45.最悪の結果に終わりました
「大丈夫か?」
ヒデタカが苦笑いを見せてくれる。
「何が大丈夫なの。」
「2回戦から4回戦まで対戦相手全てから罵声を浴びていただろう。平気そうな顔してても溜まっているんじゃないかと思ったんだ。」
「まあね。言い返せないのはツライかもね。それに全て対戦相手じゃないよ。」
1回戦から合計16人と対戦して11人に罵声を浴びている。初めは負け犬の遠吠えだったのが柔道競技に入った直後に2回連続で浴びせるような連中までいる始末だ。
言い返せば情状酌量されても『注意』くらい受けるだろう。武道はかなり厳格だ。それに内心は思っていても人格を傷つけるようなことを言うのは嫌いなのだ。
「最後のアレは無いよな。」
最後の1人には唾を吐きかけられた。対戦相手は即刻反則負けになった。まあ当たり前だ。だが次の決勝ではそれが常套手段になりかねないのだ。
「他の2人の方が疲れたけどね。」
1人には胸を鷲掴みにされたり、ズボンの裾から手を入れられたり、大変だった。最後には投げた瞬間にお尻を触り『ノーパンだった!』と叫んだのだ。
もう1人は執拗にズボンを掴んでくる。柔道着のズボンは間違って睾丸を掴まれないように余裕のある作りになっていて掴みやすいのだ。
もちろん、ズボンを掴む行為も反則だ。だが『指導』なのだ。オリンピックルールは違うが国内競技の場合『指導』は何回受けても『注意』になったりしない。結局は判定勝ちだったが時間中ずっとあれをやられたのでは堪ったもんじゃない。
俺よりも大変だったのはタツヤだ。俺の競技中は威嚇を使うなと言ってあったのだ。何度かほんの一瞬だけ背後から怒りが感じられたがすぐに元に戻った。タツヤの忍耐力の訓練になったと思うことにしよう。
「次は決勝だが大将に回るか?」
「そうね。休憩させて貰おうかな。タツヤが威嚇を使えば負けないよね。」
威嚇は実戦で使えばいいのだ。決して卑怯ではない。タツヤの能力の一つなのだ。
「えっ。タツヤ負けたの?」
「違う。対戦相手がどうしてもチヒロと戦いたいんだと。」
「それで威嚇を使わず負けたの?」
「だから、相手は3年生の柔道部の元部長で武道経験者と戦いたいんだと。」
「負けたの?」
「ああ負けた。ひとひねりだった。」
「柔道部は柔道競技に参加できないんじゃなかったの?」
「タツヤに何も言葉無しかよ。」
「ヒデタカは黙っていて。タツヤの顔を見れば悔しいのは解るもの。そういうときは負けたことを自覚して次に繋げるものなのよ。」
「現役の部員は参加できないが引退して退部すれば参加できる。まあ普通はしない。」
「タツヤ。タツヤのそういうところ好き。好きだけどね。実戦ではダメなの。この場合は全力で叩き潰すのが礼儀よ。解った?」
項垂れているタツヤを抱き締めて背中を叩いてやる。タツヤの場合、情けは人のためにならずには絶対にならない。それどころかタツヤの身に危険となって降りかかってくることを想定しておかなけれなならない。それを教え込めるのは俺だけなのだろう。
意外にも対戦相手は俺と同じ軽量級だった。まあ一回りは上のクラスだろうが、この体格でも勝ち進んできたということは、相当強いのだろう。
『礼! はじめ。』
開始線で向かい合い、お互いに頭を下げると相手が一直線に向ってきた。
逃げられない。
武道大会で初めて組むことになった。
向こうが向かってきている分、組むタイミングを決められることだけがこちらの有利な点だったのだが先手必勝とばかりに投げを打つが堪えられてしまった。ヤッパリ経験者は違うな。
反対に向こうが投げを打つ。寸前に前に動く。体格差と経験値から投げられる可能性を排除できなかったのだ。
逃げるように場外寸前まで行き振り返ると追ってこなかった。
何度か組み手のさぐりあいをしていると審判から『指導』が入った。
組まれたら負ける。入り身に入ろうにもスピードは同等。いやそれ以上だ。決して側面に入らせてくれない。
仕方が無いので一か八か相手腕の下をくぐり抜け、投げを打った。実は腕の下をくぐり抜ける行為も反則なのだが。投げを打つ事前動作としてならば反則とならない。
『技あり』
なんとか仰向けに出来ただけだった。『有効』でもおかしく無い。
だが相手の体勢の立て直しは早かった。おそらく相手は予想していたのかもしれない。背後を取られた。
『有効』
羽交い締めにされ仰向けにされるとそのまま十字固めの体勢に持って行かれる。
『有効』
「やん。」
隙をうかがい『有効』ポイントが入った直後に逃れようと全力で身動きをしようと動いた際に偶然なのだろう股間からお尻に入った掌がもぞもぞと動き背中に冷たいものが走ったのだ。声は思わず出ていた。後で『指導』を受けるかも知れない。
俺の声に反応したのか一瞬力が緩んだ。その一瞬の隙をついて、仰向けからうつ伏せにひっくり返り四つん這いで相手の腕から逃れた。
「チヒロ! ズボン!!」
『待て! 警告。あわせて1本。』
「イヤ! いやん。」
何がおこったか一瞬解らなかった。ズボンが脱げていた。ズボンには相手の手が引っ掛かっていた。
寝技ではズボンを持つ行為は反則にならない。不可抗力なのだろうがイヤ過ぎる。うつ伏せだったので場内に晒したのはお尻だけだったというのが救いだ。救いだが相手の視点からは全部丸見えだ。
慌ててズボンをズリ上げるとみだしなみを確認してから立ち上がった。
『早く。並びなさい。』
俺が開始線まで戻っても、相手は自分の掌を見て微動だにしない。どうやら相手のほうが精神的ダメージが大きかったようだ。
俺は相手に近寄り、掌を掴むと開始線までつれてくる。
「アタシは大丈夫よ。気にしないで。良い試合だったわ。」
泣きそうな顔の相手の頭をなでて、自分も開始線に戻った。
『礼。』
こうして武道大会は最悪の結果で終わったのである。




