だよ。」
隅に座っているヒデタカのお母さんが目に止まる。少し笑顔で会釈すると笑い返してくれる。関係は良好なのだ。
「先週マンションに来たとき、チヒロの料理の味に惚れこんだらしいぞ。」
元々の口実だったヒデタカの食生活を見に来るという話は先週に終っている。俺の作った料理で歓待し、普段はお弁当のおかずを分けてあげていると正直に話したら、合格点を貰ったのだ。
「それなら、そうと言ってよヒデタカ。今日も何か作って持ってきたのに。」
「オレから材料代ふんだくってか?」
「もちろんよ。」
ヒデタカのお母さんは材料費も気にしていたけど、その点もきっちり頂いているという話をしたら安心していたようなのだ。お弁当のおかず代も払わせられることになったヒデタカはブツクサ言っていた。
「僕は順子姉に『西九条れいな』さんからガードしろと言われたんだけど、居ないみたいだね。」
ユウタが周囲を見回しながら言う。
「『西九条』くんはワンシーンだけの出演だ。今日は遠慮すると言っておった。」
きっと今頃は後期の授業の真っ只中だろう。昨日、例のマッサージをやらされたところだ。順子さんも甘いな。そこで演技指導と言う名前の濃厚なキスを奪われたのだ。この映画には唇を奪われそうになるシーンがあるらしい。
「ところで『中田』さんはどんな役柄なんですか?」
「結婚詐欺師役だ。チヒロくんを騙して身体と金を奪おうと画策するが逆に君に夢中になってしまうという少しコメディー掛かった役を演じて貰う。」
アイドルグループの一員のはずなのだがこの男は知的な犯罪者の役柄が多い。今回もその線でいくのだろう。
「もしかして、その辺りもスポンサーの意向ですか?」
「そうじゃ。良く解ったな。」
社長はこの男にデレデレしているところを演じさせて奥さんに対してゾッコンなのを印象付けたいのだろう。
「自分のケツは自分で拭きなさいよ全く。」
「なんで!」
「『西九条』さんとのツーショットを撮られて世間的に浮気を疑われるのは仕方ないけど、釈明会見で見せたデレデレした貴方では疑われたままなの。だからこの役柄で演技を印象付けようとしているんでしょ。しっかり演ってよね。」
この男を弟扱いする志保さんも志保さんだが、この男と頻繁に買い物に行ったりしているのだ。奥さんにデレデレなのは本当なのだが世間的には真剣に愛し合っているようにはとても見えない。
そこであのデレデレを演技だと印象付けようとしているのだ。
「・・・・えっ・・・。」
目の前の男がハトがテッポウダマを貰ったような顔をしている。周囲からフォローされているのが解って無かったらしい。志保さんも社長もこの男には甘すぎて全てフォローしていまうのが拙いのだ。誰か真剣にダメなところはダメと言ってやれよ。
「そんなことも解ってなかったの? それが本当のことじゃなくても貴方が浮気していると報じられてツライ思いをするのは奥様でしょう。だからあの会見では真剣に『西九条』さんと縁を切ってみせなきゃいけなかったの。」
だからこの男は嫌いなのだ。全く考えもしなかったらしい。
「えっだって。」
どこまで泥沼にハマるつもりなんだか。
「デレデレする迫真の演技ができれば、貴方が『西九条』さんとデレデレしていようと誰も本気にしないわよ。きっと。」
この男の行動如何によって『西九条』さんが悪く言われることを奥様も気にしていたのだ。そのことについて彼女と意気投合し、厳しく指導してやって欲しいとお願いされたのだ。
「まあまあ。その辺にしておいてやって欲しい。演技に支障が出るといけないからな。」
監督さんが遮ってくる。確かにそうだ。この男は俺に恋してみせなきゃいけないし、俺はこの男にポーっとしてみせなきゃいけないのだ。反目しあっているわけにはいかないのだろう。




